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滂沱の日々  作者: 水下直英
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共に生きれば、絆は生まれるのだろうか


 ゼダからの返答は思っていたより早く返ってきた。


何故かボストウィナが豪雨の中ニコニコとやって来て『三日後に着くぞ!』と言い残し、一時的に里帰りするトルックゲイルを伴い、お土産の果実を手にし小躍りしながら帰っていった。


もし私に老後という期間があったならば、余生は獣人たちを相手にして過ごしたいものだ。


いや、獣人は人間より寿命が短いのを忘れていた。


ボストウィナたちを看取らねばならないのは辛いと思われる。


だが、もしかしたら私が看取られる立場になるかもしれない。


私自身の感覚では、私が【人間】であるかどうか自信を持てずにいるのだ。


以前ゼダやソムラルディを相手に話したことは本心である。


【グリフォン】と行われるであろう【話し合い】によって、私やゼダの【正体】を知ることは出来るのだろうか?




 グリフォンと戦闘になった場合に備え、ソムラルディから【魔法の弓矢】を借りて試し撃ちをしてみた。


『珍しい』私の魔力を込めるので、どんな効果が出るのか分からない。


ソムラルディの指示により、馬を飛ばして山間の獣道を抜けた所まで移動して試射をした。


索敵魔法を飛ばし、射線上に生き物がいないのを確認しながら矢に魔力を込める。


使い慣れた【鞭】と近い感覚で魔力を込めることが出来た。


身体強化された私にとっては少し柔らか過ぎる弦を引き、草しかない前方に向け放った。


四十五度ぐらい角度を付けて放った矢は、かなり遠くまで飛んでいった。


「馬鹿げし膂力なり。

 弓壊れむ。」


背後で年寄りエルフが苦々しげに呟いているが聞こえない振りをした。


強化された視力で矢が落ちていく先を確認しようと目を凝らしたところ、『ドンッ!』と地表が弾ける様が目に映った。


振り返ると目が合った年寄りエルフがまた苦々しく呟いた。


「君の魔力は我より破壊そこない向きかな。

 矢の勿体無き、いま撃たずべし。

 グリフォンとて一溜りも無きが良く分かれり。」


どうやらグリフォン対策は【弓矢】で良いようだ。


弓の方の強度が心配なので自治区に帰ったらエンリケに一旦預けることにした。



「ソムラルディ、

 グリフォンと共存しているのは【人間】なのだろうか?」


「分からず。

 されどグリフォンは人を襲いたらざりき。

 共にある存在とせば、

 ラポンソの仲間かたへなる可能性高しと思うべし。」


予想外の見解を聞き、私は自身の眼が見開いていくのを感じた。


「馬鹿な! あ、いや、済まない。

 しかし……、もう半年以上経っているぞ?

 どう生きてきたというんだ?」


「今まで見ざりしグリフォンが、

 とみに山越えうちいでそめき。

 君の【祝福】をもちてこなた際の山林は【豊か】になれり。

 人にとりての【食糧】も豊富ならむな。」


ヒントの様なエルフの呟きを聞き、考えを纏めようと口を閉ざす。


半年前にラポンソらが避難して来たとき、二十数名の仲間とはぐれたと言っていた。


キシンティルクからの話ではグリフォンは多くても十体は居ないだろうと言っていた。


人を襲わぬグリフォンは何を食すのだろうか?


【神祖の記憶】を覗いたゼダの話では、【神祖】は【悪しき神】の影響を逃れた初期は【悪鬼】と戦ってばかりいたと言っていた。


もしかするとそれは【魔物】を喰らっていたのだろうか?


いや、【獣人】は【魔物】が変化した存在とも言っていた。


だが【魔物】には様々な種類がいる、【怪樹】や【スライム】のような存在だっているのだ。


以前の目撃情報でも【大蜘蛛】を掴んで飛んでいたというものが有った。


【大蜘蛛】は【魔物】で間違いない、そしてグリフォンの【食糧】とみていいだろう。


つまりグリフォンと人間は【住み分け】が出来る。


人間は最低限の【水】と【食糧】さえあれば、【生きるだけ】の生活なら出来るのかも知れない。


しかしそれを半年も続けられるだろうか?


いや、続けられないからこちら側の山林に足を延ばしてきているとも考えられる。



「なるほど、考えられなくもない、ということか。」


「うむ」


「だがラポンソたちにはまだ伝えるなよ?

 余計な希望を与えてしまうと、

 違った場合の落胆が酷くなってしまうからな。」


「分かれり。

 君と一緒もろともにせで欲し。

 我こそ人の心地を心得るべけれ。」


こういうのを【面罵めんば】というのだろうか?


『お前より人間が理解出来てるぞ』とぬかしてきた。


ゼダの気持ちが凄く良く分かる。


『お? 今馬鹿にしたか? お? お?』と言いたくて仕方がない。


人の気持ちに理解が及ばないことは常日頃から自省しているが、エルフからまで言われるとは思っていなかった。


奥歯を噛み締めながら『相手は死にかけの爺ぃ、相手は死にかけの爺ぃ』と、心の内で繰り返し怒りを鎮めていく。



「ではグリフォンと戦闘になる可能性は低いということか?」


怒りを無事抑え、爺ぃエルフへにこやかに問い掛ける。


「うむ。

 されど怠るべからずや。

 我らとは価値観の違う相手なり。

 何が戦いの契機になるや分からず。」


「そうだな、

 グリフォンとの対話の際、

 キミはあまり口を挟まないで欲しいぞ。

 キミは相手を苛立たせるのが非常に上手いからな。」


「な!?

 何故さなる?

 我は有りの侭を伝えたるばかりなり。」


またプリプリとした表情になる爺ぃエルフを置き去りにして、山間の道へと馬を駆る。


急がないと夕飯に間に合わなくなってしまう。


人の気持ちが分かっているつもりの爺ぃに構っていられない。


並走しながら文句を言ってくる爺ぃを引き離すべく、騎乗中の馬に【魔力循環】を行うという、我ながら器用と思える技を使って速度を上げていった。



 予定より早く自治区へ到着し、【仮学校】を終えたリルリカとカンディによってずぶ濡れの身体を乾かしてもらう。


「どう? 魔法の弓は上手く使えたぁ?」


「あぁ、思っていた以上の威力になった。

 ゼダが来るまでに、弓の特訓をしなければならないな。」


「え? ジッガ結構弓上手いでしょ?

 必要ある?」


「弓は【使える】程度だ。

 近接戦の訓練ばかりしてたからな。

 ツェルゼンかゲーナに教えてもらいたいんだが……、

 【学校】の方はどんな感じなんだ?」


「い~感じだよぉ。

 あ、ジッガとソムじぃも明日来てよぉ。

 何人か【魔力】を感じ始めた子がいるよぉ。」


「ほぉ」


ずぶ濡れの爺ぃエルフを放ったらかして子供たちの事を話し合う。


見かねたカカンドがソムラルディに布を手渡していた。


自身の魔法で乾かすことが出来るのに、わざとずぶ濡れのままでいる所が厭味いやみったらしい。


しかし本当に風邪でもひいたら年寄りなのですぐに死んでしまうだろう。


食堂に向かう前に無理矢理爺ぃの手を取り、【魔力循環】を強めにおこなっておいた。


爺ぃの顔をチラリと見上げると、少し安堵したような顔をしていた。


「あの……、意地悪してすまなかった。」


急に罪悪感が込み上げてきて思わず謝ってしまう。


一度落とした視線を上げてみると、ソムラルディはいつか見た様な穏やかな笑みを浮かべていた。


「構はず。

 ジッガは未だわらわなればな。

 仕方せむかたなき悪餓鬼なり。

 されど、我も言い方がしかりき。

 申し訳無し。」


「お、おぅ、うん」


ソムラルディがちゃんと【謝った】のを初めて見た気がした。


いつもなら「すまず」と一言いうぐらいだが、どういう心境の変化だろうか?


訝しむ私の腕をカンディが引いている。


そのまま食堂に向かったが、気になって振り返ってみる。


ソムラルディはカカンドと何やら話していた。


なんとなく、もう一度声を掛けた。



「ソムラルディ! 早く来い!

 爺さんなんだから、ちゃんと食わないと早く死ぬぞ!」


思えば私がずけずけと歯に衣着せず話す相手は、ジッガ団以外だと彼だけだと気が付いた。


いずれゼダあたりともこうしたやり取りをしたい。


【友】と自認するゼダ以上に、ソムラルディに気を許している自分に気付いた瞬間、私たちは【祝福の光】に包まれた。


村から逃避行する前、ジッガ団の皆と【魂の交流】が行われた時の様な眩しい光が顕現したのだ。



 やがて光が収まったが、私たちは驚きから立ち直ることが出来ないでいた。


「え? いま何で光ったの?」


リルリカの問い掛けに応える者はいない。


「いま、ジッガがソムラルディに【憎まれ口】を叩いただけだよな?」


次のカカンドの問いかけには数人が頷きを返した。


「すべて良し。

 ジッガの【精霊の力】強まりけむ。

 きぞ、きぞ。」


憎まれ口を言われた当人が穏やかに笑っている。


それならまぁ、と周囲の皆も首を捻りながら食堂へ向かい始める。


近付いてきたソムラルディの背中をポンポンと叩きながら、私もまた歩き始めた。




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