第15話 現地人からの情報収集その1
「……1つ、確認してもええか?」
エルは徐に顔を上げながら真剣な表情を浮かべて(パンダのぬいぐるみなので正直表情は分からないが、たぶん声色的にそんな感じの表情を浮かべているだろうと言う私の勝手な予想)口を開いた。
「なに?」
「アイリは、木祖蔵イリアって名前に聞き覚えは?」
そう問われ、私は直ぐさま『名字的に前世での知り合いってことだよね? でも、そんな名字の人いたっけ?』と必死に記憶を辿ってみるが、どんなに考えてみてもそんな名前の人に心当たりはなかった。
と言うか、流石に人の名前と顔を覚えるのが苦手な私でも『イリア』なんて外国人っぽい名前の人を忘れるとは思えない。
それに、『イリア』はローマ字で書くと『Iria』で、私の『愛里』のローマ字表記である『Airi』を逆さまにしたアナグラムで、よくSNSで使っていた名前なので余計忘れるはずがないだろう。
そのため、私は大きく左右に首を振ることで思い当たる人物がいないと言う意思をエルに返した。
「なるほどなるほど……。じゃあもう一個。アイリって名前は今世の名前? それとも前世?」
その質問に、私は一瞬どう答えるか迷う。
正直に話そうが誤魔化そうがエルには本当のことは分からないだろうからどうとでもなる気がするが、いいかげんに誤魔化すとボロが出そうだし、だからと言ってこんな見ず知らずの場所で得体の知れない相手にそう易々と情報を与えることにも抵抗があったのだ。
「正確には前世の名前かな。でも、今世も近い名前だから(ユリちゃんには)アイリって呼ばれてるし、そう呼んでもらった方が良いかな」
だから、私は嘘にならない範囲である程度ぼかした返事を返すことにした。
「ふむ……。じゃあ、ついでに前世のフルネームを聞いても?」
そう問われ、私は何も考えずに「黒崎愛里」と正直に答えた後、『ここが日本で、仮に東京だとすれば私の知っている風景とあまりに違いすぎるし、そうなると未来の東京とか私が住んでいた日本と全く違った歴史を辿ったパラレルワールドの可能性が高いよね。だとすると、そんな世界に飛ばされたってことは、この世界の歴史にパラレルワールドの私が深く関わっている可能性だってあるし、何ならこんな世界になった原因がパラレルワールドの私だって可能性もあるのでは!?』と言う考えが一瞬で頭の中に浮かぶ。
だが、答えてしまった以上今更『やっぱりさっきの無し!』なんて言えるわけもないし、最初に私が『アイリ』と名乗っても反応が無かったことから『たぶん、大丈夫だよね?』と、とりあえず無理矢理心を落ち着ける。
それに、さっきエルが『ここはウチの記憶から再現された世界』ってことを言っていたことから、恐らくここは今まで私がいた世界や前世とも違う異空間であり、私には全く関係無い世界である可能性が高いのだと必死に自分に言い聞かせ、大人しくエルの反応を見守る。
「まあ、たしかに普通の日本人らしい名前やね。それに、答え方が自然だったところを見るに、偽名とかでも無いやろ」
エルはそう告げると、未だ訝しげな表情を浮かべながら(パンダのぬいぐるみなので…以下略)私達のやり取りを見ていた姉妹の方を振り返り、「信じられへんやろが、どうやらアイリの話に嘘は無いようや。だから、ざっくりとこの世界のことやウチらのことを話そうと思うが、かまへんよな?」と声を掛ける。
「エルがそう言うなら、レンはそれで構わないよ」
「あたしも」
レンちゃんとアオイちゃんが続けてそう答えると、エルは「よっしゃ!」と気合いを入れるように言葉を発し、私の方を振り返って言葉を続けた。
「そんじゃあ姉弟の許しも得たことやし、ウチがアイリにいろいろと教えたる!」
「お願いします」
胸を張りながら告げるエルに、私は軽く頭を下げながらそう言葉を掛けると、「さて、それじゃあ何から話すか……」としばらく考える素振りを見せた後、「まあ、最初はこの世界についてからやな」と呟いた。
正直、それよりも先に『なんでパンダのぬいぐるみが喋るの?』とか、『東京生まれの東京育ちって東京のどこかで作られたってこと? それとも本当は人間だけど、何らかの魔法でパンダのぬいぐるみに姿を変えられているだけ?』とか、『ここが日本だったら、3人(2人と1体?)も前世の私と同じく名字があるはずだよね? もしかして、偽名とか特殊な環境で育った影響で名字か無いとかそう言った事情があるの?』などと言った疑問を解消してもらいたい気持ちが強い。
だが、今更話の腰を折るのも気が引けるし、パンダのぬいぐるみ相手だから今までなんとなくノリで普通に会話できていたが、基本人見知りでコミュニケーション能力に欠ける私には自分が知りたい情報に話の流れを誘導するだけの会話スキルなど無いのだ。
「この世界は西暦2299年の日本、その最後の都市である東京の姿がウチの記憶を基に再現された世界や」
短い説明の中にいろいろと情報が詰まりすぎていて一瞬困惑するが、とりあえずハッキリとしているのはここが私が転生する前の日本から200年以上(既に転生から10年以上経っているので、前世で最後の日が正確に何年だったか覚えて無いが、たしか2020年代だったような気がする)経過した日本だと言うことだけだろうか。
それ以外の情報については、より詳しく聞いてみないことにはいろいろと分からない事が多すぎるので、話を進める前に1つずつ疑問を解消していく必要があると考えた私は思い切って質問を口にする。
「最後の都市、ってどう言うこと?」
「言葉どおりの意味や。現在、世界は魔力と言う人知を越えた力を奪い合って戦争を繰り返し、ほとんどの国や都市が滅びてここのようにごく少数の生き残り、と言っても数百万はおるが、それだけの人間が力ある一部の能力者に守られながら……と言うより、支配されながら暮らしている状況ってわけ」
それからエルはこの世界で発見された『魔力』についていろいろと話してくれたのだが、正直内容が難しくて私にはそのほとんどを理解することはできなかった。
なので、私はざっくりと『体内に取り込んだナノマシンが次元の裂け目から発生する強力なエネルギーを人体に取り込み、そのエネルギーをナノマシンによる制御の下放出することで超常現象を引き起こす』と言った認識で納得することにした。
あと、そのナノマシンは誰でも適合できるわけでなく、多くの場合がナノマシンから流れ込む膨大なエネルギーに肉体が耐えられずに死んでしまうとか、適合してもその膨大なエネルギーの負荷で髪が白く染まり、やがて肉体が魔力に慣れ始めると白銀の輝きを放つようになり、最終的には自身に最も適したエーテル属性(これが何なのかは良く分からなかった)の種類に応じた髪色に変化するのだとか。
そこまで話を聞いたところで、私の脳裏に『もしかして、私達の世界における魔力の仕組みもこれと同じなのでは? だったら、もしかすると私達が暮らしているゲーム世界だと思ってた場所も、本当は未来の地球って可能性も出て来るのでは?』と言った考えが浮かんだものの、『じゃあどうしてユリちゃんが知ってるゲームと同じイベントが起こるの?』とか、『この世界では魔獣とかはいないらしいし、スキルやステータス、レベルなんかの概念も無いのはどうして?』と言った疑問に答えが出ないので、とりあえず一旦はこの考えを保留することにした。
「――とまあ、ざっくり簡単に説明するとこんなところやろな」
「……全然簡単じゃ無かったんだけど?」
「そうか? でも、これ以上詳しく話すとそれこそ何時間も説明せなアカンから今回はこの程度でお終いやな。それより、他にも聞きたいことがあるんやろ?」
そう問われ、私もこれ以上長い講義には耐えられそうに無かったので次の疑問点に話を移す。
「ここがエルの記憶を基に作られた世界、ってことは、ここは本来の世界じゃなくて何らかの魔法で作り出された異空間、ってこと? そうなると、本来の世界はどうなっちゃったの?」
私がそう尋ねると、少しだけエルは考えるような素振りを見せた後で一旦大きく息を吐き、考えが纏まったのか言葉を発する。
「実はウチ、本来はこの東京を支配していた能力者の1人なんや」
「えっ!?」
未来の東京、と言うかここが最後の都市ならば未来の日本がパンダのぬいぐるみに支配されているという驚愕の事実に私が驚きの声を上げると、私の考えを読んだかのように「違うで! 別にウチがずっとこの姿でこの都市を支配していたわけじゃあらへんからな!」とツッコミが入る。
「本来ウチにはきちんとした人間の肉体があったんやけど、とある人物の策略でこの世界から逃げ出せんように力を奪われてこんな可愛らしい姿に変えられ、ここに長い間幽閉されてしまうことになったんや」
「どうしてそんなことに?」
「さっき、ウチはこの東京を支配していた1人と言ったが、当然ながらウチと同じようにこの都市を支配していた能力者は他にも何人かおったんや。そして、この再現された世界の数年後に方針の違いからウチらの間で争いが起こってな。そんでウチはとある人物に協力して戦っとったんやが、そいつはあり得んことに自分の野望を実現するためにわざと負けただけでは飽き足らず、ウチを騙してこんな世界に閉じ込めよったんや!」
そこまで聞いたところで、ふと私の脳裏にある可能性が閃いたので思わずその考えが合っているかを問うべく口を開く。
「もしかして、それが最初に知らないかって尋ねた人、ってこと?」
「正解や! 木祖蔵イリア。ヤツこそがウチをこの世界に閉じ込めた張本人で、ウチらのリーダーだった人物で、日本で最初に能力に覚醒したと言われとる人物や!」
体全体で『ウチは怒っているんやで!』と言う感情を表しているが、元が可愛らしいパンダのぬいぐるみなので全然迫力は無い。
ただ、矢継ぎ早にそのイリアと言う人物への不平不満を吐き出すエルに、アオイちゃんとレンちゃんの姉妹が『また始まった』と言わんばかりの表情を向けているので、これはしばらくそっとしておいた方が良いヤツだなと悟り、とりあえずエルの怒りが収まるのを黙って待つことにするのだった。




