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気づくと手が握られていた。強く握られた手からは、強い決意が滲んでいた。
彼女の決意に報いるためにも、シェイラは真っ直ぐ目を見つめ、言葉を紡いだ。
「吾の名は、シェイラ・レイヴン・エーデルリッド。汝の名は」
「私は、アマリリス・ビー・シュバルツ」
その名を聞いた瞬間、アマリリスの視線が、ほんのわずかに揺れた。驚きでも疑念でもない。もっと曖昧で、言葉にできない引っかかり。ただ、胸の奥で何かが小さく鳴った気がした。
(…エーデルリッド)
記憶の底に沈んでいるはずの音が、かすかに浮かび上がる。王都で耳にしたことのある姓。だが、それが何を意味していたのかまでは掴めない。今のアマリリスには、思い出そうとする余裕も思考も残ってはいなかった。
「吾ら、この契約を交わす者。春の君主カトレアの名において、契約を違えぬことを誓う」
言葉を続けながらも、その微かな違和感は消えずに残っていた。アマリリス自身は気づいていない。だが、その名は確かに、この場にそぐわない重さを帯びている。目の前にいる花屋の店員には、不釣り合いな重さだ。
宙に浮かんでいた光の文字が、静かに流れを変える。それは意思を持つかのように、二人の腕へと伸び、一本の紐となって結び合わせた。そのまま光は螺旋を描くように腕に巻きついていく。
アマリリスは、あまりの出来事に声を失った。驚愕の間に、腕に温かな感触が伝わり、光の痕跡はいつの間にか消えていた。
「これで、契約は成立です」
「……え、えぇ」
「それでは。これまでの話を、しましょうか」
この日の出来事が、後に国家を揺るがす物語の始まりとなることを、まだ誰も知らない。




