第1話 気まずい時間
(き、気まずい!)
客間でナナーラ様と向かい合って座ったまま(因みにアルフィンさんはナナーラ様の背後でずっと立ったままだ)、無言の時間か既に5分ほど過ぎていた。
結局、クロード神父の許婚というとんでもない人物が現れたことで、冷静な判断力を失ってしまった私は言われるがまま二人を家に招き入れ、客間へと案内してしまっていた。
その後、少しでも一緒にいる時間を減らすのとそろそろ下着くらい着けたかったので「あの…それじゃあ私は、お茶を準備してきますね」と一旦退散しようとしたのだが、「お構いなく。私達が訪れるよりも前に教会を出てると言うことは、どうせ数分もすれば戻って来るでしょうから」と断られたため、そのまま『それじゃあ私はこれで!』と出て行くわけにもいかない(いくら自称クロード神父の許婚とは言え、家人の目が無いスペースに放置しておくのは不用心だろう)ため、こうして気まずい沈黙の時間を過ごすことになってしまったのだ。
(うぅぅ。クロード神父、早く帰って来ないかなぁ)
ここからクロード神父が普段通っている教会(正確には王都大聖堂とか言う名前だった気がする)までは徒歩で40分くらいの距離で、魔動車なら10分も掛らない距離にある。
そのため、魔動車で移動していたナナーラ様達が先に教会を出ているクロード神父より早くここに辿り着くのはおかしくないのだが、それでもそろそろ返って来て良い時間なはずなのだ。
なのにまだ帰って来る気配が無いと言うことは、恐らく帰り道の途中で誰かに捕まって道草を食っているに違いない。
(お昼は一緒に食べに出る約束だったし、遅くなっても昼までには帰って来ると思うけど……前に一度、迷子になってる子の親を探して1時過ぎに帰って来たこともあったしなぁ)
そんなことを考えながら私はチラリと壁に掛けられた時計に視線を向ける。
現在の時刻は11時42分。
もし、前と同じように13時に戻って来るとしてあと1時間20分もこの沈黙が続くかも知れないと思うと気が滅入ってくる。
(それにしても…ナナーラ様って爵位は侯爵って言ったっけ? たしか、上から大公、侯爵、伯爵、子爵、男爵で、大公って基本王族の直系だけだから実質貴族の中ではほぼ最上位と言っても良いくらいのかなり偉い人、だよね? なんでそんな人がクロード神父と許嫁なんだろう?)
正直、クロード神父の許婚という言葉はどうしても信じられない。
そもそも、私がこの世界に転生してきてから約11年、ほとんど私とクロード神父は一緒にいたがそんな話を聞いた覚えはない。
たしかに、ブルーロック村に居た時もミリアさんが来るようになってからクロード神父が家を空ける頻度は増えたし、時には王都にも行ってたのでその間に何らかの関係があったのかも知れないが、それならそうと話してくれたのではないだろうか。
(でも、前世でも同じ実家で暮らしときながらお兄ちゃんに彼女がいたのを結婚する直前まで知らなかったしなぁ。もしかして、私が知らなかっただけでちょくちょく会ってたりしたのかも。……いや、いやいやいや! 無い、絶対無い! だって、ガブリエルさんがいなくなった8歳からミリアさんに会う12歳までクロード神父はほとんど守護者としての仕事にかかりっきりで、休日もほとんど私のレベル上げに付き合ってくれてたから恋人とこっそり会う時間なんて無かったはず! それに、前にミリアさんとの仲を進展させようとそれとなく恋人とか作らないのかって聞いたら、『今は忙しいからそんな余裕は無いし、お前のような手の掛る同居人がいるせいで誰も寄ってこない』って感じの嫌みを言われたから許婚なんているはずないよ!)
じゃあそうなってくると、この女性はいったい何者なのだろうか?
まさか、クロード神父の許婚を自称するストーカーなのではないだろうか?
たしかに、クロード神父は見た目はかなり良いし、仕事もできて守護者第1位階と国内でもトップの実力者だ。
それに誰にでも優しく(私には厳しいけど)気配りもできる完璧超人のようなスペックなので、本人は冗談で私のせいで寄ってくる女性が逃げてしまうなんて言っていたが(いや、ドロシーちゃん曰くクロード神父と結ばれたければ『神をも食らう竜』を手名付けなけるために命を賭けろ、なんて噂もあるみたいなので冗談ではないのかも知れないが)基本的にかなりモテる。
だから、追っかけのようにこの家を訪れるファンはこれまでも何人かいた(全員私が姿を見せると逃げて行き、声を掛けると大抵2度と姿を見せなくなったし、ユリちゃんがこの家に居候してからはなぜか一切来なくなった)ので、この人もそういった人たちの一種なのではないだろうか。
(たしか、家名はエルメルダって言ってたよね? ……うん、全然有力貴族の家名なんて覚えて無いからどんな家系なのかさっぱり分かんないや。でも、ミドルネームで名乗ったダナンって、2代か3代前に王族の直系がいる家系の貴族に与えられる階級だっけ? それに、髪の色的に王族に近い血筋であるのは本当みたいだし、まさか初のストーカー貴族!?)
そんなことを考えていると、ふと視線を感じたのでそちらに視線を向けると、ナナーラ様がじっとこちらに鋭い視線を送っていた。
その視線はあからさまに友好的な物では無く、どちらかと言えば敵意のような物さえ感じるほどで、思わず私は素早く視線を逸らしてしまう。
(え? 何?? 私、何かやらかした!? でも、多分のナナーラ様と会うのってこれが初めてだよね?)
必死に思い当たる事が無いかと記憶を探るが、やはりどうやっても思い当たることは何も出て来ない。
しかし、いろいろと思考を巡らせたことでふと私はある事に気付く。
(あっ! そう言えば、許婚って子供が小さい時に親同士で決める婚約者のことだよね? だったら、この婚約も親同士が勝手に決めてることでクロード神父が知らないとか?)
そこまで考えたところで私は更なる事実に気付く。
(あれ? そう言えば、今まで気にしてこなかったけどクロード神父の家族の話って聞いた事ないや。たしか、ミリアさんがクロード神父は教会に入る前は貴族だったって感じのことをチラッと言ってた気がするけど……。ダメだ、ほんと何か他の話題の時にチラッと出ただけの話だった気がするし、詳しいことは何も分かんないや)
そうやって考えると、『なぜクロード神父は教会に所属しているのか?』とか、『今クロード神父の両親はどこで何をしているのか?』とか今までさほど気にしていなかった様々な問題が気になってくる。
そして、それらの問題を目の前にいるナナーラ様は知っているんじゃないかと思うと、つい好奇心から尋ねてみたい衝動に駆られて再びナナーラ様に視線を向ける。
(でも、今までクロード神父が話してくれなかったことを本人が知らないところで聞くのはダメな気がする)
しかし、そう思いとどまると私は開き掛けた口を閉じたのだった。
だが、一瞬何か語ろうと私が口を開いたのをしっかりと見ていたナナーラ様は、突然「何か尋ねたいことがあるんじゃないの?」と声を掛けて来た。
そのため、そのまま無視するわけにも行かず、かと言って『何もありません』とは言い辛い雰囲気だったのでとりあえず頭に浮かんだ他の疑問を口にする。
「あの…ナナーラ様は、クロード神父とはどれくらいの、付き合いなんですか?」
そう尋ねると、ナナーラ様は少し表情を険しい物に変えたものの、軽く息を吐くと「私がクロードと初めて会ったのは4つの時かしら。ただ、最後に会ったのは彼が守護者になった16の時だからもう十数年会ってないわね」と答えを返してくれた。
だが、その答えを聞いたことで私の脳裏には新たな疑問が浮かんでくる。
(許婚者なのにそんな長い間会ってないの? じゃあ、どうしてこのタイミングでクロード神父を迎えに? アルフィンさんが最初に紹介した時、最近当主の座に就いたって感じの事を言ってたけど、それと何か関係が?)
いろいろと疑問が頭に思い浮かび過ぎて何から尋ねれば良いか分からないが、それでもこれを切掛に話を広げないと再び沈黙が訪れれば再度話し掛けるなんて無理だと判断した私は、とりあえず最初に思い浮かんだ考えを口にすることで話を繋げようと試みる。
「あの…最後に会ったのは、結構前…なんですね」
そう口にすると、再びナナーラ様の表情が険しい物へと変わる。
そして、ボソリと「誰のせいで」と漏らした言葉から、どうやら今の一言は地雷だったと察知して私は慌ててしまう。
「えっと、あの…その……別に、悪気があって言ったわけじゃ――」
どんどんと声量が小さくなりながらしどろもどろに言葉を発していると、知った気配が2つこちらに近付いて来るのに気付いて思わず言葉を止める。
そして、玄関の方向に視線を向ける私を見てお目当ての人物がようやく帰って来たことを察したのか、ナナーラ様も玄関がある方向に視線を向ける。
直後、玄関の方から「ただいま」とよく知った声が2人分聞こえ、その後玄関にある靴から来客を察したのか客間に姿を現したクロード神父が私に「なんだ、誰か来て――」と問い掛けようとして、目の前に座るナナーラ様を見付けて言葉を失う。
「ん? どうした――」
そして、その後ろからユリちゃんも姿を現すのだが、ナナーラ様の姿を見付けた途端クロード神父と同じ『何でこの人がここに!?』と言った感じの表情を浮かべ、言葉を失いその場に固まってしまう。
「久し振りね」
言葉を失う2人、と言うよりクロード神父にナナーラ様がそう声を掛けると、ハッと我に返ったクロード神父は「あ、ああ。15年ぶりか」と返事を返したことでナナーラ様が間違い無くクロード神父の知り合いであることが確定する。
「1週間前くらいにご病気のガンダルフ様に代わりキミが当主の座に就いたと聞いていたが、なぜここに?」
怪訝な表情を浮かべながらクロード神父がそう尋ねると、ナナーラ様はスッと立ち上がってクロード神父に近付くと、そのまま右手を差し出して「今日は、あなたを迎えに来たの」と告げる。
だが、クロード神父はその手を取らずに険しい表情を浮かべたまま「貴族の位を捨てた俺を、ガンダルフ様はキミの相手には相応しくないと反対していただろ?」と問い掛けると、ナナーラ様は一切引き下がることなく「今のエルメルダ侯爵家の当主は私よ。お父様じゃないわ」と言葉を返す。
「すまないが、キミの手を取ることはできない」
そうクロード神父がハッキリと告げると、ナナーラ様はギュッと唇を噛み締めながら伸ばしていた手を引き、しばらく言葉無く俯いていたかと思えばなぜか私に鋭い視線を向けて「やっぱり、こいつのせいで」とその怒りの矛先を私に向けて来るのだった。




