第48話「貴方のそのアクネ菌の浮いていそうな小汚い頬を差し出しなさい」
「——来たか」
やっとの思いで闘技場に着くとか、そこにはティエリア先輩が壁際に身体を預けて立たずんでいた。
「待たせてごめんなさい、途中で保健室に寄ったものだから」
「構わないよ。私も今来た所だ」
台詞だけを抜粋すれば恋人同士のこそばゆい会話に聞こえなくもないが、しかしそこは水と油の二人である、表情と言動にこそ出さないがピリピリとした空気が互いを牽制するかの様に張りつめていた。なんかもうこれだけで参ってしまいそうになる俺なのだが、せめて気持ちの面だけでもい丈高に振る舞うことにする。そうしないと、とてもじゃないがこの空気に耐えられそうにない。基本的にヘタレだからな。
さて、改めて俺はこれから決闘の舞台となる闘技場に目を向けた。担任の先生から聞いた話によれば、薄紅を基調としたこの闘技場は上から見ると丁度すり鉢状になっているらしい。
アリーナの周囲を観客席がぐるりと囲み、威圧感がある。大きさはバスケットコート三、四面ほど。四方には岩肌を削って作ったかのような柱が設えられており、然も無骨なオブジェと化していた。魔術防壁(アリーナ内から魔法を漏らさないようにする施し)が完備されていて、実技訓練やイベントがここで行われているそうだ。なんでこんな所が存在するのかという疑問は残るが、そこはまあ異世界なので深くは追求しないでおく。
その他の特徴としては床に描かれている幾何学模様だろうか。線だの円だの適当に走り書きしているようにも見えるが、これは魔法陣というもので、何でも大規模な魔法を使用する際に用いられるものらしい。例えばそう、仮想空間を作り出すとかな。どうやら設定さえこねくり回せば理論上再現出来ないものはないらしい。しかもリアルさが売りとのことで特定の風土はもちろん、動植物も実装可能とかなんとか。
今回はなんとこの魔法陣の使用許可がおりたようで特別に決闘の舞台として取り扱うことになるらしいのだが、こちらとしては願ったり叶ったりな話だった。
「そろそろ始めませんか先輩」
「ん、ああそうだな」
俺がそう言うと、ティエリア先輩は俺と初対面のような表情を浮かべた。
少し頭を傾げて、ああ思い出したと手を打った。こんな仕打ちに慣れているとはいえ地味に傷つく。はいはい、どーせ俺だしね。
「ええと、貴様は確か……綾村と言ったか」
「合ってますよ」
よかった、俺の名前に関する最低限の記憶はあったらしい。俺ほどのぼっちともなれば名前を覚えていてもらうだけで相手を信用してしまうのだから恐ろしい。例外として棚町は除く。因みに棚町だけ特別なのは愛情、違った哀情の裏返しなので誤解なきように。
「それでは部の存続をかけた決闘をしようか綾村。私について来い」
ティエリア先輩がゲートを抜けて、魔方陣の刻まれるアリーナの中央に立った。それに俺も習おうとした所で「待ちなさい」と棚町。いきなり出鼻を挫かれてしまったが、無視すると後が怖いので仕方なく振り返る。文句なら終わってからにしてほしいのだが。
「どうした」
「貴方のそのアクネ菌の浮いていそうな小汚い頬を差し出しなさい」
「は? いきなり何を——」
「いいから早く!」
と強めの口調で言われたら、棚町に弱い俺としては素直に命令を聞かざるを得ない。
「これでいいのか?」
言われた通り頬を差し出すと、
「伏日さん」
俺の目の前に伏日が立って、
「すみまセン綾村先輩、体力が一ポイント残るように食いしばってくダサイ!」
何故か後輩にいきなり頬をビンタされた。




