【捨て去る】ことで【得る】ものとは
ギルンダの葬儀の翌日、再び会議が行われた。
プラァビダ侯国による【悪しき神】の影響への対応について、皆で頭を悩ませる。
昨日チュバリヌ宛に、ルイガーワルド王国へ繋ぎを取ってもらうよう早馬は出してある。
気の早い彼女のことだ、今頃私の認めた【親書】を持たせた諜報部員を送り出していることだろう。
ハッゲルが半年前の自治区到着時にヌエボステレノス経由で連絡をしていたが、今後の連携を考えて私からの意志表示を伝えることにしたのだ。
ガーランテ皇国との交易で得た貴重な【紙】による親書には、ハッゲルらを派遣してくれたことへの感謝と、【亜人戦争再来】の危険性などを記しておいた。
プラァビダ侯国の西の隣国であるフンバーニ連合国への警告も併せて報せてあるので、不意を衝かれることはなくなると思われる。
問題は我々の方の対処法だ。
現状では近隣で最小規模のプラァビダとはいえ、先日の様にオーガーが数十匹発生する可能性も有る。
雨季による豪雨はヌエボステレノスの盆地内でのものなので、【草原】の【共同開発】は問題なく行えるはずだ。
今のところ自治区は総人口千人の微々たる国力だが、一刻も早く【建国】してその規模を拡大しなければプラァビダに対抗できない。
「しかしよ、プラァビダはまだ後継者争いの真っ只中だ。
まだ時間的余裕はある、焦ると事を仕損じるぞ?」
「うむ、先日の悪鬼との一戦で【悪しき神】の影響は弱められた。
プラァビダの方まで今すぐ、というのは欲をかき過ぎじゃろうな。」
カカンドとスムロイが慎重論で私の焦燥を宥めてくる。
「……うん、
ハザラはどう思う?」
「そうだな……、
今の戦力じゃあ侯国の内乱に割って入るのは不可能だ。
【草原】に国を興し、急激に人を増やすなら、
まずはしっかり【統治】する必要がある。
いま出来ることと、出来ないことを考えるんだ。」
「……わかった」
善良な者が【悪しき魂】へと変貌することを思えば気が急くが、ハザラの言う通り出来ないことを無理に行えるはずもない。
今は【リベーレン自治区】を国家として成長させる体制造りに専念しようと思う。
「それならば今すぐプラァビダと戦争状態にはならない。
そう考えていていいんだね?」
「向こうから仕掛けて来なければ、という前提だがな。
【ケジャナ】、皆の様子はどうだ?
落ち着いてきているだろうか?」
「まだ皆不安でいっぱいだよ。
どんな扱いをされるのかってね。
伯爵様たちがあんなことになって、皆怯えてるよ。」
「ん、そうだろうな。」
プラァビダからの避難民のリーダーはこの【ケジャナ】という女性である。
ニーナより少し歳上の46歳という話だが、人の上に立つ威厳というものが感じられる。
伯爵領で事務方を任されていたという女傑は戦闘力は皆無だが、その【胆力】のみで避難民を鼓舞して戦乱から人々を導き、あの坑道へと逃げ延びさせたと聞く。
彼女の信頼を得ることがプラァビダからの避難民を自治区に馴染ませる第一歩となるだろう。
「ジッガ様の【聖女の力】は皆が目にしてる。
怪我人を治療してくれたし、
死んだ者の魂が天に還る様にも驚かされた。
でも、これからどんな生活になるか、って心配は残ってる。
ホワイリィトア様をないがしろにするんじゃないか、って心配もね。」
「ケジャナ、
気持ちは嬉しいけれど、私はもう【ホワイリィトア】ではないの。
【ホリィトア】として皆と同じ立場で、
この自治区の力となって生きていきたいんです。」
「あぁ、御労しい!
では私たちは伯爵様から受けた御恩をどうお返しすればよいのか!
伯爵領を蹂躙した【シェルトナハディ】に報いを与える為なら、
私たちは何でも致しますよ!」
沈痛な表情のホリィトアにケジャナが熱い気持ちを吐露する。
不安定な状況に陥ってはいるが、自分たちを苦しめた第二王子への怒りの心情が透けて見える。
と、ここで二人の会話にカカンドが神妙な顔で割って入った。
「ケジャナ殿、
さっきも言ったが、
俺たちは侯国と正面切って戦える戦力が整っていない。
それに、アンタたちを救うために国境まで出張ったが、
侯国と戦闘はしてねぇんだ。
状況次第じゃ第二王子の軍と戦わず終わるかも知れねぇ。」
「なんだって!?
あんなことを仕出かした奴らを見逃すのかい!?」
「そうじゃない、『状況次第』って言ったろ?
俺たちとしても【闇の力】の影響は弱めたい。
第二王子軍は【悪しき神】に魅入られてる可能性が高いからな。」
「それじゃあ」
「待った待った。
かと言って俺たちは今介入出来る戦力を持たない。
戦い続ける【国力】だって無い。
第二王子が第一王子や第四王子に【斃される】なら、
あとは見守るだけだ、【戦う理由】が無くなる。」
「そんな……、
じゃあ【伯爵領】は、どうなるんだい?」
「第一王子か第四王子の統治下になるだろうな。」
「そんな!
姫様! 若様!
それでいいんですか!?
伯爵様の慈しまれた私たちの領土ですよ!?」
強張った表情で問い詰めるケジャナに対し、ホリィトアとセレィデルもまた顔を強張らせて力無く頷く。
「ケジャナ、
卑劣な手段によるものとはいえ、
私たちはシェルトナハディに負けました。
しかし、
お父様お母様の仇を討ちたいという【怒り】はこの胸に燃えています。」
「姫様! では!?」
「落ち着いて、ケジャナ。
シェルトナハディを討ちたいとは思いますが、
伯爵領を取り戻したいとは思っていないのです。」
「何故です姫様!?
私たちは数こそ少なくなりましたが、
今でも姫様を盛り立てようという気持ちはございますよ!?」
ケジャナが縋り付くように言い募るが、ホリィトアは目を伏せ頭を振る。
「いいえ、ケジャナ。
私たちでは駄目です。
このリベーレン自治区へと逃れてきて悟りました。
私では、私たちの【気概】では、伯爵領すら手にし得ないと。」
「それは……、どういう?」
「そのままの意味です。
故郷の村を追われたジッガ様たちは
【国】を興して祖国に対抗しようとし、
今は【悪しき神】へ対抗せんと奮闘されております。
それに対して私たちは領地を追われ、ただ右往左往するばかり。」
「ですが、姫様……、」
「良いのです、ケジャナ。
ねぇセレィデル?
私たちは私たちの出来ることを致しましょう。
出来るならば、あの【愚物】は私の手で斃したいですが。」
「う、うむ。
ケジャナ、済まないな。
私の至らなさで斯くなる仕儀となった。
私とホリィトアで皆の生活がままなるように努力する。
それを【償い】とさせてくれ。」
「若様、おいたわしや」
僅かな間、会議室を沈鬱な空気が包む。
私がセレィデルやホリィトアの立場だったならば、という考えが少し頭を掠めたが、それに意味など無く、二人のことを侮蔑する気持ちに繋がるためすぐに捨て置いた。
王侯貴族の地位を易々と捨て去る行為にこそ、彼らの気高さを感じるべきなのかもしれない。
プラァビダ侯国グライディア伯爵領からの避難民は二百名を超える。
この会議で彼らの今後についても話し合われ、このまま彼らの代表はケジャナが務め、セレィデルとホリィトアがその補佐をする形で、スムロイの指示で今後の仕事が割り振られることとなった。
王族であるセレィデルには【魔力】が宿っており、その土魔法を生活で役立てることを誓っていた。
間もなく【雨季】となる。
この季節の変わり目が、リベーレン自治区の【在り方】の変わり目となる気がした。




