第参話
真梨は男との逢瀬を続けながらも、仕事は順調に熟していった。
もちろん、世間にバレてはいない。
祐輔の失踪は大事になったが、今のところ真梨を疑う声は上がっていない。ドラマの撮影も祐輔の穴を埋めて、どうにか順調に進んでいる。なんとかクランクアップまでは漕ぎ着けそうだ。
ドラマ撮影の合間を縫って、タレントの仕事や歌の仕事も滞りなく熟した。
最近はネットの影響で、大きな仕事と言えば地方廻りとなってしまい、テレビもキー局より地方局で呼ばれることが多くなったため、家を空けることが多くなっていたが、それでも、久々の休みとなると、将司とかち合わない限り、男を連れ込んでは逢瀬を楽しんだ。
ただ、大事になった失踪事件は祐輔の時だけだったが、真梨と関係を持ち、失踪した男は他にもいた。
拓也、祐輔を皮切りに、稔、健太、裕樹、大……数えたら、片手では収まらなかった。
最初は、真梨も何が何だか分からなかった。彼らがどうして真梨の前から姿を消したのか。別れたいなら別れたいとはっきり言ってくれれば良いのに。それなら、今までの感謝を込めて、手切れ金でも何でも、欲しいもの、必要なものを渡すことだって出来たのに。何も言わずにいなくなるなんて、ただただ悲しかった。
しかし、ある共通点が浮かんだのだ。真梨の前から姿を消した男たちは、最後の逢瀬に将司と鉢合わせして、クローゼットに逃げ込んだ男たちなのだ。
最初は黙って、勝手に帰ってしまったんだと思っていた。
しかし、そうではなかった。
真梨がおかしいと気づいたのは、祐輔の靴だ。
真梨は祐輔が裸足で帰ったのだとばかり思っていた。しかし、その後失踪事件に発展し、大事になったことで、真梨は慌ててクローゼットの中に仕舞ったはずの、祐輔が忘れていった靴を処分しようと思ったのだ。
ところが、その靴がどこにも見当たらないのだ。靴を仕舞った紙袋はそこにあった。だが、中に入れたはずの祐輔の靴が、跡形もなく消え去っていたのだ。
流石に、真梨でも、靴が勝手に帰ったとは思えなかった。
それはそうだ。靴がひとりでに歩くなんてことは、ホラー映画以外であり得ないからだ。
真梨は、男を連れ込んでは、この奇妙なクローゼットの検証を始めた。
将司と鉢合わせせず、クローゼットにも入らずに、そのまま帰宅した男たちは、真梨の前から消えることはなかった。
しかし、クローゼットに身を隠した男たちは、一人残らず、真梨の前から姿を消していたのだ。
ここで真梨は、信じられない結論にたどり着いた。
クローゼットが男を消している。
いや、もしかしたら呑み込んでいると表現した方が正しいのか。真梨にとって、そんな細かいことはどうでも良く、とにかく、クローゼットに入った男たちはいなくなる、ということが大きな問題だったのだ。
もちろん、最初は心配した。消えた男たちはどこへ行ったのか、なんでそんなことになったのか、異世界と繋がる扉があるのかとか、異空間が広がっているのかとか、真梨自身もクローゼットの中に入って、検証を試みたが、真梨の身には何も起こらなかった。ただ真っ暗な中で、時間を過ごし、いつの間にか眠ってしまい、気がついたら数時間が経っていただけだった。
クローゼットに異変を感じた真梨は、実験と称して、男を連れ込んでは、クローゼットに押し込み、男が消えるのを確認すると、自分の仮設が正しかったことに怖くなった。
しかし、真梨はこうも考えた。
こうして男を消してくれるなら、人を選んで逢瀬をする必要がないのでは、たとえ口の軽い男であっても、関係無く逢瀬が出来るのではないか、そんな危ういことも考えるようになってしまった。
そして、今日も義男を部屋に引っ張り込んだのだ。この日は将司が定時で上がってくると前もって聞いていたので、理由を付けて義男をクローゼットに押し込める好機なのだ。
真梨は、将司が帰ってくる時間になるまで、義男とベッドの上で熱い抱擁を繰り返した。激しいセックスは、真梨の心の渇きを大いに癒やしてくれたのだ。
真梨がセックスに満足した頃、階下でいつものように将司が帰宅する音が聞こえた。
「ほら、そこのクローゼットに隠れて。頃合いを見計らって、逃がしてあげるから、それまで中でじっとしていてよ。物音なんか立てたら承知しないんだからね。」
真梨はそう言って、義男をクローゼットに押し込み、慌てふためき戸惑う義男にウインクして、扉を閉めた。
いつものように、洗面台に立つ将司の背中に、「あなた、お帰りなさい。」と声を掛けた。
「ああ、ただいま。」
将司は洗面を続けながら、返事をする。
「あなた、ご飯にするでしょ。冷蔵庫に入っているから、取り敢えず先に食べてて。私もシャワーを浴びたら、すぐに行くから。」
真梨はそう言って、洗面所を後にしよとする。
「なんだか今日はご機嫌だな。」
洗面を終えた将司が、後ろから真梨に抱きついてくる。
「そう?そんなことないと思うけど。」
真梨は、内心ギクリとしながらも、恍ける。
「いや、今日の真梨は、いつもと違ってご機嫌だね。」
将司は、そう言って、真梨の顎に手を掛け、無理矢理振り向かせると、唇にキスをした。
「もう、ご機嫌なのは将司さんのほうじゃない。」
真梨は火照る身体をなんとか鎮めようと気持ちを落ち着かせ、将司に反論する。
「そりゃ、ご機嫌にもなるさ。こんな美人の妻が、男を誘惑するようなフェロモンの匂いをプンプンさせて、出迎えてくれるんだ。ご機嫌にならない方がおかしいよ。」
将司は真剣な目でそう言う。
「もう、嫌な言い方。それじゃ、まるで私が男に飢えているかのようじゃない。もう止めてよ、今の私はあなただけなんだから。」
真梨はそう言って、将司の唇に自分の唇を合わせ、将司の手を振り解くと、二階へと向かった。
「早く降りておいでよ。」
二階へ向かう真梨に、将司はそう声を掛けると、キッチンへと向かった。
「分かったわ。」
真梨は、将司にそう応え、二階の寝室へと向かった。
寝室に戻りクローゼットを開けると、案の定、義男が消え去っていた。
そのことを確認した真梨は、証拠隠滅が完遂されたことに、心の中でガッツポーズを決めたのだった。
真梨は、こうして、男を連れ込んではクローゼットで消し去ることに味を占めた。
特に面倒くさい男は、積極的に自宅に呼んで、理由を付けてはクローゼットに押し込んだ。
世間では、男たちの失踪事件が相次いでいることに、徐々に気づき始めているようだったが、真梨はそんなことお構いなしに、男を連れ込んでは消し去るという、ある種の快楽を見い出し、その享楽に溺れていった。
この数年で、消し去った男の数は、手足の指を全部合わせても足りず、自分の年齢に迫るような数だった。
中には名前も知らないような男もいて、昔のように街中で声を掛けてきた男を連れ込むようにもなってしまっていた。
中年の域に差し掛かろうとしている真梨でも、美容には気を遣っているのだ、そこら辺の女性に負けることはない。街を歩けば男が面白いように声を掛けてくる。
真梨はその中から気に入った男を誘い込み、クローゼットに押し込むのだった。




