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滂沱の日々  作者: 水下直英
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信頼に対して返すものは感謝と誠意


 可能な限りの速度での行軍により、私たちは断崖の細道出口付近を通り抜け、丸太橋を架け直した川の辺りまで進むことが出来た。


野営を行い、かつての逃避行の三倍以上の人数で夕食を摂った。


侯国北の地から逃れてきた避難民がセレィデルらと揉める一幕もあったが、ソムラルディに『【問題を起こさない】という約束を反故にするのか』と一喝され鎮まった。


セレィデルに詰め寄った者の声が聴こえていたが、家族を亡くしたらしく怒声を上げていた。


理屈で言えば第二王子が悪いのだが、妻と子を亡くした彼にとっては今怒りをぶつけられる存在がセレィデルだけ、ということなのだ。


もしかしたら今後もずっとそうなのかも知れない。


それは双方にとって不幸なことだろう。


不服そうにしている男を呼び寄せ、妻子の冥福を共に祈る。


飛び出した魂の欠片に彼は涙して祈りを捧げ続けた。


同様に、家族や友人を亡くした者らが集まってきたので光の珠を天に還し続ける。


最初にセレィデルに突っかかっていた男はやがて押し黙り、静かに戻っていった。


他の者らは口々に感謝の言葉を述べ、セレィデルとホリィトアにも慰めの言葉を掛けていく。


【死】は辛く、悲しい。


【悪しき神】に魅入られた者に、それは感じられなくなるのだろうか?


それとも、それを【感じられなくなった】から、魅入られてしまったのだろうか?



 翌朝、夜明け前から朝食が準備され、明け方には出発となった。


今日中に【草原】の橋まで辿り着き、野営を行いたい。


安全面を考慮するとそれが一番という判断が為され、遅れる者は次々に馬車へと収容された。


減っていく糧食の分、収容できる人数は増える。


とはいえそれにも限界はある。


馬車の中の子供や体重の軽い者は体格の良い兵士らが背負って進んだ。


私も幼児を抱えて歩く。


【モレティ】という三歳の男の子は大人しく抱っこされている。


道々モレティとの会話しながら歩いたが、思いのほか楽しい。


自治区の広場で幼児と話す機会はあったが、こんなに長時間話したことは無かった。


こうして触れ合ってみると幼児は体温が高い。


ぬくぬくした小さな身体を抱えてみると、今朝川の水を沸かし布で綺麗に拭いたはずだが、野生の匂いが僅かに残っている。


そしてそれを上回る赤子ならではの匂いがしていた。



 モレティは言葉を話す成長具合が遅れているらしく、同じような話を繰り返す。


『ママ好き』『抱っこいぃよ』『ねんねしよ』語りかけてくる短い言葉は、私自身の幼児期の記憶を揺さぶってくる。


優しく抱きかかえ直してみると、在りし日の母が自分と重なり、涙が零れた。


【草原】に入り、川まであと僅かの所まで来ると、モレティは『ジッガ好き』『もっと抱っこ』と終わりが近付いているのを感じ取っているかのような言葉を投げかけてくる。


別れに忍びないものを感じたが、今生の別れというわけでもないのだ、少しだけ『抱っこ』を延長してから母親の許へ返した。



「こどもって可愛いねぇ~」


呑気なことをゆるい顔で話しているのはカンディだ。


彼女も別な赤ん坊を抱きかかえて歩いていたらしい。


「ジッガも子守してる時、

 すごく緩々(ゆるゆる)の顔してたよ、

 赤ん坊、好きなの?」


「ん? んー?

 初めて長時間抱っこしたが……、

 嫌いではないかな。」


「あは、何それ。

 すっごく好き、って顔に出てるよ?」


ゲーナにからかわれてしまった。


リルリカやウーグラらが私たちのやり取りを聞いて笑っている。


ハテンサがベルゥラの赤ん坊の頃の話をし始め、ホリィトアがそれを熱心に聞いていた。


近々母になる予定があるのだろうか?


そう思いそのまま訊いてみると顔を真っ赤にして否定してきた。



 翌朝、ネテルミウスらエルフ派遣団の面々を集め、ヘネローソ精霊国との【共同事業】について説明しておいた。


彼女たちにはしばらく【草原開拓】の警邏けいらを担当してもらう予定だ。


一旦自治区に帰ってから、精霊国と連携してこの【草原】へ【開拓民】を遣わし、【国の礎】を切り拓く、という計画に、新たに加えられた部分である。


エルフが見回りをすればおかしなことを考える輩も減るだろう。


ソムラルディ一人に【共同事業】の全ての差配は押し付けられない。



 自治区でもいざこざが起こり始めている。


懲罰対象とまではいかないが、喧嘩になりそうな者らはすぐに居住地域や労働場所を変更して引き離し対処しているそうだ。


プラァビダ侯国からの避難民たちが加われば、一層その問題が出てくることになるだろう。


スムロイやカカンド、ハザラにより、法規は整えられている。


試行錯誤した上で決められたが、まだ罰則を適用されたものが出ていないので、上手く統治できるかはまだ分からない。


現在自治区は貧富の差が出ていないので争いの元になる案件が少ない。


【区民】が【草原】に進出し、【国民】となった時が正念場となるだろう。


『国民全員が安心して暮らせる国』とするため、その第一歩となる【草原開拓】を管理統括する重要性をネテルミウスたちに説き聞かせた。


責任ある仕事を託されたのが嬉しかったのか、ネテルミウスは胸を叩き請け負った。


『エルフが公明正大であると信頼してくれているんですね!』とソムラルディを意識した発言をしている。


どうやらこの仕事ぶりを評価してもらい、草原を焼こうとした一件での汚名をそそぐつもりのようだ。


やる気があって結構なことだと思う。


今はしかめっ面をしているソムラルディを、いずれ満足気な笑顔にして欲しいものだ。


あと、侯国の動きはディプボスのエルフたちに監視を頼んでいるが、草原とディプボスの境目辺りにも見張りを置いておきたい。


それを告げるとエルフ派遣団から十名程が選出され、ディプボスとの【繋ぎ】と、西からの脅威に目を配ることとなった。



 自治区へと無事辿り着き、侯国からの避難民を一時的に簡易テントに住まわせる手配をしていく。


問題を起こしそうな者は、私の【祝福の光】を浴びせた上で、トルックゲイルら獣人のテントへと隔離しておく。


特殊な環境に放り込まれて自儘じままに振る舞える人間はそう居ない。


ひとまずはその状況で様子を見ることにした。


これで【悪意】や【怒り】が鎮まってくれれば良いのだが。



 侯国避難民たちを落ち着かせて、区役所で一息つく。


そこでスムロイから留守中の出来事に関して報告を受けた。


スムロイの暗い表情から、私は何か辛い報告が有ることを感じ取っていた。


「一昨日、ギルンダが逝ってしもうたわ。

 病気でも怪我でもない、老衰じゃろうな。

 エィドナが最後まで【魔力循環】してくれてたが……、

 後で、あの娘も慰めてやってくれ、落ち込んどる。」


「……ん、そうか。」


先日区役所入口で会った時、ギルンダから淋しげで別れ難い気配を感じたのは気のせいでは無かったのか。


私の【精霊の力】は『在るべき姿に戻す』力であって、寿命を延ばす効果は無いのだろう。


自然に顔が下を向き、涙が零れた。



 少しの間、黙祷が捧げられ、私の心も落ち着いてきた。


「シェーナとの関係も有ったのだろうが、

 ギルンダは初期から私に好意的で他の皆を引っ張ってくれていた。

 心からの感謝を込めて看取りたい。」


「うむ、そうじゃろうと思って葬儀は延ばしておいた。

 今夜行おう、

 あやつが信奉していた『精霊様』として見送ってやれ。」


「……ん、そうだな。

 盛大な【精霊の力】を振る舞おう。

 ギルンダが迷わず天に還れるようにな。」


「それがいい。

 あ奴も喜ぶことじゃろうよ。」


それから直近の問題に関しての話がいくつか行われ、あとは今夜の葬儀の件が取り決められていった。



 夜になり、ギルンダの葬儀が執り行われた。


親類のゲルイドらが泣いている、死をいたんでくれる者が居るというのは善い事だ。


私も胸が痛むほど悲しい想いに溢れている。


この自治区へと辿り着いた『リベーレン村からの避難民』の中で、最初の死者がギルンダになるとは思っていなかった。


おそらく村での生活、【恨み】に焦がれて過ごした不摂生な日々が彼の身体を弱らせていたのだろう。


私の【奇跡の力】で一時的に回復したものの、縮んだ寿命は元に戻せなかった、ということなのだろうか?



 葬儀の最後に、私の順番が廻ってきた。


心を込めて、ギルンダの冥福を祈る。


「村で初めて会った時、

 【魂の交流】が出来た、と感じた。

 ギルンダ、ありがとう。

 キミの想い、私が受け継ぐ。」


遺体から光の珠が顕現し、ゲルイドらの方を一回りして、私の方へと寄ってきた。


「ギルンダ、感謝する。

 シェーナにもよろしく伝えてくれ。」


『あぁ、伝えよう。

 ジッガ、精霊様や、

 頑張って【善き国】を創っておくれ。』


「ギルンダ!?」


ギルンダの声が聴こえた気がして、私は天に昇っていく光の珠に呼び掛ける。


周囲を見回すが、声が聴こえたのは私だけのようで皆不思議そうな顔をしていた。


ギルンダは心から私のことを【信頼】していた、それ故の奇跡なのだろうか?


私は昇りゆく魂に最大限の祈りを込め、【信頼】の大きさを示すような、眩しく輝く光のシャワーを天へと昇らせていった。


私を信じてくれた老人の最期が、せめて安らぎに満ちたものであって欲しいと、一心に願い続けた。




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