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滂沱の日々  作者: 水下直英
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笑うことの出来ぬ人々がいるから


 進んだ先で川に丸太橋を架け、想定していた仕事は終了した。


ここからは荒地を駆け、馬車の通行に関しての障害物を除く任務へと移行する。


エルフの部隊が馬にあまり慣れていないため、並足程度の早さでの移動となる。


最後尾のソムラルディは、昨日の草原の件でまだ少し怒りのオーラを放っていた。


【森の民】と自称するぐらい自然を愛す種族の者が、【草原】を焼け野原にする寸前の行為をしたことが余程腹に据えかねたらしい。


ネテルミウスが厳つい身体を縮こまらしてしまうので程々にして欲しい。


すぐに戦闘に入る可能性が低い状況ではないが、エルフ部隊の隊長が使いものにならないのはさすがに困る。



 我々はこのまま【ディプボス】と【プラァビダ侯国】の国境付近まで行軍し、そこで陣を張る予定だ。


【陣】といっても杭を打ってロープを張る程度のものだが。


本格的な潜入は後続部隊が到着してから、となる。


先遣隊の我々はもう【仕事】を終えており、少し弛緩した空気が感じられた。


だが、今のところ問題になりそうな道程は見当たらない。



 何事もなく予定通りの場所で停止し、陣を張り始めた。


ネテルミウスが汚名を返上しようと突入許可を求めてくるが、即座に却下する。


セレィデルらが居なければ救出すべき人々の潜伏先が分からない。


土地勘の無い我々はすべき任務を終え、あとは待つのみである。


『そんなことも分からないのか』と、ソムラルディがネテルミウスに説教を開始する。


同族相手だと更に毒が増してねちっこい話し方となっていた、正直聞いていられない。



 他のエルフたちと交流を図ろうと、説教中の二人以外を手招きし呼び寄せ、【魔力】や【精霊の力】について話し合った。


彼らは比較的【若い】者で形成されていた。


戦闘力を重視した結果なのか、それとも【人間蔑視】をしない者を集めた結果なのか、興味が有るので今度訪れた時に長老らに確認しようと思う。


いずれにしろ我々に当たりが強いなどということもなく、友好的な話し合いが出来た。


一番当たりが強かったネテルミウスが懐柔された、というのも無関係ではないと発覚した。


『昨日までは隊長に接触を控えるよう言われてて』とメナンデイルが不満そうな表情で暴露したのだ。


もしかしたらソムラルディはそれも込みで、いま説教をしているのかも知れない。



「へぇ、それじゃあエルフも人間もあまり変わんないんだねぇ?」


歓談の中心になっているのは主にハテンサだ。


人間側は十代の若者ばかりなので、自然と快活な彼女が仲立ちする形で会話を進めている。


こういう所で人生経験が活かされるのだな、と感じられる。


エルフの古臭い喋りが通じない時は私が補足しておいた。


今はお互いの食生活について話している。


私としては魔力の鍛練法についてもっと訊きたかったが、ハテンサにやんわりと終わらされてしまった。


「あのね、

 昼に通った断崖の細道の出口辺りでね、

 こんくらいの小さな【果実】をエルフからもらったの。

 アレ、すんごくおいしかったぁ~!

 アレって何て名前なの?」


カンディがよだれを垂らしそうな勢いで、以前貰った果実について語っている。


「えぇ?

 何ならむな?

 小さき果実も何種類かあるなり。

 今度【里】に戻らば全(たぐ)ひ持ちくるぞ。

 僕も人のかしづきし果実を食はばや。

 交換せむ?」


「交換?

 いいよぉ、もう少しで果樹園から果実が採れるの。

 【モモ】とか【ナシ】がおっきくなってきてんだよぉ。」


「ほほぉ」


カンディの話す果実に心奪われている様子のメナンデイル。


他のエルフたちは最年少の彼を微笑ましそうに見つめ、時折からかう様子が見られる。


こういった部分も人間と大差ない。


ソムラルディの落ち着きぶりは【老成】した結果であり、年若いエルフたちはこれからの交流次第で価値観の共有を図れる気がした。


むしろ固定観念に囚われた人間との共存の方が難しいのかも知れない。


これから救い出す侯国民にそんな人間が居ないことを願いつつ、野営の準備を促そうとゆっくり立ち上がった。



 エルフ部隊が交代で哨戒しているが、起きている内は私も生体看破魔法を飛ばしていた。


まだ離れているとはいえ、侯国に【オーガー】がいるのは間違いない。


いつ【精霊の力】に惹かれて襲撃してくるか分からないので警戒は必要だ。




 カンディに呼ばれた気がした。


「っ!?」


「ジッガ、起きた?

 【魔物】が出たみたい。

 前に聞いた【怪樹】だって。

 私たちも行くよ、大丈夫?」


「あぁ、目は覚めた。

 行こう。

 エルフの【弓】では苦戦するだろう。」


寝ている間に目は闇に慣れている、素早く鞭を手に取りテントから這い出た。


エルフたちは予想と違い苦戦などしていなかった。


メナンデイルの【水の刃】は【怪樹】にも通用し、太い幹を両断していた。


ネテルミウスも弓は使わず、槍先に小型の斧が付いたような武器で【怪樹】の枝を斬り飛ばしている。


陣を張っているここは森から離れた荒地であるため、火魔法を使用すれば良さそうなものだが、【草原】の一件が頭を掠めるのか肉弾戦のみで戦っていた。


他のエルフも【火魔法】や【風魔法】で怪樹を次々と倒している。


私も森からゆっくり近付いてくる新手に向かって鞭を振るい、闇の力を吸い込んだ樹木の魔物を粉々にしていく。



 ふと、戦闘方法を持たぬカンディが気になり、彼女を見やる。


するとカンディは、以前私が使用していたエンリケお手製の木製槍を手に、リルリカが放つ【風魔法】の助勢をしていた。


エルフの火魔法が周囲で煌めく中、彼女が槍を振るう度に【祝福の光】に似た光が舞う。


私は驚き、近くの怪樹二体を瞬殺してからカンディの許へと駆け寄る。


私が驚いた以上に彼女自身が驚いているようだ、私の服にすがり『この光って何なの?』と問い掛けてくる。


「分からないが、今は戦闘中だ。

 雑念は捨てて集中しないと怪我をするぞ。

 ほら、【身体強化】に乱れが出てるんじゃないか?」


「う、うん、頑張る。

 うぅぅ、でも【光】のこと、気になるぅ。

 【ソムじぃ】に後で聞いてみなきゃだよぉ。」


「待て、カンディ。

 【ソムじぃ】とは【ソムラルディ】のことか?」


「そうだよぉ。

 前は嫌な顔してたけど、今は慣れちゃったみたい。」


「ぷっく、くふふ、そうなのか、ぷふふ」


まずい、戦闘中なのに笑いが止まらない。


こんな姿をツェルゼンやハザラに見られたらまた猛説教されてしまう。


リルリカが怪訝な表情で私を見詰めている、平静さを取り戻さねば!


「ジッガ、大丈夫?

 何やってんの?」


力強く足踏みをしながら左手で腹筋を叩く私に、リルリカが尋ねてくる。


いつの間にか戦闘は終わっていたようで、周囲は再び暗闇に包まれていた。


「怪樹退治にあまり貢献できなかったからな。

 少し負荷を掛けている、鍛練方法の一つだ。」


「へ、へぇ。

 それ、あまり人前でやらない方がいいよ?」


「うん、気を付ける」


気持ちが落ち着いてきた、もう平気だろう。


奇行を止め、怪我人がいないか【身体強化】の眼で確認していく。



「ネテルミウス、メナンデイル、

 エルフたちの魔法も素晴らしいものだったが、

 両名の働きは際立っていたな。」


「いえ、我などなほ。

 【賢者】の信頼たのみを回復すべく、

 精進し参る」


「僕も心ばむ。

 ゆゆしく調子の良きなり。

 ジッガ様の【精霊の力】が伝播したりもこそ。」


「ほぉ、そうであるなら更に心強いな。

 人間とエルフが【協力】出来ることが示されている。

 そうだろう、ソムラルディ?」


名を呼んで彼の方を向いた瞬間、少しだけ『ソムじぃ』を思い出してしまった。


ニッコニコの笑顔を見せる私に、彼は少し不審げな表情を浮かべたが、結局それには触れずにエルフ部隊の面々に【賢者】らしい訓戒を与えてから労をねぎらった。



 まだ深夜であるので、怪樹の後始末は明け方にすることを決め、各自仮眠場所へ戻っていった。


カンディと寝床に入り、身を寄せ合う。


「えへへ、

 ジッガってばさっき笑っちゃってたでしょぉ?

 真面目なお話だったのに~。」


「カンディが悪いんだぞ。

 変なあだ名ばっかり考えて。」


「え~? 変じゃないよぉ。

 可愛いでしょ? 【ソムじぃ】って」


「ぶふふ、可愛いから笑えるんだ、ふっふ」



 明日か明後日には、【戦争】をしているのかも知れない。


だが今だけは、生きているからこそ感じられる【喜び】の感情に、身をゆだねていたい。


【幸せで笑うこと】は、決して【罪】ではない、全ての生きている人間に与えられた【権利】だ、そう思えた。




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