プロローグ
燃え盛る都市の中、私はどこかで見た事のあるような顔付きの男性と向かい合って立っていて、その周囲を取り囲むように無数の人影が確認できた。
男性の年齢は20代後半から30代前半と言った感じだろうか。
2m程度の巨体に美しい青い瞳、そして炎の光で様々な色に輝いて見える白銀の髪をしたその男は、機械的なデザインをした片刃の剣を手にしていた。
「なぜ、こんな愚かな戦いを引き起こした? お前はこんなことをするため、我らに力を与えたと言うのか?」
険しい表情でそう告げる男に、何の話か分からない私はどう答えて良いのか戸惑うが、そんな私の戸惑いとは関係無く私の口は勝手に言葉を紡ぎ出す。
「全ては2000年後の未来までも人類が存続するために必要な事。それに、戦いばかり繰り返し多くの悲劇を生み出す人類など、一度滅んでリセットしてしまった方が良いでしょ?」
「全てをリセットして、お前の都合が良い世界を作る、と?」
その言葉に、私は返事を返さない。
ただ、自分の顔に笑みが浮かんでいることだけは把握できた。
「……あの物語をゲームと言う形で世に広める時、お前はお前と同じように力に目覚めた者が世界を支配しようと暗躍したところで将来的に失敗する運命であることを知らしめるためだと言ったな。それにより、そいつがバカな真似をしなくなる可能性に賭けたいのだと。だが、結局この世界に魔獣をばらまき世界に混乱を巻き起こしたのはお前自身だった。つまり、あの時お前が言った女神アルテミスになる可能性がある人物は誰であろうお前自身だったのだということだ」
「そうね。そして、どんなにあなたが私の思惑どおりに世界を変えることを拒もうと、あなたが導きの神プロメテウスとして人類にスキルを与えなければまともに戦う力を持たない人類など魔獣という脅威の前にあっと言う間に滅ぶでしょうね。でも、世界のルールを書き換えるために根源その物と同化すれば、私のように特別な適性があるわけでは無いあなたは誓約に縛れてもうこの世界に直接干渉することができなくなる」
「なるほど、だからお前は他の『十二使徒』が更なる力を求めて根源へと通じる欠片に同化することを促し、強大な力の余波で人の姿を保てなくなった皆が唯一現世へと干渉する器たる依り代を全て排除することで無防備なアストラル体を別世界に幽閉したと言うわけか。だが、なぜ自身に賛同した仲間すら別世界に封じ、自ら不利になる道を選んだ? もし、この場にあと1人、それこそ紗夜花あたりを連れて来ていればここまで追い込まれることも無かっただろうに」
「冗談でしょ? 私に賛同した『十二使徒』の半数はいざとなれば私の凶行を止めるためにあなたが送り込んだスパイだし、紗夜花は私を慕っているような態度を取っているけど、あれは隙あれば私やあなたの寝首を掻いて自分が世界の支配者になろうと狙ってる野心家じゃない。それに、曉斗やマルクトも紗夜花と似たようなところかしら。まあ、マルクトの場合はただ戦闘が楽しめれば良いだけでそこまで深く考えてはいないのでしょうけど」
「……なぜ、そこまで分かっていてこんな無謀な戦いを? たしかに、お前が見た未来の通りここでお前を滅する事はできず、器を破壊してアストラル体を異なる世界に封じるしか今の我らに取れる手立ては無い。それでも、結局そこから復活したところでお前の敗北は決まっているのだろう? それとも、あの物語の結末は我らの目を欺くための偽りだったと言うことか?」
「いいえ、本来ならここで私は封じられて2000年後の未来で私は復活することになり、そしてあのゲームを通してあなた達に語った物語のように復活した未来でその時代に生きる実力者達に敗北して消滅することになるわ」
「じゃあ、なぜこんなことを?」
「でも、既にその未来は変わってしまった。そもそも、本来なら私は『数字付き』の大半を配下としてこの反乱を起こすはずで、その戦いで私はあなた以外の『十二使徒』を封印では無く始末しているはずだったのよ。……ああ、正確には紗夜花や曉斗がお互いに足を引っ張り合ってほとんど自滅に近い最後だったのだけど、私はその未来を変えた。結果、本来堕天使として異世界に封じられるのは『数字付き』だったはずの未来が『十二使徒』が封印される未来に変わり、『数字付き』全員が紗夜花の駒として姿を消したわ。それに、曉斗も未来の世界で私の計画を妨害するために何かしていたみたいだし、恐らくもう私が初めて根源に触れた時に見た未来がそのまま訪れることは無いわ。それでも、人類がこの先も生き残って行くためには私が見た未来に近い形に変わるしかないのだから、そうなれば十分私にも勝ち目があるのよ」
そこまで語ったところで、私の体から膨大な魔力が吹出す。
「さて、この時代ではこれが最後だから長々と語りすぎたわね。それじゃあそろそろこの戦いも終わりにしましょうか」
「……そうだな」
男がそう告げるとその体も膨大な魔力に包まれ、それと同時に周囲を囲む人々も一斉に武器を構えて戦闘態勢を取る。
「さて、それじゃあ根源の一端に触れた事で私と変わらない力を手に入れたあなたの力を見せめてもらうわね、要! いいえ、プロメテウス!!」
「望むところだ! 必ず、我らはお前の野望を阻止してみせる! 今回も、遙か未来の世界でも! 行くぞ、イリア…いいや、ア――」
いざ戦闘が始まるという瞬間、突然私の意識は光に包まれる。
それと同時に、今まで軽かった体が急に重くなるような感覚を感じながら、私の意識は現実世界へと引き戻されて行くのだった。
―――――――――――――――――
「ア――! ア―リ!! おい、いい加減目を覚まさんかい!!」
その声に、私は慌てて飛び起きる。
すると、ベッド脇に設置された机の上で私声を掛けていた40cmくらいの大きさをしたパンダのぬいぐるみ、エルが「やっと起きたか」と呆れたような声を上げた。
「ええと……エル? あれ? 今まで私……あれ?」
「なんや、まだ寝ぼけとるんか」
「ええと、その…おはよう」
「おはようやない! もう昼になるからこんにちは、が正しい挨拶やな」
「ええっ! もうそんな時間!?」
私は直ぐに枕元においている時計に視線を向け、その針が既に11時半頃を指しているのを確認する。
たしかに、今は3学期も終了して春休みの期間であるため早起きする必要は無い。
だが、それでも貴重な休日の半日を無駄にしてしまったのは大きな損失となるのだ。
(あー、やっぱりあと少しで読み終わるからって昨日遅くまで小説を読んでたのがいけなかったのかなぁ。それに、今日は皆朝から出掛ける予定で起こしてくれる人がいなかったのも原因かも。でも、たしか昼にはクロード神父が戻るから一緒に食事に行く約束だったし、その前に起きられたのはエルに感謝しないと)
そんなことを考えながら、私はエルに「起こしてくれたありがとう!」と言葉を掛けながら、周囲に脱ぎ捨てられた下着や寝間着を回収していく。
未だ寒い日が続くが、3月の終りともなればそこまで寒さが厳しくないので寝ている間に服を脱ぎ捨てる悪癖がある私も、起きた時に寒い思いをしなくて良い日が増えてきたのはありがたい。
年末、エルキュールの襲撃があって早3ヶ月、その後は特に大きな事件が起こることも無く無事に年度末を迎えていた。
因みに、大きな事件が起こらなかったことで学年末試験は十分に勉強を行った上で臨めたため、無事に赤点を回避してゴルドラント高等学院始まって以来初めての留年と言う不名誉な結果は避ける事ができた。
そして、ゴルドラント高等学院は3月の前半で全授業が修了し、そこから半月ほどの春休み期間に入るので今はその休みを満喫中なのである。
「ああ、別に礼なんて要らないから、早く服を着て出た方がええと思うで」
全ての衣類を回収し終えたところでそう告げられ、私は思わず「出る? どこに?」と声を上げ、それと同時に来客を知らせる玄関のブザーが鳴り響くのが聞こえた。
「これ、さっきから何度も鳴ってるからな」
「それを先に言ってよ!」
そう叫びながら慌てて私は部屋を飛び出し、慌てて1階まで駆け下りるとそのまま玄関に駆け寄る。
そして、玄関に近付きながら「待って下さい、直ぐ開けますから!」と声を掛け、ドアの鍵を開けようとしたところで自分が今一糸纏わぬ姿である事に気付き手を止める。
(しまった! どうしよう、今更着替えるために戻ると更に待たせてしまうことに……。ええい、こうなったら!)
私は咄嗟に『収納空間』からワンピース型の『竜姫の礼服』を引っ張り出すと、直ぐさまそれを着て玄関を開いた。
「お、お待たせしました!」
ドアを開くなり私はそう頭を下げ、直ぐに頭を上げて来訪者が何者かを確認する。
すると、目の前には執事服を着た赤毛の老紳士が立っており、その後ろに明らかに貴族だと思われる金髪の女性(たぶん20代中盤くらいで、髪の色はジルラント様のような王族に比べて若干薄い程度なので恐らく王族に近い家系である高位の貴族だと予想できる)が立っていた。
「突然の訪問、申し訳ございません。こちらはクロード様がお住まいの屋敷で間違いありませんか?」
老紳士にそう尋ねられ、私は「え? ええと、はい…そうです。でも、まだ戻って来て無いので…その、今はいません」と返事を返す。
「そうですか。先程教会を訪れた際にこちらへ戻られたと伺ったのですが…どうやら私達の方が先に付いてしまったようですね。すみませんが、こちらでしばらく待たせて頂いても構いませんか?」
そう問われ、私はどう返事を返すべきか迷い、とりあえず先に確認しておくべき事柄を問い掛ける。
「あの…お二人は、クロード神父と…その、どう言った、関係で?」
おずおずと私がそう問いかけると、老紳士は「これは失礼しました。先に要件をお話しすべきでしたね」と頭を下げる。
だが、そんな老紳士を無視するように背後の女性は前に出ると私を見下ろすように視線を向けると、愛想の無い口調で声を発する。
「その髪色……あなたがアイリスね?」
「ええと…はい、そうですけど」
「なるほど。この子が……」
そう告げたあと、女性は値踏みするかのような鋭い視線を私に向ける。
正直、気が強そうな顔付きのためそうやって鋭い視線を向けられると若干怖いので止めてもらいたいのだが、コミュニケーションが苦手な私が初対面の相手にそんなことを言い出せるわけが無い。
そして、しばらくして老紳士がコホンと咳払いをした後に「ナナーラ様。初対面の相手にそのような態度は失礼に当たりますよ」と注意してくれたことで、ようやくその鋭い視線から解放される。
「大変失礼いたしました。それでは話を戻しまして、本日我々がここを訪れた理由についてお伝えいたしますね。私の名はアルフィン。こちらにおられるナナーラ様の執事を務めております。そしてこちらが先日エルメルダ侯爵家当主の座に着かれたエルメルダ・ダナン・ナナーラ様で、本日はナナーラ様の許婚であられるクロード様をお迎えに上がった次第です」
「はあ、そうなん……………え? 許婚!!?」
こうして、クロード神父の過去に纏わる、そして私の将来に関わるドタバタの3日間が幕を上げるのだった。




