湖の女神の代理
早朝
ハクは静かな湖のほとりで、日課である棺桶千本素振りをしていた。
恐ろしく重い勇者入りの棺桶を担ぐには、日頃からの鍛錬を要するのだ。
ハクの顔に、さわやかな汗がキラリと光る。
彼の体脂肪率は10%を割っていた。
本当に賢者なのか?
他の面々は、
アカネは森に食事用の獲物を血祭りに・・・いや狩りに行き、
アオイは昨日放置された砦を見つけたので、宝を漁り・・・いや調査に行っていた。
クロクロは低血圧なのでまだ寝ていた。
平和な朝であった。
「991、992、993・・・うぉ!」
汗で滑ったのか、素振り途中で棺桶がハクの手からスッポ抜けて飛んで行く。
棺桶は綺麗な放物線を描き、爆撃のような勢いで湖に落ちていった。
水の比重よりはるかに重い棺桶は、そのまま一瞬のうちに沈んでいく。
「うーん、やはり握りやすいように棺桶に長めの柄を取り付けるべきか」
棺桶という究極の鈍器が完成しそうであった。
「思ったより深いな。こりゃ引き上げるのに時間がかかりそうだ」
ハクは、湖を覗きこみながらそう呻く。
さてどうしようかと思案していると。
湖面が淡い光を放ち、湖の中から黒い人物が現れる。
「オ前ガ落トシタノハ、コノ金の棺桶カ?ソレトモ、コノ銀ノ棺桶カ?」
黒い人物の横には、金の棺桶と銀の棺桶が浮いていた。
ハクはジト目になる。
「おい魔王、何をやっている?」
黒いローブに髑髏の仮面、まぎれもなく魔王城にいた魔王である。
魔王はハクから必死に目を逸らしている。
「我ハ、魔王トカイウ者デハナイノジャ、本当ジャゾ?女神ガ急ナ用事デ出張シタカラト、代理ヲシテル訳ジャナイノジャ」
魔王なのに女神に働かされているらしい。
ハクは頭をかき、
「なぁ魔王、俺この話のオチを知ってるんだけど・・・」
魔王は怪訝そうに、ハクを見る。
「金と銀は自分の物じゃない、落としたのは普通のだと正直に答えたら、普通のやつを戻すついでに、金と銀もくれるって話だよな?」
「ソ・・・ソウジャナ」
「それだと中の勇者も3人に増える気がするが、それはいいのか?」
魔王の髑髏の仮面が器用にも真っ青になっていく。
◆◆◆◆◆
魔王はどうにかこうにかして金と銀の棺桶を消した後、勇者入りの棺桶を魔力で湖から浮上させハクへと戻した。
棺桶を浮上させている途中でチーンという音が鳴り、湖がドドメ色に変色、死んだ魚が大量に浮かんできたが、気にしたら負けである。
ハクは棺桶に腰掛け魔王を見おろしていた。色々と罰当たりな男である。
魔王は何故か自然に正座をさせられている。
「んで、なんでこんな所に居るんだ?」
魔王は空を見上げるようなしぐさをし、困ったように答える。
「我、本当ニ魔王ヲ辞メタノジャヨ。魔王デイルコトニ疲レタノジャ、ドコカデ静カニ暮ラシタカッタノジャ」
原因はこの勇者パーティと棺桶の勇者だった気がする。
「ソウ思ッテ魔王城カラ出奔シ、人里離レタ森ヲ彷徨ッテイタノジャガ・・・途中デ腹ガ空イテ行キ倒レタノジャ・・・我ハ自然デハ生キラレナイノジャ・・・」
空腹で死にかかる元魔王とは一体。
「ソノ時ニ、コノ湖ノ女神ニ拾ワレテ、少シノ間仕事ヲ手伝ウ事ニナッタノジャ」
魔王がチラチラと横を見ている。
「ココハ居心地ヨカッタノジャガノゥ」
「もう、ここには居れないだろうな」
横には、ドドメ色に変色した死の湖があった。
ハクは少し考えると、魔王の肩と叩きながら言った。
「ここから南に行った所にラクスって言う大きな港街がある。あの街はいろんな種族が住んでるし、脳天・・・おおらか人間ばっかりの平和な所だから、お前のような奴でも生きていけるかもしれない」
「ソ・・・ソレハ本当カ?我デモ大丈夫ナノカ?」
黒ローブと髑髏の仮面でよく分からないが、魔王の雰囲気がぱぁっと明るくなった感じがする。
「それは実際にお前が行ってみない分からないけどな。こんな場所よりは希望はあるとおもうぞ?」
ハクは魔王にさわやかに笑いかけた。
ここに来る原因も、追い出される原因も作ったのも、ハク達だけどね。




