第1R プライド
教会のような純潔の白をまとった校舎の前に一人の少女が立つ。一心に少女はその夢の地を見つめた。
名はローズ・N・レッドベリル。
桃色の長髪が似合う、高貴なお嬢様。
伝説の名手、ディアナ・F・レッドベリルの娘である。
門戸を叩き、ローズは校舎内へと足を踏み入れる。
グロリアスTHT女学園、200年の歴史を誇る名門校。
騎手になるにはこの学校を卒業することが必須条件であり、少女たちの夢の場所である。廊下を歩けば、歴史に名を遺した数々の名手たちの絵が飾られている。もちろんその中にはディアナの絵も。ローズはその絵を見て口角をわずかに上げる。
「やっと来れたんだわ。わたくしも、お母様と同じ舞台に」
足取りが軽くなる。半分スキップのような歩きでローズは教室へと向かった。扉を開けると同じ年の少女たちが背筋を伸ばし、席に座っている。
「おはようございます」
一礼して教室へと入り、自分の席に着く。
窓際の一角で太陽に照らされるローズの隣には、それとは正反対な雰囲気を放つ少女がいた。
机に肘をつき、手のひらに顎を乗せている。
「初めまして、私は――」
自己紹介をしようとした束の間、教師が教室に入ってきた。
「皆さん揃ってますね。では出席を取りますので名前を呼ばれたら返事をしてください」
教師が教壇に立ち、順に生徒の名前を呼びやがてローズの番が回ってきた。
「ローズ・ノア・レッドベリル」
「はい」
高く通る声で返事をする。
ローズの名が呼ばれた瞬間、教室がざわつき始める。
ディアナの名を知らぬ者はいない、そしてその娘であるローズもまた期待されるというのは必然。教室中の視線がローズへと向けられる。だが決して、ローズがそれに怯むことはない。
ローズにとってそれは当たり前であり、成るべくしてそうなったと自負していた。
ローズは自分が天才であると理解していた。そしてその才に見合う自分の見せ方を知っているのだ。
教師が生徒たちを鎮め、次の者の名を呼ぶ。
ローズの隣に座る、漆黒の少女の名を。
「ソフィア・フューネ・オブシディアン」
「はい」
低い唸るような声で教師に聞こえる最小限の声で放つ。
オブシディアン、その名を聞いてローズは肩を振るわせた。
朝の点呼を終え、数十分休憩時間が設けられた。
各々自己紹介したり、新しい友達作りに必死だった。かくいうローズはどうなのかというと、四方をクラスメイトに囲まれていた。
「ローズちゃんってやっぱり小さいころから乗ってたの?」
「そうですね、一桁の頃からポニーには乗っていましたわ」
「え~すご~い、やっぱり英才教育なんだ」
まるで聖徳太子のように優雅に5人からの質問に受け答えをしながらも、ローズはずっと隣の席が気になっていた。
「ごめんなさい、少し」
断りを入れて、ローズは席を立ちソフィアの前に立つ。
「ソフィアさん、あなたアリシアさんの娘でしょ」
「そうだけど……」
ソフィアは心底面倒くさそうに答えた。
最初からローズには一切の興味がなく、ローズが話しかけてもなお外を眺めている。
「なら勝負しましょう、六月のレースで」
「は? 何言ってるの?」
ため息をついてソフィアは席を立った。
「意味わかんない、レースって元から勝負事でしょ」
その言葉に思わずローズは確かにと納得し、唖然とソフィアが去る姿を眺めることしかできなかった。
休憩時間が終わり一通りのイベントを終えた登校初日。ローズは自分が一年間居候になる宿舎へと向かった。
グロリアスには二つの宿舎があり、東のミューネ、西のリューネと別れている。ローズが所属するのは東のミューネ。
宿舎は二人一部屋であり、現役の騎手が一人、生徒が一人となる。これはグロリアスの古くからの習わしであり、同部屋の騎手が生徒に技術を伝える。いわば師弟関係のような物を構築する。
宿舎の中へと入り、自分の部屋の戸を開ける。十畳ほどのスペースにベッドとデスクが二つ。片方のベッドにはすでに枕元にぬいぐるみが数個並べられていた。
ローズは使われてないほうのデスクとベッドに荷物を並べ、整理をする。カバンから取り出した写真立てを置くと入り口の扉が開いた。
入ってきたのは淡い黄色の長髪を持った釣り目の女。ローズのことを品定めるように足先から頭までを凝視する。
「君が同部屋の子か、中々可愛いね~。名前は何て言うの?」
「ローズ・ノア・レッドベリルですわ」
「レッド……ベリル?」
「はい、ディアナの娘で――」
「はあぁぁぁぁぁぁ」
女は隣の部屋にも聞こえそうなほど大きな声でため息をついた。かと思うとローズとの会話を切り上げ、椅子に座るとデスクにノートを広げ作業をし始めた。
「え? あの、え? お名前をお聞きしても?」
「レイサ・アーネット」
ローズの方すら向かずにぶっきらぼうにレイサはそう答えた。
話しかけるなという雰囲気がひしひしと伝わってくる。
さすがのローズもこの対応は初めてらしく、戸惑いを隠せなかった。
急に部屋が窮屈に感じたローズが身支度を終えるとそそくさと部屋を出て外の空気を吸いに広場へと抜けた。
「あ、ローズちゃん!」
呼ばれた声のほうを見ると一人の少女がローズへと手を振っていた。名はイルミア・オールディン、生徒たちの中でもひと際背が小さく、自慢の三つ編みが風で揺れる様子はまるで妖精のようだった。
「こんなところで何をしてらっしゃるの?」
「初対面の人と部屋で二人っきりだと緊張しちゃって。ローズちゃんこそどうしたの?」
「わたくしも似たようなものですわ」
「そうなんだ。なんか意外だな、教室だとすごい堂々としてたから」
「わたくしも予想外でしたわ」
ふと、イルミアが空を見上げる。そして一言囁くようにつぶやいた。
「まだ夢の中にいるみたい、実感がわかないな」
首にかけたペンダントをいじりながら少しぼんやりとした笑みを浮かべる。
「夢じゃないのはわかってるの、でも実感ができなくて、だから私はこれからどうなるんだろうってずっと不安で、ローズちゃんもそういうことない?」
「ないですわ」
即答だった。
「騎手になるためにはここを卒業するしかありませんのよ。ならここはあくまで通過点、そんなところで躓いてるようじゃお母様のような騎手にはなれませんもの」
煌めく夕日がローズを照らす。
自信過剰ともいえるほどのメンタリティ、良くも悪くもそれがローズという一人の人間を作っていた。




