第8話 思考
コンビニを出た恵一は駅へ向かった。
家にいれば身元が割れた瞬間に警察が踏み込んでくるだろう。
一刻も早くこの町からは離れたい。
空を飛べば手っ取り早いが、人間が飛んでるのを目撃されて目立つのはさらにまずい。
今はスマホカメラという凶悪なツールを誰もが持っている。
人だと認識できないくらいの高度を飛べば問題ないと思うかもしれないが、飛び立つ瞬間と着陸する瞬間を撮影でもされでもしたら、それがSNSで拡散され、犯人特定の決定的証拠となる可能性まで浮上する。
したがって空を飛ぶのは無しだ。
飛ぶとしても夜間のみに限定して、昼間は通常の移動方法でなるべく目立たずに移動する。
これを徹底する。
そこで電車だ。
恵一はスマホの電源を切ると、痕跡を残さないように現金で切符を買った。
スマホの電源を落としたのは念のためGPSで追跡できないようにするためだ。
『とりあえず電車で行けるところまで行こう』と思ったが、逃走資金も心もとないため1000円の範囲内で行けるところまで行くことにした。
電車の中で恵一はこんなことを考えていた。
『昨日はあれだけついてたと思ったのにとんでもないことになってしまった…。ヤンキーをボコそうなんて思いつくんじゃなかった…。』
まあ当然の思考である。
だが、最初から恵一もこのような考えを思いついたわけではない。
元々恵一は超パワーを手に入れた段階でそれを利用して一財産築いてやろうと思っていた。
そこで一番最初に思いついたのは「野球」だ。
某メジャーリーガーが年俸「100億円」みたいなニュースが世間を騒がせていた時期があったからだ。
しかしよく考えてみる。
仮に超パワーとスピードがあったとしても「バットに当たればめちゃくちゃ飛ぶ」とか「超剛速球を投げられる」(まあ盗塁もできるか)とかくらいのものだ。
実際野球をするとなると守備や走塁もある。
ボールを扱うには細かい技術が必要だし、ルールなどもしっかり把握する必要がある。
そこにきて恵一は全く野球をやったことのないド素人だ。
基礎から練習していくのはあまりにも手間がかかる。
更にこれは恵一の考えの範囲外ではあったが、スーパー〇〇〇人になっても特別動体視力が向上するわけではない。
つまり「バットに当たればめちゃくちゃ飛ぶ」が「当たる確率が極めて0に近いぶっ壊れた大型扇風機」でしかないということだ。
ということで野球選手は除外された。
かと言って他の競技も細かい技術、テクニックを習得するにはそれ相応の手間と時間がかかってしまう。
唯一、陸上競技「100m走」とか「幅跳び・高跳び」などや、もしくは「ウェイトリフティング」などで世界記録を出すことは出来そうだが、それが「一財産」に直結する未来が恵一にはどうしても見えなかった。
ということで格闘技だ。
この超パワーを生かすには格闘技がシンプルでわかりやすい。
どんな相手でもリング上で殴り倒せばそれで勝ちである。
ボクシングのヘビー級チャンピオンでもこのヒョロガリの体でワンパンすれば「一躍時の人」となり富と名声が手に入る。
そう思ったのだ。
後悔した。だが後悔しても後の祭りだ。
今のこの状況を何とか打破する方法を考えるしかない。
ただ、こんな絶望的な状況の中でも唯一恵一に味方することもあった。
それは「帽子にマスク、サングラス」という格好が昔ほど目立つ格好では無くなっているという点だ。
そう、ご存じの通りコロナパンデミックが発生したことにより、一時は街中でマスクをしていない人はいないくらいにマスクをした人が激増した。
そしてその名残で今でもマスクをつけている人は多いし、マスクをしている人を見かけるのは不自然な事でもなんでもなくなっている。
「風邪ひいてるのかな?」とか「花粉症かな?」とかすら考えないほどに「当たり前」に浸透していると言っていいだろう。
もちろんそんなマスクをしながら帽子をかぶっている人もいれば、サングラスをしている人だっている。
つまり顔を隠したい「逃亡中」の恵一にとっては絶好の環境なのだ。
1時間近く電車に乗った後に恵一は電車を降りた。
あまり来たことのない街だったが、とりあえず駅前にネットカフェを見つけたのでそこに入店することにした。
理由はスマホが使えないこの状況で捜査状況を確認できる手段が欲しかったからだ。
ネットカフェに入店すると同時にネットニュースで事件のことを調べる。
どうやらまだ犯人が特定されたというニュースはないようだ。
恵一は『ホッ』っと肩をなでおろす。
だがPCを操作していてあることに気付いた。
『あっ!インターネットバンキングで出金限度額変更出来るんじゃね?』
そう、普通にスマホからの操作でも限度額の変更は可能だったが、テンパりまくっていたあの時の恵一にはそんな考えは頭の片隅にすら浮かぶことはなかったのだ。




