勇者復活
ハクが棺桶のそばから飛び退くと、床に降ろされた棺桶が淡い光を放ち始める。
棺桶を拘束していた鎖がジャリンジャリンと次々に外れていき、生き物のようにジャララと棺桶の中に収納される。
鎖の拘束を解かれた重い棺桶の蓋が、ガリガリと金属が擦れるような耳障りな音を立てながら徐々にずれていく。
ずれ広がる蓋と棺との隙間からは、どす黒い瘴気が漏れ、周り一帯に溢れていく。
異変に気づき棺桶を覗きこむように集まった骨鬼たちが、その瘴気にふれた瞬間、強酸性の毒にでも触れたようにもがき苦しみながら、グチャリグチャリと溶け次々に床のシミとなっていく。
勇者パーティの面々を見ると、しっかり棺桶との距離をとっていた。
彼らにとっても害のあるものらしい。
そして棺桶の蓋が大きな破砕音とともに床を深く抉り砕きながら落ち、ついに棺桶が完全に開く。
キシャアッァアァアアアァアアアアアァアアアアアァアア
その瞬間、心を凍てつかせる魔獣のような咆哮が城中に響き渡った。
それを聞いた全ての者は、恐怖で足が震えすくみ指一つ動かせなくなってしまう。
衆人環視の中、棺の中から黒き大剣を携えた一人の偉丈夫が、ゆっくりと起き上がってくる。
意匠を凝らされた金の鎧と赤いマントで武装されたその姿は、禍々しき黒い魔力にまとわれ、雷光がその逞しい身体を這いまわっている。
豪奢な金の髪を、後ろでざっくばらんにまとめた男の顔立ちはまだ若く、見るものを虜にする程整っていたが、目は血走り、美しかったであろう緑の瞳は生気を無くし濁っている。
獣のように歯を剥き、口角を上げている口からは、先ほどの毒の瘴気が溢れて出ている。
手に握った黒い大剣は獲物、いや供物を求めるように鈍くチラチラと不気味に光を放っている。
そう、彼こそが勇者、史上最強と謳われる勇者グロウリオンである。
魔王は、勇者の姿に底知れぬ恐怖を抱く。
勇者と呼ばれる者はあまりにも異質であった。
世の理から外れた者であった。
死と破滅を友とし世界に災厄を招く者であった。
絶対に世に放ってはいけないと、魔王の心が叫んでいる。
魔王は覚悟を決める。彼の者を虚無へと帰し世界を救わなければならないと。
勇者と魔王の立場が、いつのまにか逆転していた。
魔王は、自分の持つ最大の魔法を練り上げ始める、一刻の猶予も許されなかった。
複雑な魔法陣が空中に何十にも積層し絡み合い、多次元構造の立体的な構造を作り出す。
神世に失われたと言われる魔法であった。
「勇者ヨ、貴様ハ生キテ城カラハ出サヌ」
魔法陣がまばゆく輝き、膨大な魔力の奔流が渦を巻き闇の光となって、魔王の手のひらの上に集まり濃縮される。
「ユクノジャ、我が最大ノ禁術、神滅魔法デストロイヤ」
その瞬間、魔王の手ひらの上にあった莫大な魔力は収束し点となり、黒き光の尾を引きながら勇者に向かって放たれた。
触れたもの全てを素粒子レベルにまで分解し消滅させる、神をも倒すと言われた伝説の魔法であり、魔王の魔力を注ぎ込んだ魔法だ、これを防げる者なぞいない。
そして魔法が勇者に着弾し消し飛ぶと思われた瞬間。
一閃・・・溜めすら無しに放たれた、勇者の無造作な剣の一振り。
一振りで、魔王が放った究極の魔法が跡形もなく消し飛ぶ。
その余波で、執務室の天井と壁が同時に粉砕され消滅する。
まぁなんということでしょう、窓もなく陰鬱であった魔王の執務室が、夜空の星たちが見え風を感じられる素敵なテラスに・・・
「ア、エ?」
見通しの良くなった執務室で、魔王は途方にくれる。
目の前で起こったことが、まるで信じられない。
誰も防げないはずの、魔王の持つ最強の秘術が剣の一振りだけで消し飛んだのだ。
他の魔法を使っても、勇者には蚊に刺されたほどのダメージも与えられないだろう。
もう魔王には打つ手がなかった。
その魔王を、勇者がその濁った目で見ていた。
「ナニ者ナノジャ・・・オ前ハ・・・」
魔王が呻く。
勇者は、ゆっくりと黒い大剣を構える。
勇者の体から可視化するほどの黒いオーラが立ち上がりはじめる。
勇者の必殺技の兆しで間違いないだろう。
魔王の心はすでにポッキリと折れていた。
防御する気力すら沸かず、両手は力なく下がっていた。
「スマヌ世界ヨ」
そして勇者は閃光を放ち、一条の光となって魔王に打突攻撃を仕掛けた。
直後、爆発が起こる、膨大な魔力が嵐となって渦巻き乱れ暴れる。
そして全てが白い光に包まれた。