気の乗らない行いは不幸を呼ぶのだが
朝から集会所では【仮学校】による教育が続けられている。
口頭での講義と質疑応答のみの簡易的な授業だが、子供たちは集中を乱すことなく知識を吸収しているように見えた。
【魔力】を発現しかかっている者が出始めたことがその要因だろう。
いま、二人の少年少女がソムラルディとハザラによって診断を受けている。
「そうだな、
もう何度かジッガに強めの【魔力循環】を受けるといい。
【身体強化】に向いた魔力が出そうだな。
ソムラルディ、そっちはどうだ?」
「うむ、
【風魔法】発現せん。
精霊国生まれ者なればかも知れぬ。」
ソムラルディによると、ヘネローソ精霊国では昔から【精霊】による【水の魔力】が伝播していったが、元々は【風の魔力】を持つ魔法使いが複数存在していたらしい。
いま診断された少女はその血筋を引いているのかも知れない、とのことだった。
精霊国で最も発言力のある議員のチュバリヌも風魔法を操る。
かつて自治区に強襲を仕掛けてきたレヂャンバなる輩も風の魔法使いだったと聞く。
泉に眠る精霊【クリャスォンス】が力を取り戻したならば、風の魔力に水の魔力が上乗せされるのだろうか?
可能であればリルリカ始め私たちもその恩恵に与りたい所である。
診断を終えた年下の二人に【魔力循環】を施し、頭を撫でておいた。
キラキラした目で「ありがとう!」と礼を言われ、思わず笑顔になる。
この子たちが真っ直ぐに成長できる【国】を創り上げようという意欲が湧き出た。
「ジッガ、そろそろ行くか?」
「あぁ、行こうかツェルゼン。」
子供たちの集中には限界がある。
身体を動かしたいアグラスら悪ガキどもを引き連れ、【弓の訓練】の為に西側の訓練場へ移動した。
土砂降りの中、屋根代わりの天幕が張られてゆく。
二十人ぐらいの少年たちと、二人の年寄り、そして私とゲーナ、エンリケが弓矢の準備を始めた。
少年たちは大人用の弓を手にして最初は大騒ぎしていたが、すぐに悪戦苦闘することになる。
弦が固くて大きく引けないのだ。
「自分たちの膂力不足が理解できたか?
弓を引くには腕の力が必須だ。
地道な訓練こそがそれを可能とする。」
鬼教官の静かな訓戒に少年たちが押し黙ったまま頷いていく。
ツェルゼンの目配せにより、ゲーナとエンリケが子供用に調整した短弓を少年らに手渡していった。
彼らに手解きするのはゲーナの役割だ。
矢の材料である木片も少年たちによって持ち込まれており、まずは自分たちで矢を作るところから始めるようだ。
それに対し私の方は、エンリケが【魔法の弓】を参考にして作ったという【強弓】を試している。
セッパの鍛冶による粘度の高い金属棒を芯にして、やはりドワーフの技術から学んだという【金属繊維】を丁寧に縒り合わせ、【魔物】の革がエンリケの魔力で張り合わせられた逸品だ。
私の体格に合わせた大きさの弓だが、弦を引く感覚が馬鹿みたいに固い。
「折角作ったのに誰も矢を引けないんだ。
ジッガかアグトならどうかと思ってるんだけど。」
「ほぉ、弦も魔物素材か。」
「うん、【オーガー】の腱を使ってるんだ。
強度は抜群だし、魔力を込めれば切れることは無いと思うよ。」
「なるほど、これは固い。
ゲーナでは無理だな。」
私たちの会話を聞き、興味を持ったらしき年寄りエルフが【強弓】を受け取り、何やら弄りだした。
魔力を大量に込められるエルフですら、弦を半ば程まで引くのが精一杯のようだ。
「ほぉ、エンリケの【魔力】故か?
我が【魔法の弓】よりこよなし上の出来なり。
これ使われば弓合戦にジッガに敵う者ぞ居ずなる。」
「本当ですか先生!
いやぁ、嬉しいです!」
エンリケは素直に喜んでいるが、もう彼を研究馬鹿の道から救い出すことが出来そうにない。
せめてその熱意を無駄にせぬよう頑張ろうと思う。
ソムラルディが【強弓】に合わせた矢を作製し始めた。
エンリケが興味深げに見詰める中、器用に小刀を操り矢を削り出し、鏃となる石片に魔力を注ぎ、矢先へ繋ぎ合わせている。
仕上げとしてエンリケに【固着】と【硬化】を施してもらい、矢が完成した。
その間に私は【強弓】を引く練習をツェルゼンと行っていた。
「うむ、そうだ、肩を上げるな。
手首の力を抜け、そうだ。
その構えを忘れるな、しばらく維持するんじゃ。」
固い【強弓】に魔力を注ぎこみながら弦を引き絞り、ツェルゼン師範の言う通り構えを維持する。
しばらく厳めしい師範の指導を受けてから、ソムラルディ作の矢を受け取った。
短弓での訓練をしていた少年たちも、私が【強弓】で矢を放つと分かり注目してきた。
「ジッガ、矢は何本か作ってあるから気にせず使って。
何か注文があったらすぐに改良するよ。」
「ありがとうエンリケ。
では、試してみる。」
深呼吸して、遠方に置かれた藁人形を見据える。
見詰めてくる皆は物音ひとつ立てていない。
ただ天幕を叩く雨音だけが響く中、弓矢を高く掲げ、じわじわと引き絞っていく。
魔力が注がれ、集中が高まる。
この【強弓】の力ならば、ただ真っ直ぐに放てば命中すると確信された。
「ぃやっ!!」
裂帛の気合と共に打ち出された矢は、目にも止まらぬ速さで一直線の軌道を描き、藁人形を突き抜けた。
「えっ!?」
「なにっ!?」
矢は飛び続け、昨日【魔法の弓】で飛ばした距離に倍する位置で大きな衝撃音と共に大地を大きく弾け散らかした。
一瞬、その場に居た全員が言葉を失い、そして、
「す、すっげー!!」
「最強だぜジッガー!!」
「あんなん見たことねーよっ!!」
少年たちは歓声を爆発させた。
大人たちから私の武勇伝を聞かされてはいただろうが、直接目にするのは初めてだったらしい。
間接的に体験していたアグラスやゲルイドが、『だから言ってただろうが!』『マジでジッガは激強なんだって!』と叫んでいる。
そこから少年たちは、私の訓練をただ眺めて歓声を上げることしかしなかった。
「鍛練と魔力が融合したならば、
今のジッガの様な【力】を発揮できる。
今日体験したこと、努々(ゆめゆめ)忘れるなよ?」
と、ツェルゼンが容認した結果だ。
的が藁人形では脆すぎる為、二射目からはソムラルディが魔法で隆起させた土壁をどれだけ破壊できるかという検証を行った。
鏃に魔力を注がずに放つと、土壁に穴は開くが爆発はしない。
やはり【鞭】同様に、私の魔力の注ぎ加減であの爆発は生まれるようだ。
五回程試してみて、エンリケがある提案をしてきた。
「ねぇジッガ、
ジッガの【魔力の塊】って【矢】の形には出来ないの?」
「ぬ、ゆかし。
ジッガ、いかがなり?」
【魔力の塊】に関して、今まで考えていなかった使用法だ。
そもそも数年前、己の魔力に気付いたのはこの【魔力の塊】が始まりである。
孤児院で【魔力】を顕現させる切っ掛けを学び、最初に会得したのがこの【魔力の塊】だ。
透明な何かが固形物の様になり、石ころの様に投げることが出来た。
村に帰り初めて【イノシシ】と対峙した時は、この塊を罠の様に使って斃したが、それ以降は縦に長く発現させて前面に置く【楯】としての役割以外で使用したことは無い。
溜め込み練り込んだ魔力を一度に込めて【魔力の塊】を作ると、臨界点を超えて爆発する【炸裂魔法】となる。
村でカンディやエンリケに教えたのだが、二人とも会得することは無かった。
実際ソムラルディに最も「ありがたい」と言われている魔法は、この【魔力の塊】である。
エンリケの提案に頷き、目を閉じ集中する。
右手の指の間に、鏃は鋭く、弦に添えやすい形状の【矢】の形の塊を顕現させた。
集中が乱れぬよう、そっと弓を掲げ、【魔力の矢】を弦に掛け、引いてゆく。
弓と矢に魔力が漲り一体化しているような感覚に陥る。
心の内には平静な泉の如き、滑らかな感触が拡がる。
スッ
心が無になり、【魔力の矢】が飛んでいった。
遠方の土壁から「ガボッ!」という音が響き、大穴が空く様が視える。
また少年たちが騒ぎ始める中、ソムラルディとエンリケから次々と質問や改良点について捲くし立てられていく。
【グリフォン】対策は万全となった。
この弓は【エンリケ魔弓】とでも名付けようか。
これがあればソムラルディの言うように、弓での勝負なら負けない気がする。
ゼダが到着したら早速見せてやろうと思う。
久々に己の戦闘能力を昇華させ、充実した時間を過ごすことが出来た。
【悪しき神】なにするものぞ!
そんな気炎が心底より湧き上がってくる。
明日、【グリフォンの森】での探索が、非常に楽しみになってきた。