#50 孤独
「ジュリアードを退学して……」
ゆっくり優也は話し始めた。
「すっかり自信をなくしたまま帰国したんです。普通の公立中学に編入して、父親の病院を継ぐために進学校のトップのクラスを志望してました」
こんなにピアノが天才的な優也が、普通の中学生だった頃もあったんだ………。
「けど、偶然父親と玲子さんが話しているのを聞いてしまって」
玲子さんっていうのは、たしかお父さんの正妻、つまり本当の奥さん。
優也はお父さんと、ドイツの女性との間に出来た子なんだとか。
前に軽く聞いたとき、そう言ってた気がする。
「父親ははじめ愛人の子といえど長男の俺に継がせるつもりだったんですが、玲子さんは弟の葵を後継者に立てたかったみたいで」
前にも一度聞いたけど、改めて聞くとやっぱり辛い。
今まで頑張ってきたことを全否定されたも同然なんだもの……。
「まぁ、今考えたらそれが普通なんですけどね、やっぱりショックで、全部を葵に押し付けて音楽高校に入学しました」
「とりあえず高校はピアノ科にいて、でも大学では絶対指揮科に進学しようと思ってたんです」
「指揮法も理論も独学で勉強して、大学に備えてたんです。けど、高3の春のときでした」
優也はそこで一度、言葉を切った。
目を閉じ、一息に話し始めた。
「大学進学の際に、うちの大学は身体測定があって。そのとき…………聴力が落ちているから、指揮科に進んでも指揮者になるのは難しい、と言われたんです」
言葉を切り、深く深呼吸をして続ける。
「普段の生活には全く影響なかったし、普段はピアノだから音が合わせられないなんてこともなかったから、全然気がつかなかった………」
目を閉じたまま、少し顔を歪めて話す。
当時のことを思い出しているのだろうか………?
当たり前にそんなの、辛いに決まってる。
自分が本気でしたいことができないなんて、そんな辛いことはない。
「俺は、指揮者になるために音楽の道を選んだんです…!はじめにピアノ科にいたのだって指揮者になるのにピアノは必要だったからで………。普段の生活ではは全く支障ないし、ピアノ科にいることに関しても、特に問題はない。ただ………指揮者には、なれないって…………」
ずっと閉じていた瞼から、一筋の涙が頬を伝う。
「日本では治療できる医師がいなくて、今有名な先生はドイツにいるんです。親には頼れないし、だからバイトして稼いで、まとまった金ができたら治療しにいくつもりです」
そこまで言うと、優也は言葉を詰まらせ、声をたてずに泣いていた。
辛すぎる。
そんなの、辛すぎるよ………!
二度と優也にこんな顔させたくないって、前に強く思ったのに。
何もできない自分が不甲斐ない。
いつも私よりも大人な対応で、辛いときには支えてくれたのに。
私の力ではどうしようもできない現実に、胸が痛くなる。
優也……………。
家族にも頼れずにたった一人で、辛い現実と向き合ってたの…?
どれだけあなたの中に、深い悲しみがあるの………?




