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黒の聖女と白銀の騎士  作者: 赤葉響谷
第2章 『機械仕掛けの神』編
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第23話 脱出

「フニャ!!?」


 意識を失っていた私は、突然体が急降下する感覚で意識を取り戻し、固い地面に叩き付けられた衝撃で完全に目が覚めた。

 しかも、手に持っていた恐らく『魔導砲』の残骸と思われる部品で思いっ切りみぞおち辺りを強打したので変な声を上げてしまった上に、しばらくその場でゴロゴロと藻掻き苦しむことになった。


「いてて……。はっ! そう言えばいったいどうなったの!!?」


 こんなことをしている場合ではないと、私は直ぐさま体を起こすと周囲に視線を巡らせる。

 すると、そこは今まで私がいた未来の東京ではなく、何度か来たことのあるアールベインの神殿最奥のボス部屋だった。


「戻って、来たの?」


 まあ、よく考えれば塔の最上階であの世界のボスである紗夜花さん(過去のエル)を倒せば外の世界に出ることができるようになるのなら、あの時間違い無く塔と一緒に吹き飛んでいるはずなのでこの結果も当然なのかも知れない。


(結局、エルやアオイちゃん、レンちゃんともお別れを言う暇もなかったなぁ。皆、無事だったら良いけど……。それにしても、結局ユリちゃん達は何処にいたんだろう? 塔を破壊する時に一応確認したけど、塔の中に強力な魔力の気配は最上階にしか無かったから塔にはいなかったはずだよね。それに、あれだけ騒ぎが起こってる中で姿を見せなかったってことは、都市にもいなかったんだろうし……やっぱり、あの世界に飛ばされていたのは私だけだった?)


 一応周囲にユリちゃん達の姿がないか確認してみるが、当然ながら見渡す限りユリちゃん達3人の姿はこのボス部屋のどこにもない。


「え?」


 ただ、グルリと周囲を見渡す中で私は足下に予想外の物を見つけてしまった。


「……パンダの、ぬいぐるみ……」


 そこには40cmぐらいの大きさをした可愛らしいパンダのぬいぐるみが仰向けの状態で大の字に倒れていた。


「……いやいや、まさか」


 恐る恐る私はそのぬいぐるみを抱き上げ、軽く左右に揺すってみる。


「――ッ! なんや!? どうなったんや!??」


 すると、パンダのぬいぐるみ、エルは突然動き出し、慌てたように周囲に視線を巡らせながら言葉を発したのだった。


「……おはよ」


「!? ……なんや、アイリか。ビックリしたわ。それにしても……ここはどこなん? あれから何があったんや?」


「ここは私の世界にあるアールベインの神殿ってダンジョンのボス部屋だね。そして、何があったのかは私も分かんないけど、どうやら2人揃ってあの世界から出られたのは良いけど、エルの世界じゃなくて私の世界に出ちゃったみたい」


「アール、ベイン? それに、ここがアイリの?」


 エルは呆然と呟きながら、やがて何か考え込むように黙り込んでしまう。

 本来ならここはそっとしといてあげた方が良いのかも知れないが、それよりも私は気になることがあるので構わずエルに問い掛ける。


「そう言えば、アオイちゃんとレンちゃんの姿が見えないけど、どうなったか分からない?」


「アオイとレン? ああ、レンに抱えられとったウチが無事なんやから、たぶん大丈夫やろ。それに、2人は一応あの世界で記憶を基に作り出された住人やから、あの世界が消滅せん限りは無事やとおもうで」


 その回答を聞き、若干ホッとする反面、私は1つ気になっていた疑問点について口にする。


「そう言えば、今更だけど確認。エルはさ、最初から本当は2人が自由になれないことを知ってて2人に協力させてたよね?」


「……何でそう思ったんや?」


「だって、塔を目指す時に2人はエルの過去の記憶で訪れてる塔までは辿り着けるけど、都市の外で塔以外の場所には行けないって言ったよね? つまり、2人はどうやっても塔までしか逃げ出せなくて、本来2人を救うはずだった昔のエル、つまり紗夜花さんがあの世界を管理するボスキャラである以上絶対に救われることはないよね。それに、紗夜花さんが消滅したことで私達が自動的に外の世界へ飛ばされたってことは、あの世界を監視し管理している楔がなくなったことで仮初めの世界が消滅し、外の世界に弾き出されたってことじゃないの? だったら、紗夜花さんを倒すことで世界が消滅して、それと同時に作り出された世界の住人であるアオイちゃんとレンちゃんも消えちゃうって知ってたんじゃないの?」


 一息に浮かんでいた疑問全てをぶつけ、エルの回答を待つ。

 すると、エルは一言「まあ、知らん方が幸せなことだってある、ちゅうことや」と私の推測が間違っていないことを示すような言葉を返した。


(まあ、どちらにせよ紗夜花さんを倒さなければ私もあの世界を出ることができなかったんだろうし、そこについては今更責めても何にもならない、かな。好意的に考えれば、アオイちゃん達が消えちゃうって分かってたら私の判断に迷いが生じるかも知れないと気を使ってくれたのかも知れないし。それに、あそこがエルの記憶を基に作られた世界なら、本物のアオイちゃんとレンちゃんは幸せに暮らしてる、もしくは天寿を全うしたかも知れないしね。ただ、結局エルがこの世界に来てるってことは、エルの世界は既に…って可能性もあるわけだし、そうなると1人孤独にぬいぐるみの姿で放り出されたエルをこれ以上責めるのは可愛そう、かな)


 そう考えた私は、とりあえずこれ以上の追求を止めて今後エルがどうするのかを話し合うべく口を開こうとして、その異変に気付いて慌てて周囲に視線を巡らせる。


「ん? 急にキョロキョロしだしてどうしたんや?」


「……いきなり部屋中におかしな魔力が溢れて来たんだよ。これは……何か転移してくる!」


 私がそう声を発した直後、突然部屋の中央付近に小さな空間の歪みが生じる。

 そして、その歪みは一瞬で大きくなり、やがてそこから武器を構えて向かい合う5人の男女と、向かい合っている内見知った3人の背後に倒れる大勢の人影が姿を現した。


「なっ!? ここは――」


 突然の事態に驚愕の表情を浮かべているユリちゃんがそう言葉を発し、その視線が私の方に向いたところで言葉を失う。

 そして、ユリちゃんが言葉を失った直後に残り4人、ジルラント様とライアーくん、それに見知らぬ男女のペアも私に視線を向ける。


「ふむ。どうやら我らが手を下すまでも無かったようだな」


 そう声を上げたのは、深い青に染まった髪を腰の辺りまで伸ばした長身の男性だった。

 背丈は恐らく180は超えているだろうか。

 細身の体躯ながらその立ち姿に隙は無く、氷のように冷たい視線が他人を寄せ付けない雰囲気を存分に醸し出している美しい顔立ちの青年だった。


「既に我らの目標は達成されている。これ以上の戦闘は不要だな」


 そう言いながらもう1人の赤毛の女性は武器を下ろす。

 160後半はあろうかという女性にしては長身で、顔付きも美人ではあるのだが、その近づく者全てを貫くような鋭い目付きがもう1人の男性と同じく近付きがたい雰囲気を醸し出していた。


「逃げられると思ってんのか?」


 ライアーくんは直ぐに私から2人に視線を戻し、鋭い眼光を向けながらそう言葉を発する。


「さっきは攻めきれなかったけど、私達の最高戦力であるアイリが合流した今、そう簡単に逃げ出せると思わないことね!」


 ユリちゃんも2人視線を戻しながらそう告げたので、咄嗟に私は『あっ! これって私も戦わないとダメなやつなんだ!』と察し、慌てて足下にエルを下ろすと『収納空間(アイテムボックス)』から神刀『三日月』を取り出す。

 そして、直ぐさまユリちゃん達の側まで駆け寄ろうとして――


「ユリアーナにジルラント、それにライアー!? しかも、アイリが取り出した武器は神刀『三日月』やないか! なんや、ってことはここはイリアがシナリオを書いた『黒の聖女シリーズ』の世界なんか!?」


 エルが発した予想外の言葉で思わず足を止めてしまう。

 そして、そのエルの言葉に反応したのは私だけではなく、ユリちゃん達3人も同時にこちらに視線を向けることになるのだが、それが致命的な隙を産むことになる。


 直後、突然謎の2人組を中心に膨大な魔力が吹き上がり、その魔力の渦が2人の姿を覆い隠す。

 そして、魔力の渦が収まった頃にはそこに謎の2人組の姿はなく、私達はその一瞬の隙を突いてどこかへ逃げられてしまったことを察するのだった。


「……とりあえず、今回は1人の犠牲者も出なかっただけ良しとするしかないでしょうね」


 軽くため息をつきながらユリちゃん達はそう告げると、『収納空間(アイテムボックス)』へ構えていた神器『レーヴァテイン』を収納し、その視線を私とエルに向ける。


「だけど、アイリは今までどこにいたのか、とか、その奇妙なパンダのぬいぐるみは何なのか、とか、そもそもなんでパンダのぬいぐるみが『黒の聖女シリーズ』のことを知ってるのか、とかいろいろ問質さないといけないようね」


 こうして、私達の行方不明者捜索任務は無事に成功という形で終りを迎えるのだが、どうやら現実世界と異世界とでは時間の流れにズレがあったようで、あちらでは1日に満たない時間しか過ごしていなかったのに、こちらの世界では1週間以上の時間が過ぎていた(ユリちゃん達の時間感覚は現実世界と同じだったらしいが)ので、期末試験の期間は既に終わっていたと言うとんでもない情報が舞い込むことになるのだった。

 ただ、今回行方不明になっていた先輩達を無事全員救出した功績を認められ(と言っても、私は何もしてないのだが)、再試験を受けることで留年などの厳しい処分を免れたのは不幸中の幸いだろうか。

 因みに、このドタバタでほとんど勉強した内容が吹っ飛んでいた私の成績は悲惨な状態だったことは、勉強を教えてくれたユリちゃんには内緒である。

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