相手と自分、双方ともに正体不明
食堂で朝食を摂っていると、ゼダたちの到着が告げられた。
そのまま気さくな獣人王は食堂にどやどやと入ってきて、挨拶もそこそこに運ばれてきたスープを一気に飲み干していく。
「うん、人間の料理、美味い。
ただ少し、塩気が強い、改善必要だな。」
「私たちにはこれで丁度いいんだ。
獣人が薄味を好み過ぎなんだと思うぞ。」
「お、そうなのか。
ここで採れた、あの【ナシ】、あの果実、あれも美味い。
あれ、人間に、薄味か?」
「いや、あれは人間的にも美味い。
ん? 塩加減の違いだけ、ということか?」
「俺、知らない。
キシンティルク、どうだ?」
「王様、俺も、知らない。
多分、誰も知らない。」
獣人の主従が他愛のないやり取りを交わす。
これから【グリフォンの森】へ、生死を賭けた探検をしにいく直前とは思えない。
探索に向かう人員は、以前南方の【悪鬼調査】へ出掛けた四人とされた。
大人数ではグリフォンに【敵】認定されてしまうためだ。
ゼダが連れて来た剛毛の騎士たちは国境沿いの山頂で控えてもらい、ソムラルディの【狼煙】によって駆けつける手筈を整えている。
エルフ式の【狼煙】は込める魔力によって色を変化させる。
その色の違いで伝えたい情報が理解出来るのは素晴らしい技術と言えるだろう。
以前ディプボスで初めて会ったエルフたちが、やけに早くソムラルディたちを連れて来たのはこの【狼煙】によるものだったのだ。
何回か見たことはあったが、今の今までその活用法にまで頭が回らなかった自分の鈍さにため息を吐く。
【自治区】と【草原】という二ヶ所の生活基盤を得ている私たちに必要な技術ではないか、と気付いたのだ。
見送りに来たカンディに【狼煙】についてゲーナらと話し合うよう言い含め、慌ただしく北の観測所へ向け出発した。
豪雨の中、相変わらず腰布一枚という出で立ちのゼダに声を掛ける。
「ゼダ! 雨具を着けないのか!?
それじゃ寒いだろう!?」
雨音に負けないように魔力を込めて大声で話した。
「わっは! 寒くない!
気合い入れる! 水弾け飛ぶ!
平気だ!」
そう言って身体を震わせ周囲に水飛沫を振り撒く。
それは気合いでも何でも無いだろうと思ったが、白い目を向けるソムラルディが何か言う前に先を急ぐよう促した。
「おぉジッガ! 獣人の皆さまも!
まずは身体を乾かし一休みしてください。」
観測所ではビットアが出迎えてくれて、手拭いや暖炉の用意を整えていた。
私たちに続き、獣人の騎士たちも腰を下ろし、休息を取り始める。
グリフォン対策についてはもう何度も確認していたので、暖炉のそばで身体が乾くまで世間話を始めた。
話題はキシンティルクの子供の話となり、生後一年経過して漸くハイハイから立ち上がり始めているのだと嬉しそうに語っていく。
子供好きのゼダは当然として、ビットアも子供の話を好ましそうに相槌を打っていた。
無関心なのは爺ぃエルフだけだ。
「ビットア、
ではキミも結婚して子供をつくればいい。
好きな女性は居ないのか?」
ビットアは確か今年で二十九歳だったと記憶している。
自治区では結婚する者が後を絶たない、彼もそろそろどうかと思って訊いてみた。
「いや、俺は……。
どうしてもバコゥヤさんのことが忘れられなくて・・・」
「お……、
ん、愛する人、失くすの、辛いな。」
ゼダが勝手に勘違いして沈痛な顔をしているが、ビットアの言っているのは過去の恋人の話ではない。
村を脱出する直前、密偵として潜入していたバコゥヤをビットアが誤って致命傷を負わせてしまった話なのだ。
逃げようとしたバコゥヤにタックルしたビットアだったが、倒れたバコゥヤは頭を打ち、そのまま亡くなった。
国によって娘を人質に取られたバコゥヤの悲劇を思い出し、アヴェーリシャに対して収まりかけていた復讐の炎が、再び火勢を盛り返すのを感じる。
「ビットア、あれは事故だ、キミのせいじゃない。
さ、今一度祈ろう。
そして、彼女の娘をきっと救い出そう。
彼女の魂はそれで一層安らぎを得られるはずだ。」
「……うん、そうだな。
カカンドに頼んでその娘さんのことを調べてもらっていいか?
俺……、罪滅ぼしをしたい。」
「任せておけ。
さ、祈ろう、そして誓おう。
弱き者を虐げる者を許さず、
力の限り弱き者を助け行くと。」
私たちの会話を聞き、観測所の者らだけでなく、獣人の皆も祈り始めた。
獣人の皆に詳細は分からぬだろうが、私の最後の言葉だけで祈るに足る理由は出来たようだった。
光が降り注ぎ、やがて天へと昇っていった。
気付けばソムラルディも祈りを捧げていた。
旅に同行し始めたあたりとは、やはり態度が違ってきている。
ソムラルディがカンディも使用する【集水】の魔法で周囲の湿気を吸い取っていき、快適な空間の中、私たちはより身体を休めることが出来た。
初めて見る【協力的なソムラルディ】に対し、ゼダとキシンティルクは目を丸くするが、特に言及はしなかった。
国境沿いの山頂近くまで来ると、雨雲は途切れ陽光に満ち溢れていた。
「おぉ、太陽、久しぶりだ。
うむ、清々しい。」
ゼダの言葉に獣人たちが一斉に頷く。
乾季の間は待望の雨だったろうが、あの豪雨を浴び続ければすぐに「もういい」となるだろう。
「ジッガ、
そろそろ、その【魔弓】、見せてみろ。」
「ふふ、
いいだろう。
では、あそこの木々を撃とうか。」
眼下にある、見渡す木々の中、人が確実にいないあたりを指差した。
【エンリケ魔弓】を左手に持ち、右手の指先に魔力を集める。
集中を高め、弓と【魔力の矢】を掲げ、じりじりと引いていく。
固唾を飲んで見守る獣人たちの息遣いのみが響く中、集中が成る。
スッ
放たれた【魔力の矢】は狙い過たず、先程指差したあたりの木々を薙ぎ倒した。
数本の大木が転げ落ち、連邦側の山林を揺らす。
「ジッガ、やり過ぎなり。
グリフォンを刺激せばいかがす?
案無しは反省を知らずや?」
真っ先に掛けられたのは称賛ではなく叱責だった。
「う、済まない。
もう少し加減をすべきだった。」
くどくどと説教を始めるソムラルディをキシンティルクがやんわりと宥める。
ゼダはその間、興味深げに【エンリケ魔弓】を手に取り、しげしげと眺めていた。
剛毛の騎士たちも弓を持つゼダを取り囲み、今の矢の【威力】の秘密を探ろうとざわめいている。
「お? お?
この弓、固い。
半分ぐらい、やっと。
ジッガ、これ、なんだ?」
「魔力を込めずさほど引くや。
流石の馬鹿力なり。
そはジッガ専用、
魔物素材の弓なり。」
「そうか、魔力、必要か。
……ぬ、長耳、馬鹿と言うな。」
「すまず」
ゼダのお蔭で説教は終わり、剛毛の騎士らの応援を背に出発した。
「ジッガの弓、凄い。
だが、たぶん、戦闘、ならない。」
「ほぉ、キシンティルク。
随分自信ありげだな、理由はあるのか?」
比較的ゆっくり歩きながら、雨音の無い快適さを感じながら話す。
「前回、王様と、怪物の長、話した。
彼ら、知性高い。
争いなく、話せる。」
「ゼダ、そうなのか?」
「うむ、昔と、変わらなければ、だが。
凄く、人間ぽい、話し方。
長く、人間に、接してた、思うぞ。」
「長く?」
ゼダの言葉を聞き、ソムラルディと視線を交わす。
一昨日ソムラルディが話した推論では、グリフォンと共にいる人間は半年前にラポンソらと逸れた仲間じゃないかとのことだった。
しかし、グリフォンは言葉を流暢に話せるほど人間に接して暮らしてきた可能性が出てきた。
ゼダが即位したのは十年以上前、そしてその頃にグリフォンと出会っている。
先日、グリフォンと共に目撃された【人間】は何者なのだろうか?
一応ゼダとキシンティルクに相談したが、やはり答えは出なかった。
【グリフォン】【人間】【ゼダ】【私】
正体不明の存在がこれから集うことになる。
願わくば、それが【平和的】に解明されますように。