体験すること、それが最高の授業だ
雨季の期間、出来ることは限られてくる。
警備団の大半は【草原】で開拓に勤しんでいるし、働ける老人や女性たちは【自治区】で室内作業に励んでいた。
自治区で初めて出産をしたダヤンサも乳飲み子を抱えて糸を紡いでいる。
ハテンサやウーグラの様に警備団に所属する女性もいるが、ほとんどの者は戦闘能力を持たず、こうした手仕事を任されていた。
【悪しき神】の影響が近辺で感じられる中、人々は不安を胸に働いていることだろう。
私たちは私たちの今出来ることをするしかないが、それが【善き未来】に繋がると信じて頑張るしかない。
区役所の会議室にて、私は落ち込んでいるエィドナを慰めていた。
ギルンダは私のことを【精霊様】と讃え、精霊国や連邦からの移住者と積極的に交流していた。
連邦代表であるラポンソの娘エィドナも、ギルンダと接する機会が多かったようだ。
最近【魔力循環】に目覚めたエィドナは、その力でギルンダを救えなかったことで気持ちを消沈させている。
「エィドナ、仕方なかったんだ。
例え私が残っていて【魔力循環】をしたとしても、
結果は同じだっただろう。」
「そうでしょうか?
ジッガ様ならばギルンダさんを救えたのでは?」
年齢的には私の倍である二十二歳の彼女だが、何度慰めても同じ結論に至ってしまう。
【ネガティブ】という言葉が前世の記憶から彼女に当てはめられた。
こうなっては他の件で成功体験を得ないことにはどうしようもないと思える。
彼女に適した仕事を割り振らねばなるまい。
エィドナの他にも会議室には自治区に残る【魔法使い】たちが集められていた。
【草原】で働くアグトらやネテルミウスたちエルフ派遣団は参加していない。
今回の議題は、以前必要性が感じられた【学校】の設立についてだ。
といっても施設を建てて本格的な学校運営をする訳では無い。
現在区民の主な仕事は『農業』『訓練』『警備』『建設』に限られており、教育を必要としていないからだ。
しかし後々、成人前の民には全員【教育】を義務付けようと相談済みである。
教育無くして【善悪の価値観】は統一されないのだから。
そして今、その第一歩として、【魔法】についての教育から開始しようと考えたのである。
区民の生活レベルや文化水準向上に【魔法使い】の存在は重要だ。
エィドナの様に新たに魔力に目覚める者を見つけ出したい。
私という【精霊の力】の媒体により、周囲への伝播が期待されている。
そういった趣旨をハザラが皆に説明していく。
魔力の発見の仕方や学び方について質疑応答があったが、ソムラルディの補足が少し有ったものの、ほぼハザラ一人で対応出来ていた。
理論主体のソムラルディより分かり易い。
最近リルリカがチュバリヌに『風魔法』を師事してもらい、メキメキと力を付けている。
やはり生まれついて魔力に慣れているエルフより、人間に教わった方が理解し易いのかも知れない。
物事を観察することで例えるならば、『目の開き方』から教えるような感覚らしく、ソムラルディはハザラの説明に対し終始眉根に皺を寄せていた。
当面ハザラとカカンドが総監督となり、手の空いている【魔法使い】たちを中心として、集会所で子供たちを【教育】していくこととなった。
現在自治区には百五十名を超える【子供たち】が存在する。
区民の内訳としては子供の他、元気な老人を含めた警備団と客分部隊で約四百五十名、非戦闘員の女性が約二百名、同じく戦えない足弱の老人が約百名、残る約百名は侯国からの避難民で現在【草原】で作業中の男性たち、となっている。
アグラスやゲルイドの様に既に警備団の訓練に参加している者もいるが、子供たちにはまず【倫理観】を学んでもらいたい。
生まれた国はバラバラだが、これから共に生活する【仲間】となれるよう、ある程度統一された【価値観】を持っていきたいからだ。
三十人ぐらいで五つの集団に分けられた子供たちが集会所で【魔力】について話を聞き、【魔力循環】をされながらその効果などについて講義を受け始めた。
私は【区長】として全体を見廻る役目を申し付けられ、ウロウロと皆の様子を観察していく。
エルフを引き連れ歩く私を子供たちは好奇の眼差しで見つめてくるが、監視役のツェルゼンに大声で怒鳴られてすぐに前へと向き直る。
ツェルゼンは訓練で子供たちを指導することに慣れている。
【鬼教官】が全体を見守ることで、アグラスやゲルイドら悪ガキが大人しくなり、それにつられて年少の子供たちも真面目に学んでいた。
カンディが受け持つ集団が一番心配だったが、村での農作業や【魔物】との戦いのことなど、事前にカカンドから申し渡された授業内容と違うことを話していた。
注意しようかと思ったが、当のカカンドから制止された。
みなカンディより幼い子供たちだったが、彼女の話は生活に直結する【学び】になるだろうという【総監督】の判断だった。
子供のうち、アグラスたち年長の者らはエィドナが担当している。
彼女はカンディと違い、カカンドから渡された情報の刻まれた板を片手に、緊張した面持ちで堅実な授業をしていた。
協力することの大切さを説く彼女に、成人間近の少年から『足手まといは要らないんじゃないか?』という質問が飛んだ。
あの少年は現実を直視せざるを得ない経験をしてきたのかも知れない。
【ネガティブ】なエィドナがどう答えるのか少し緊張してしまったが、彼女の答えは堂々としたものだった。
「そうだね、
年老いた人とか、大怪我をした人とか、
一人では暮らせなくなる人はいるよね。」
「あぁ、そんな人に苦労して実らせた作物を分けるのは無駄じゃないか?」
「うぅん、そうじゃないの。
年老いた人でも綿花から糸を紡ぎ布を作れる。
怪我をした人でも門の歩哨が出来る。
小さな力でも【協力】すれば大きな【力】になるんだよ。」
「でも、【魔物】と直接戦ったりとかさ、
危険なことをする人とかの方が偉いだろ?」
「確かに危険と向き合える人は偉いね。
皆を守ってくれる警備団の人には感謝しなきゃと思うよ。
でもね、
それで【魔物】と戦って怪我をした人はもう偉くなくなるの?」
「そ、それは、違う話なんじゃないか?」
「うぅん、同じ話でしょ?
怪我をする可能性はあなたにもあるし、
確実に年を取ってあなたも老人になるんだよ?
『足手まといは見捨てる』、
そんな環境で、あなたは【安心して暮らせる】かな?」
「……、暮らせない。」
「うん、
【協力】して暮らす大切さ、
みんなも分かったかな?」
エィドナと少年のやり取りを聞いていた子供たちが頷いている。
私自身も彼女の言葉に感銘を受けた。
【前世の記憶】から『情けは人の為ならず』という諺が浮かび上がる。
人の為になる行いはやがて自分に返ってくる、という意味の言葉だと思う。
これまで自治区に集ってきた人々は【弱者の気持ち】が分かり過ぎるぐらい分かる者たちばかりだ。
弱い者たちが力を合わせ、分け隔てなく食べ物を分かち合い、苦難を乗り越えてきた。
精霊国の様な精霊信仰に頼るまでも無く、私たちは【協力】して【弱者】を守る大切さを知っているのだ。
近くにいる者の中で、その大切さを知っているのか不安になる者が居たので振り返ってみる。
「何なりかしジッガ?
我とて森の民の長老が一人、
【弱者を慈しむ】その心は知れり。
その心憂き眼差し止め給え。」
「うん、ただ見ただけだ。
気にしないでくれ。」
私たちのやり取りを見て、カカンドが口を手で押さえ笑いを堪えている。
出自不明だが大怪我から復帰間近のハザラが、視線を宙空にさ迷わせ笑いを誤魔化す。
今のこうした時間も、きっと後々私たちの未来を明るくしてくれる、ルイガーワルド王ほどの力を持たぬ私だが、そんな予感に包まれた。