第20話 2度目の観光都市
「なんか、前に来た時よりも人が多くない?」
メルポティシアの飛空艇停留所に到着し、到着ロビーから外へと出たところで私は隣を歩くクロード神父にそう告げる。
「まあ、前回来たのは10月でオフシーズンだったからな。7月後半から8月末までと12月の観光シーズンだったらこんなもんだろ」
私がこのメルポティシアを訪れるのは12歳の時と合わせてこれでまだ2回目で、前回も人の多さに驚いたものだが今回の人の多さは前回とは比較にならない。
正直、体感的には人口密度が前回の2倍程まで上がっているような感覚すらある。
「それで、何処でお迎えの方と合流する予定なんですか?」
ミリアさんがクロード神父にそう尋ねると、クロード神父は懐から封筒を取り出して中身を確認し、「6番ゲート前だな」と答えを返す。
だが、私はその6番ゲートが何処にあるのか分からないので大人しくミリアさんに手を引かれながら誘導されるままに進んで行く。
正直、前世で28歳だった私は今世で既に10年以上の月日を生きており、合計すると38(前世と今世の誕生日が同じため、正確には今度の8月8日で39だが)でこの中では1番年上なはずなのだが、この12歳で成長が止まった見た目のせいもあって常に子供扱いを受けるのは若干恥ずかしいのだ。
しかし、背の低い私がこの人混みに飲まれれば間違い無くクロード神父達とはぐれてしまうため、こうやって手を繋いではぐれないよう対策を取るのは仕方の無い事だろう。
「一応手紙によると、スムーズに合流できるように迎えの車にはユリアーナ様が同行してるはずだから直ぐに分かるだろ。あの黒髪は遠くからでも目立つからな」
まあ、この世界で黒っぽい髪色は多いのだが、闇属性の高い適性を現す漆黒の髪は現状ユリアーナ様しかいないので間違い無く目立つだろう。
そして、案の定目的の6番ゲート付近に辿り着いて直ぐに目当ての人物は見つかり、クロード神父とミリアさん、それに私と言う順番で軽く挨拶を交わして迎えの車へと乗り込んだ。
「さて、色々と聞きたい事はあるでしょうが、一先ず詳しい話は別荘に到着後で構わないかしら?」
魔動車が動き出すと同時に助手席に座るユリアーナ様がそう告げると、クロード神父が「ちょっと待ってくれ」と異議を唱える。
「詳しい話は別荘に着いてからで構わない。だがその前に、何で俺やミリアまで同行させたのかだけは聞いても?」
その問い掛けに、ユリアーナ様は少しだけ考える素振りを見せた後、「それを答える前にこちらかも一つ尋ねさせてもらうわ」と言葉を返す。
「ああ、構わないよ」
「クロード神父とシスターミリアは教皇の事をどう思っているのかしら?」
ユリアーナ様の問いにしばらくの沈黙が流れ、最初に口を開いたのはクロード神父だった。
「あの方は変わってしまった。今の教会には無視できないような大きな闇が多く潜んでいる」
そのクロード神父の答えに、私はギョッとした表情を浮かべながらミリアさんの表情を伺うが、その表情にはクロード神父に賛同するような気配が浮かんでいたため更に私は驚くことになる。
「そう。やっぱりあの時の助言を基に調べてくれた、って事ね?」
「ああ。とは言っても、キミが語った未来とは随分掛け離れたものになりつつあるようだがね」
「でも、ユリアーナ様が語った通りのことが教会内で行われていたのは事実でした。だから、あたしはあなたが語った最悪の未来を回避するため、クロード神父の助力の下、水面下で活動を続けたのです」
真剣な表情でそう語るミリアさんの言葉を聞き、私はこの3人が既に繋がっていた事を知ると同時に『なんで教えてくれなかったの!?』と言う不満が心の中に浮かぶ。
そのため、思わず「ちょっと、どう言う事!? 説明してよぉ」と恨みがましい視線をクロード神父に向けながら懇願した。
「分かった分かった。ちゃんと説明してやるから泣くなよ」
「なっ、泣いてない!!」
「はいはい。まあ、何処から話すかな……俺が最初にユリアーナ様から声を掛けられたのはおまえが8歳の時、ジルラント様とユリアーナ様がライザヘルト侯爵様の視察に同行してブルーロック村を訪れた時だな」
そうしてクロード神父が語った内容を要約すると、8歳の初めて会った時ユリアーナ様はクロード神父に『私は既にアイリスと言う少女の存在を把握している』と言う事と、『もしも彼女が12になる頃、エルダードラゴンと戦うことがあれば教皇は彼女を自分にとって都合の良い駒として利用しようと行動を制限させるかも知れない』と言う情報を告げたのだという。
その時はまだ、クロード神父も子供の妄言だとさほど相手にしなかったようなのだが、実際に私が12になった年の10月、私とミリアさんは訪れたダンジョンでエルダードラゴンを討伐する事になり、それが原因で教皇様は私の行動を大幅に制限する措置を取ったのだ。
そのため、クロード神父はもう一度詳しく話を聞くためにユリアーナ様と接触を図ろうとしたのだが、その尽くを教会に、つまりは教皇様に阻止されてしまったのである。
その結果、教会の上層部と教皇様に疑問を感じたクロード神父はユリアーナ様が語っていた『教会が全て正しい事をしているわけでは無いわ』と言う言葉を思い出し、独自の伝手を頼って色々と探りを入れ始めたらしい。
そして、色々と調べた末に教会の一部に怪しい動きがある事を突き止め、周到に隠されていたがその裏に教皇様の影がある事を突き止めたのだと言う。
一通りの事情をクロード神父が説明し終えたところで今度はミリアさんが事情を説明してくれる。
その内容もざっと説明すると、4年前に王家の別荘地を訪れたユリアーナ様が邪神信仰の教団員の企みを阻止した際、事後処理に関わっていたミリアさんに声を掛けたのだと言う。
そしてそこでユリアーナ様は何故か初対面のはずのミリアさんの過去(しかも周りの人には話したことが無いかなり重めのやつらしい)を言い当て、その事件に教皇様が関係すること、その証拠となる資料が眠る施設の場所などを教えてくれたのだという。
当然ながら最初は半信半疑だったミリアさんも、実際に告げられた施設で該当する資料が見つかったことでユリアーナ様の事を信じ、同時にユリアーナ様が語った『今後、教皇の悪事を曝くにはクロード神父の協力が必要になってくる』と言う言葉を基に、その年の10月に行われたダンジョン探索同行に志願したのだと言う。
「それにしても、どうしてユリアーナ様は2人に声を掛けたんですか?」
2人の話しを聞き、私は真っ先に思い浮かんだ疑問をユリアーナ様にぶつけてみた。
すると、何故かユリアーナ様は『こいつ、何言ってんの?』と言いたげな驚愕の表情を浮かべ、少し考える素振りを見せながら口を開いた。
「その…私の勘違いだったらごめんなさい。あの最終戦の時、私に『ユリアーナ様も転生者ですか?』と尋ねたわね。それってつまり、あなたもと言う事よね」
「ああ、はい。私も前世で生きた日本の記憶がありますよ」
そう答えるとユリアーナ様はホッとした表情を、クロード神父とミリアさんは驚愕の表情を浮かべる。
「だったら理由は分かるでしょ?」
そう言われても分からないのだが、それでもある程度の予想は付くので思い付いた可能性を口にしてみる。
「もしかして、クロード神父もミリアさんも本来のシナリオで関わって来る重要なポジション、って事ですね」
私がそう答えると、何故かユリアーナ様は複雑な表情を浮かべつつしばらく考える素振りを見せ、やがて恐る恐ると言った調子で私問い掛ける。
「もしかしてあなた、ここが何のゲームの世界か分かってない、とか?」
「ええと…はい、分かりません」
そう答えると、しばらくユリアーナ様はフリーズしてしまい、やがてみるみる顔を赤らめながら怒濤の勢いで言葉を発する。
「はぁ!? 有り得無いんだけど! じゃあ何も知らずにアイリス様をそんなにしちゃったわけ!!? じゃあ何で、隠しシナリオじゃないと手に入らない『戦神の祝福』の存在を知ってんの!? それに、最終戦でも続編で出て来る『機械仕掛けの神』を召喚してたし『黒の聖女シリーズ』を知らないって有り得無いでしょ!!」
「えっと、えっと……その、『戦神の祝福』はティターン大森林で迷子になった時に偶然手に入れただけで、その『機械仕掛けの神』ってのは知らないけど試作1号機の事だったら『道具錬成』で作れたから作っただけで、全部ただの偶然なので……」
「……じゃあ、本当にあなたは何も知らないのね」
呆れたようにそう告げるユリアーナ様に、私はコクリと肯きを返す。
するとユリアーナ様は疲れたようなため息をついた後、「それじゃあ別荘で話す内容も最初から全て話す必要がありそうね」と漏らし、表情を引き締めて再度私を真っ直ぐ見据えた。
「でも、最初にここがどんな世界かとあなたが本来どんな役回りのキャラかと言う事だけは説明しておくわね」
「お、お願いします!」
「ここは『黒の聖女シリーズ』の1作目、『黒の聖女と白銀の騎士』と言うRPGの世界よ。そして、あなたが転生したアイリスと言う少女は序盤から主人公である私を手助けしながらも、実は黒幕の教皇から命じられて私を監視する役目を命じられているの。更に、最後は教皇が召喚した邪神の器として利用され、最終的に自身の命を引き替えに邪神の力を押さえて主人公達を助けて命を落としてしまうのよ」
そうユリアーナ様が語った後、クロード神父が色々とユリアーナ様に質問をぶつけるが『詳しい話は別荘に着いてから』の一点張りでこれ以上詳しい話しをする事は無かった。
そんな中、私はようやくこの世界が本当にゲームの世界である事、そして予想通り教皇様が黒幕で私もボスキャラだった事に納得しながらそっと窓の外に視線を向け、心の中で呟く。
(私、最終的に死ぬポジションだったの!? でも、転生者が2人もいるんだし、きっとどうにかなるよね? どうにか…出来る、よね?)
そんな不安を胸に、私はソワソワとした気持ちのまま魔動車に揺られ目的地となる王家の別荘へと向かうのだった。




