#47 試し
「どうしたんですか〜?そんなに見つめて(笑)」
いつも通りに仕事帰りにmoderatoに行き、閉店までいる。
優也がグラスを洗っている間、やっぱり顔を見つめてしまう。
矢野くんの言っていたあの話。
何があったのか、やっぱり気になる。
でもあえて矢野くんは隠したわけだし、よっぽどの事情があるんだろう。
それを、彼女でもない私が聞いていいはずがない。
「かーほさん?顔が固まってますよ?彫刻みたいです(笑)」
そうやって明るく笑う顔の裏に、一体どんな過去を持っているんだろう………
「優也に弾いてほしい曲、あるんだけど…」
「おっ、久しぶりですね〜!店のピアノでよければ今弾きましょうか?楽譜入ってるやつなら、ですけど」
moderatoには、隅のほうに茶色いピアノがある。
壁にくっつける型のアップライトピアノだが、店の雰囲気に合うレトロな感じのするピアノだ。
気まぐれで優也やオーナー(!)が客に弾いてあげたりするらしく、常に調律されてて綺麗に手入れされていた。
「えー…シューマンの幻想小曲集なんだけど…」
とりあえず矢野くんの言っていたとおりに、リクエストをしてみる。
「あぁ〜、あれですか!シューマンてあんまり弾かないんですけど、あれはかなりいいですよね。どれがいいですか?」
「ゆ、優也のおすすめのやつ…」
「ん〜、メジャーなところだと《飛翔》とかですけど、俺はやっぱり《夜に》なんかが好きなんですけどねー」
「じゃ、じゃあそれでっ」
わかりました〜、と手を拭きながらカウンターの奥から出てきた。
なんとなく機嫌よさそうに笑っていて、急に自分のしてることが優也に対して申し訳ないような気になってしまった。
あんなに嬉しそうにピアノに向かう優也。
なのに私は、優也が本当に指揮者になりたかったのか、なんていうことを試すために、こんなことを頼んでるんだから…………。
優也は椅子に軽く腰掛けると、鍵盤に指を置き、そっと弾き始めた―――――……。




