表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滂沱の日々  作者: 水下直英
119/123

未来を見据えるなら変化は必須となる


 他の集団に目を向けてみると、やはりエンリケの教えている様子には安心感がある。


子供たちの質問にも淀みなく応え、分かり易い言葉で返していた。


武器開発ばかりに精を出さず、この【教育】分野でもっと活躍してもらいたいと感じられた。


ただ【魔力循環】が出来ないのでベルゥラが代わりにおこなっている。


そういえばエンリケを挟むベルゥラ・リルリカの三角関係はどうなっているのだろうか?


ハテンサは警邏中らしくこの場には居ない。


あとでカンディに確認してみようか。



 そのリルリカもまた年少組の子供たちに授業をしている。


【風魔法】を操るリルリカは普段から魔法を見せる機会が多く子供人気が高い。


教え子たちからせがまれつむじ風を起こし、ワイワイと楽しげに交流している。


子供たちの【魔力発現】という主題に最も当てはまる授業内容となっているのは流石だと思う。


彼女の真面目さが窺える風景だった。



 もう一人の才女、ゲーナの集団に目を移す。


意外なことに、結構スパルタな授業をしていた。


「ほら! いま魔力を流してるよ!

 集中が大事なの!

 集中して! 集中!」


エィドナの組に準ずる年齢の子供たちが、戦々恐々といった面持ちでゲーナの指導を見詰めている。


女の子ばかりの集団だったが、キャッキャした雰囲気は微塵も無い。


みな口許に両手を当て、黙ってゲーナの指導を受ける少女をおもんばかっているようだ。


「ごめんなさい! 分かりません!」


遂にはゲーナの手を振りほどき少女は泣き出してしまった。


ゲーナは泣いている少女の頭を撫で、一転優しげに話し掛ける。


「ごめんね、

 でも皆にはこれから生きていく力を手にして欲しいの。

 女の私たちは男に比べ【生きるための選択肢】が少ないから。

 【魔力】を得ることは大きな意味を持つ、それは分かるよね?」


「は、はい」


「あそこにいるカンディ、

 いまでこそ、ああして魔法を使えているけど、

 ジッガの指導とか教育は厳しかったよ。

 村に見捨てられるかも知れなかった。」


「え? でもあんなに仲良く・・・」


「それはカンディが努力をしたからなの。

 本当にギリギリの環境では泣き言は通じない。

 身体の心底まで力を振り絞って、それでも尚死ぬことも有る。

 皆には【覚悟】を以て【魔力】を身に付けて欲しい。

 分かるよね?」


「はい! もう一度お願いします!」


「いえ! 次の順番は私です!

 ゲーナ先生! 私にお願いします!」


そこからはゲーナの受け持つ少女たちが真剣に【魔力循環】へと臨み始めた。


どこまでゲーナが計算していたのか分からないが、授業効率は格段に上がったように見える。


一年前の、ジッガ団での学びに対する私の態度は確かに厳しかった。


私自身に余裕が無かったせいで皆には苦労を掛けてしまった。


ゲーナはあの時の状況が魔力発現に必要なのだと考えたのだろう。


【教育】、と一言にいっても様々な方法が有るのだと思い知らされた。


この日は魔力を顕現させる子供は出なかったが、満足出来る内容だったと云えるだろう。


カカンドとハザラに訊いても、やはり『充分だ』という答えだった。



 良い成果を出しそうな『仮学校』制度だが、私はそれだけを注視出来る立場では無かった。


大雨の中、北の観測所へ向かい【グリフォン】の動きを自分で確かめることにした。


カンディは【教師】の仕事があるため、ついてきたのはソムラルディだけだ。


良い機会なので普段聞けないことを訊いてみる。


「ソムラルディ、

 カンディから【ソムじぃ】と呼ばれていること、

 どう思ってるんだ?」


「かの小娘は叱れどもおこたらず。

 よもや君まで、さ呼ばざらむな?」


「あぁいや、呼ばないさ。

 聞けば笑ってしまうが、な。」


「今も笑勝えがちなりぞ。

 ねたき笑顔なり。」


いかんいかん、いつの間にか笑ってしまっていたようだ。


【ねたき】の意味は知らないが、多分【憎たらしい】という意味なのだろう、文脈で理解出来る。


不機嫌なソムじぃの気分を変える為に別の話題を振る。


「そういえばネテルミウスのこと、まだ怒っているのか?

 可哀想に、会う度に気にしてるぞ?」


「いまは怒りたらず。

 されどかの者は粗忽なる行いを省みるべし。

 仮にも森の民を統率する立場なれば。」


怒りは収まっているようだが、あれは【部隊長】たる彼女への教育の一環なのだろう。


先日ゲーナがかつての私とカンディの様子を話していたが、時には厳しさが必要だ。


その考えは私にも理解出来る。


「大人の言の葉遣いしたれど、

 君にも教えを要と考えたるぞ。

 粗忽なる振る舞いせぬよう心ばせよ。」


「わかった、気を付ける」


藪蛇やぶへび』とはこのことだろう、思わぬ反撃を喰らってしまった。


ディプボスでの一件以来、嫌味な言動が影を潜めたので油断していたのかもしれない。


前にスムロイが言っていた、『人は歳を取れば取るほど己を曲げなくなる』と。


ソムラルディはスムロイ以上の年寄りだ、彼の言う通り迂闊なことを言わぬように心掛けるとしよう。



 観測所に到着すると警備団が慌ただしく動き回っていた。


声を掛けたところ、今まさにグリフォンの影が数体北へ飛び去ったらしい。


雨のため周囲の安全確認に手間取り、状況を調べる為に数人ずつ屋外へ飛び出して行こうとしていた。


「待て待て、

 索敵ならば私とソムラルディで行える。

 無駄に雨に濡れる必要は無い。」


「あ、そうだったな。

 じゃあジッガに任せようか。」


村に居た頃から顔馴染みの団員が、ホッとした様子で周囲を落ち着かせていく。


その間に私とソムラルディは生体看破魔法を飛ばし周囲の状況を探る。


「ん、もう近くには居ないな。

 どうだ? ソムラルディ?」


「感ぜず」


「うん、ありがとう。

 では【ビットア】、目撃情報を聞かせてくれ。」


観測所に詰めている者の中で、私たちと話していた【ビットア】という顔馴染みの団員がリーダーを務めている。


彼は機転が効く為モンゴからの信頼も厚い。


今回の情報でも有益な情報を与えてくれた。


「なに? 間違いないのか?」


「雨の中だったんで確実とは言えない。

 しかしやぐらから上空を見たから木々に邪魔はされていない。

 【グリフォン】は【人間】を乗せていたように見えた。

 他に目撃した者も似たような報告だった。」


「人型の【魔物】、という可能性は?」


「それは分からないな。

 グリフォンの背に何者かが乗っていたんだが、

 この雨の中だ、はっきり見えるはずもない。」


「それはそうか。

 しかしそれが【人間】だった場合、

 彼らは【共存】している、ということなのか?」


「獣人の王との共同探索、

 いとど実行せざらばなるまじな。」


ソムラルディの言葉に頷く。


草木を掻き分け山を越えねばならない私たちと違い、翼を持つ【グリフォン】にとって自治区を襲うことは容易たやすい。


背に乗せていたという【人間】がオンベリーフド連邦の手の者であったならば、いや、最悪サラパレイメン聖公国の者であるならば、戦闘になることも覚悟しなければならないだろう。


ゼダに協力してもらい、【グリフォンの森】へ探索に向かう必要性が大きくなった。


雨季で獣人の王は忙しいと聞いている。


心苦しいがお願いするしかない。


果実を贈って何とか時間を調整してもらおう。


彼が獣人の民を心配するように、私も自治区の民が心配なのだ。


せめて【グリフォン】と戦闘にならず、小康状態へと落ち着けるように話し合いたい。


今まで重視せず後回しにしていた件だが、俄然がぜん気になる問題と化してしまった。


ゼダが手こずって退治に至らなかった相手、私の力が及ぶだろうか?


探索の日までに訓練を重ねなければならないだろう。


ソムラルディを伴い、来たときとは打って変わり、黙して自治区へと至る道を進んでいった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ