死を受け入れられる心境とはどの様なものか
廃鉱山坑道前での話し合いは紛糾した。
遠い地から救出に動いてくれた私たち自治区の面々には感謝するが、伯爵領崩壊の原因となったセレィデルを許せない、という者らが数十人。
生まれ育ったこの地を捨てて他国へと移住するのは嫌だという意見が十名ほど。
リベーレン自治区へと移住したところで生活の保障が無いなら行きたくないという意見が数名。
その他の百五十名ほどの人々は移住を希望してくれている。
「セレィデル殿、
糧食の問題もあるので長居は出来ない。
希望者だけ連れて行ってはどうか?」
「ジッガ様、
それでも、私は全員を連れて行きたい。
己を害しようとする者でも、仁の心で佳く治める。
それが仁君たる者ではないでしょうか?」
「でもセレィデルさんってもう王子じゃ無いんだろ?
意思決定はジッガの仕事じゃないか?
口を挟める立場じゃないと思うけどなぁ。」
「うぐぅ」
「こらマグシュ!
お前だって口を挟む立場じゃないだろ!
こっちに来い!」
マグシュがアグトによって引き摺られていく。
結局セレィデルは意気消沈して、私とソムラルディの意向に従ってくれた。
伯爵領の移住希望者たちも【エルフ】であるソムラルディの言葉は重く受け止め、困難な生活に為ろうとも構わないという【覚悟】を示した。
それを証明するかのように【精霊の力】による光が降り注ぎ、避難民たちから驚きの声が上がる。
その後、リルリカやマグシュと共に【魔力循環】をして避難民らに活力を与えてゆく。
そうしている間に避難民のまとめ役らしき女性が移住希望者の隊列を決めていった。
残留を希望した者らにも『移住を希望する者が居たら東へ逃げるように』、と言い含めて移動を開始した。
来た道を戻るので、アグトらを先頭に混乱なく進んでいく。
私は最後尾で索敵をしながら行軍を見守る。
子供も混じっているのでその進行速度は速くはない。
山道であることも速度を鈍らせる要因となっている。
しかし目的地は今朝私たちが居た【ロープを張った陣】までである。
ツェルゼンたちが駐屯軍と睨み合っている場所まで行く必要は無い。
途中の高台からまた彼らの様子を観察し、戦闘を行わず先程と同じ状況であることが確認出来ている。
空が赤くなる前には【陣】へと辿り着くことが出来た。
打ち合わせ通り、ソムラルディが【狼煙】を上げる。
これでネテルミウスらに【撤退】を知らせることが出来ただろう。
あとは無事に彼らと合流できることを願うだけだ。
夜が更け、避難民らが疲れから熟睡してるところに、八百名を超える我が軍のやってくる音が響いてきた。
ツェルゼンから状況報告を受ける。
第二王子駐屯軍との睨み合いの中、別の場所に隠れていたという避難民が続々と現れたので保護したという。
その数は百を超えているらしい。
野営の篝火の中、その者らと対面する。
幸いなことに【悪意】や【害意】を持つ者は見当たらない。
だが、セレィデルやホリィトアに対してはどうだろうか?
また【エルフ】であるソムラルディやネテルミウスに説明を任せ、その反応を窺う。
やはり王侯貴族に対しての【怒り】を持つ者が十名以上出始めた。
自治区で問題を起こせば即追放することを条件に同行を許す。
『己を害しようとするものでも仁によってそれを治める』とセレィデルは言っていたが、それは私でも出来ることだろうか?
彼らの【怒り】を解きほぐし、共に自治区の未来を切り拓く為に共存していけるだろうか?
その為には、彼らと、セレィデルたち、双方の努力が必要になるだろう。
もちろん私も努力する。
全ての人々が満足する社会の成立はとても難しいだろう。
現にあの廃鉱山の坑道に残った人々のような存在がある。
民を【平和】という同じ方向へと進ませるため、統領たる私は【仁君】となるべきだ。
自治区へと戻る前に、カカンドやハザラとそのことについて相談しよう。
私が望む望まないに関わらず、【精霊】や【聖女】と見做される現状を最大限に利用したい。
きっと、全てが上手くいけば、【善き国】が見えてくるはずだ。
私が努力すべきこと、私が目指すべき存在、それが形作られてきた、そう感じながら眠りについた。
翌朝からは強行軍での帰還となった。
スィチャカら精霊国騎馬隊を先に送り出し、避難民の足弱たちは馬車へと収容される。
私たち先行部隊が乗っていた馬も馬車へと編成され、徒歩での移動となった。
これ幸いとカカンドが御者を務める馬車と並行して歩き、ハザラも交えて昨夜考えていたことを伝える。
「そうだな、
今回の件で自治区の人数は千人を超える。
ジッガに覚悟が出来たなら、いい機会と云えるだろうな。」
「【覚悟】?
何のことだ?」
「清濁併せのむ【覚悟】さ。
今まではお前さんの【魔法】で【悪意ある者】は弾かれてきた。
しかし、これから増え続ける【民】全員にそれをすることは出来ねぇ。」
「あぁ、
区民が千を超えるとなるとジッガ一人じゃ手が回らんだろう。
しっかりとした【国造り】によって社会を形成するしかねぇだろな。」
「ジッガが【聖女】なり【精霊】なりの立場で、
他国から移住者を募り、国民を増やし、
その【仁君】たる魅力で治めていく。
そんなジッガの【覚悟】、だろ?」
「む、【害意】を見逃せ、ということか?」
「そうは言ってねぇさ、
どうしようも無ぇ奴は処分する。
しかしな、人間は変わる、良くも悪くも。
しっかりとした社会の中なら、良い方向に変わり易い。」
「そうだな、
ジッガは【仁君】を目指せばいいのさ。
俺らはそうなれるように法規を整え支えるだけだ。」
カカンドとハザラはとても楽しそうに笑い合っている。
まるで待ち望んだ時が漸くやって来た、と云わんばかりに。
カカンドは私に初めて【王の器】について話した時のような、熱を帯びた眼をしている。
ハザラも獣人の国【王の館】で初めて会い、『お前ぇさんの国造りに尽力しよう!』と誓ってくれた時と同じ熱い眼をしていた。
二人は私を見守ってくれていたのだろうか?
ただ復讐の炎に身を焦がす私ではなく、仮初でも『仁君』たらんと【善き国】を興そうとする私へと成長するように。
思わず私は二人に【誓い】を立てた。
「カカンド、ハザラ、
私は誓う、二人の想いを裏切らないことを。
私は必ず、【善き国】を創り上げるぞ。
二人とも、力を貸してくれ。」
「あぁ」
「もちろんだ」
カカンドが力強く頷き、ハザラも治りかけの右腕を上げる。
そんな私たちの頭上から光が降り注ぎ、そしてまた誓いを受け入れるように天へと昇っていった。
それから今後の広報活動について様々な意見を交わした。
精霊国の諜報部を通じて移住者を募る、というのが共通した見解だった。
聖公国対策で【聖女】という通り名は最近使っていなかったが、今回の件で候国内で私の噂は拡がってしまうだろう。
それならばと、身内に重病人を持つ各地の有力者に情報を流し、【草原】での【共同事業】に参加するよう仕向けていく案も出された。
それに伴い移住者が増えるように交渉も行う。
そうして【国力】を高められたならば、周囲に存在する【闇の力】に対抗していく。
まずは【プラァビダ侯国】の状況推移を見守るべきと言われた。
どの情報からも【闇の力】の関与が間違いなく存在するあの国は【危険】である、と。
第二王子以外の勢力については今後の調査が必要だが、侯国から【悪しき神】の影響が消えるように立ち回り、戦わねばならないだろう。
「そのために人数を増やす。
ジッガ、そして戦えば人は死ぬ。
その【覚悟】も持っておけよ?」
「わかってる、つもりだ。
ハザラ、しかし命を軽く考えてる訳じゃないぞ?
それは忘れてくれるな。」
「あぁ、ちゃんと覚えてるさ。
だから早くこの身体を治してくれよ。
このままじゃ戦うことも出来ず死んじまうって。」
「はっは、そりゃそうだ。
ジッガ、俺は頭脳労働担当でいいんだったか?
なら戦死の可能性は低いな。」
「あぁ、カカンドにはこれからも色々教わりたい。
ハザラ、キミからもだ。
簡単に死ぬなよ?」
「おうよ、任せとけ」
二人との相談が一区切りし、空を見上げた。
生きていてこそ、空の眩しさに目を細められる。
あと何度、こうして蒼い空を眺められるだろうか?
出来るならば、死ぬ時はこうして青空を眺めていたい。
きっと死の苦しみが和らげられるだろう。
不吉なことを考えながらも、心は、不思議なほど落ち着いていた。




