6. 帝都の晩餐会と三円の奇跡
三人が訪れたのは、この大陸最大の経済都市であり、帝国の首都「エン・ドラド」。
ここは他とは違い、空を貫く魔導タワーの壁面に巨大な液晶ビジョンが設置され、最新のヒットチャート(吟遊詩人によるJ-POPカバー)が流れ、ビジネスマン風の魔術師たちが「一円でも安い取引」を求めて闊歩する、欲望と喧騒の摩天楼だ。
そんな帝都のランドマーク、七つ星ホテル「キャッスル・イン」の最上階で、今まさに「大陸一の美食家」を自称する美食伯爵・フォン・ポークによる晩餐会が開かれようとしていた。
「フン、巷で噂の『安売りの料理人』とは貴様のことか?」
豪華なシルクの衣装に身を包んだフォン・ポークが、ワイングラスを片手にトールを蔑むように見下ろした。
トールの前には、伯爵が用意した金銀財宝がちりばめられた調理台。しかしトールが取り出したのは、いつも通り使い込まれたテフロン加工のフライパンと、百均で購入したと思わしき「シリコン製のヘラ」だった。
「私の晩餐会に出す料理は、最低でも一皿十万ゴールド……円に換算しても五千円は下らん極上品ばかりだ。貴様のような一円単位の端材を弄ぶ者に、真の『贅』が理解できるのかな?」
伯爵の周囲に集まった貴族たちが、一斉に高笑いする。彼らにとって、安さは「恥」であり、高価であることこそが「正義」なのだ。
「贅沢かどうかは、値段が決めるんじゃない。……食べた人の心が決めるものですよ」
トールは静かにそう言うと、リーマルに目配せをした。 「リーマル、例の『禁断の調味料』を」 「心得ました。……伯爵、これが何かわかりますか?」
リーマルが仰々しく銀の盆に乗せて差し出したのは、どこにでもある小さなプラスチックの容器。赤い蓋に、見覚えのある「鶏」のマーク。
「それは……ただの『ガラスープの素』ではないか!
庶民がスープの嵩増しに使う、たかだか二円の粉末!」
「ええ。ですが、これに私が『仕入れ値三円』で調達した、幻の『一角鳥』の煮凝りを黄金比で配合すれば……」
トールがフライパンを熱する。
そこに投入されたのは、炊きたての銀シャリ。パラパラと踊る米粒の間に、黄金色の卵が絡みつく。この卵は、リーマルが朝のタイムセールで一パック十円で勝ち取った「フェニックスの卵(の見切り品)」だ。
強火で一気に煽る。香ばしい醤油の香りと、動物性の脂が焼ける暴力的なまでに食欲をそそる匂いが、豪華絢爛な会場を一瞬にして支配した。
「な、何だこの匂いは……!? 私が今まで食べてきた、一皿万単位のフォアグラやトリュフよりも、遥かに脳を揺さぶる……!」
「お待たせしました。『特製・帝都風ゴールデン・パラパラ・チャーハン』です。隠し味の『一円の紅生姜』を添えて」
トールが差し出したその一皿。原価を計算すれば、せいぜい「三円五十銭」といったところだろう。
「ふん、見た目はただの米料理ではないか! いただきます!」
伯爵が一口、レンゲで口に運ぶ。 その瞬間、彼の背後でオーケストラの幻聴が響き渡った。
「――っ!? う、美味い……! なんだこれは! 舌の上で米が爆発し、卵のコクが銀河のように広がる! それをガラスープの旨味が一本の矢となって貫いていく……!
庶民の味だと思っていたものが、最新の調理科学(火力調整)と情熱によって、神の供物へと昇華されている!」
「おかわりー! トール、こっちにも山盛りで!」 いつの間にか伯爵の隣で、ライラックが自分の倍ほどもある大皿のチャーハンを飲み込むように食べていた。
「伯爵、この美味しさは値段じゃ測れないよ。だって、この三円の料理には、トールの『みんなに安くお腹いっぱいになってほしい』っていう愛が詰まってるんだもん!」
「愛……だと……?」
伯爵は呆然と立ち尽くした。自分が何万ゴールドもかけて積み上げてきた「美食」の塔が、たった三円のチャーハンによって、音を立てて崩れ去っていく。
「負けだ……私の負けだ。……料理人よ、礼を言おう。私は大事なことを忘れていた。安くて美味いものほど、人を幸せにするものはないのだな」
伯爵はそう言うと、懐から分厚い札束を取り出そうとした。だが、それをリーマルが手で制した。
「お支払いは、あちらのレジでお願いします。お一人様、税込み『十円』になります」 「じゅ……十円!? この奇跡のような体験が、たったの十円か!?」
「ええ。あまり高いお金をいただくと、こちらの金銭感覚が狂ってしまいますから」
帝都の夜空に、色とりどりの魔導花火が打ち上がる。 豪華なホテルの最上階で、十円を支払って満足げに帰路につく美食家たち。
「トール、今日は大黒字だね! 十円ももらっちゃった!」 「ははは、そうだね。じゃあ、明日の朝ごはんはもっと贅沢をして、五円の『超高級食パン』を買おうか」
「賛成! リーマル、予約しておいてね!」
欲望渦巻く帝都の喧騒さえも、彼らにとっては「激安で美味しい冒険」の一部に過ぎない。
三人の旅は、明日の朝食という名の「小さな幸せ」を求めて、どこまでも続いていく。




