自分が狂ってるのでは、と不安な夜がある
皆の元へ戻ると、滅茶苦茶に怒られた。
重傷者は居ないと聞いていたが、怪我人は大勢居た。
【魔力循環】の出来るマグシュとリルリカが治療しているが、彼らでは【活力増強】の効果しか発露出来ない。
カンディを連れてこなかった失態を悟ったが、居ない者はどうしようもない。
ツェルゼンとハザラに挟まれ説教を受けながら、出来るだけの治療をしていった。
応急処置が必要なほどの者は居なかったので、獣人の怪我人は全員自治区へ連れて行くことにする。
オーガーは角や腱などが武器加工出来るそうなので全て解体してから埋めていった。
その素材と、埋めた場所に【祝福の光】を注ぐ。
【闇の力】の影響を恐れての行為だ。
自治区に保管されている魔物素材にも同様にしている。
皇国に贈った【鞭】は【ユメクイ】の素材が主なので大丈夫とは思うが、今度訪れたら同じように【浄化】しようと思う。
何にせよ、【連なる山々】のこちら側に対しての【悪しき神】の影響は、大幅に減じ得ただろう。
気になるのは山の向こう側だが、これはチュバリヌら精霊国諜報部からの報告を待つしかない。
キシンティルクら獣人たちも、身近な脅威が去って笑顔を見せている。
ただ私は、笑顔に陰を見せる【我が友】の様子が気掛かりに思えた。
「ゼダ、どうしたんだ?
何を気にしてる?」
「む、うむ、
……後で、話有る。
長耳、お前も、同席しろ。」
「承知せり」
ソムラルディの返答を聞き、獣人の王は足早に去っていく。
怪我人は馬車に乗せ、他の者で大楯などを撤収し、陣を引き払いヴァーブルドムバへと帰還した。
王の館に到着するまでに戦勝に湧く都の民の歓迎を受けたので、手を振り応える。
ゼダはやはりいつもの陽気さが影を潜め、手を振る様に元気が感じられない。
【話】とは一体どんな内容なのだろう?
いずれにしろ【悪しき神】関連なのは間違いない。
一匹目のオーガーの魂が地の底に引きずり込まれてから様子がおかしくなったのだから。
館へ到着し、怪我人が救護室へと運ばれていく。
無事な者たちはそれぞれ食事や仮眠のために部屋へと散らばっていった。
そんな中、ゼダに手招きされ、私とソムラルディは王の私室へと連れて行かれた。
部屋には私たち三人だけだ。
キシンティルクにすら伝えられない内容なのだろうか?
それならばソムラルディが同席するのはどういった訳なのか?
疑問が次々と湧いて出るが、まずは話を聞いてみようと思う。
思い詰めた空気を醸し出すゼダだが、中々口を開かない。
気の長いエルフは私の横で姿勢良く座り、瞑想しているかの様に目を伏せている。
イメージする王の部屋とは程遠い質素な部屋の中、遠くに【悪鬼】戦の勝利を喜ぶ声が微かに聴こえてくる。
「戦死者、出なくて良かった。
礼を言う。」
「それはお互い様だろう。
皆が力を合わせた結果だ。
これで【悪しき神】の影響は減るだろう。」
「本当に、そうか?」
「え?」
ゼダが私の眼をじっと見つめる。
しばらくすると、視線をソムラルディに向け、やはりじっと見つめた。
「獣人の王足る者が何をしか悩む。
似合わぬ思案は健康を損ぬるぞ?」
「む、むぅ」
見つめられたエルフの最長老がいつものように毒づくが、獣人の王の方はいつものように突っかかることはしなかった。
「ゼダ、悩みがあるなら言ってくれ。
【悪しき神】か【闇の力】に関した話なんだろ?
悪しき魂が地下に還る様を見てから様子が変わったからな。」
「ほぉ、さりや?
獣人の王にのみ伝わる話でも有るや?」
「むむ、遠からず、だ。」
また少しの間視線を落とし悩んでいたが、ゼダは勢いよく顔を跳ね上げ、意を決したように話し出した。
「ジッガ、長耳の長老、
これ、誰にも言ってない、初めて話す。
言う前に、約束、守って欲しい。」
決して、疑わぬこと、それだけ。
「わかった」
「疑ふも何も、
君らは偽りを吐かれざらずや。」
「ソムラルディ、余計なことを言うな。
すまんなゼダ、
真剣に聞く、続きを話して欲しい。」
「あぁ」
まるで表情を変えず、緊張を解かぬまま、ゼダは再び口を開く。
「俺は、……実は、
生れ落ち、ある日気が付いた。
【神祖】の、その記憶、一部持っていること。」
「ヌエボステレノスを建国したという、
あの【神祖】、か?」
「あぁ、その【神祖】、だ」
「さても奇遇なかむとなり」
ソムラルディが感嘆したような声を上げる。
恐らく私が【前世の記憶】を持つこととの関連性に驚いたのだろう。
そんなことなど知る由もないゼダは、己の秘密をぽつりぽつりと話していった。
その話の内容を要約すると、【神祖返り】として産まれ落ちたゼダックヘインは、赤子の頃から今までずっと【異形】だった、という話だった。
これが獣人の国以外で産まれていたら、【魔物】扱いされすぐに殺されていただろう。
キシンティルクら剛毛の騎士も赤子の頃は【毛玉】の様な姿だったと聞いたが、ゼダはその比ではなく人間離れしていたそうだ。
そしてそれは見た目や身体能力に留まらず、話す内容まで常人離れしていたのだとか。
【神祖の記憶】が時折頭を掠めるため、幼い頃から農業のコツを両親に伝え、未体験のはずの戦闘技術で大人を打ち負かしていった。
十代の頃からオーガー退治など様々な武勇伝を積み上げ、彼は王となる。
だが、【神祖の記憶】を持つのは良い事だけでは無かった。
【神祖】の秘密、それは、彼が元々【魔物】であるという事実だった。
獣人の【神祖】、その正体は永い時を生きた【魔物】の一種、【人狼】であった。
永い時を生きる内に、【悪しき神】の影響から解き放たれ、人間の言葉を覚え、人間の価値観を知り、【巫女】と出会い、ヌエボステレノス建国へと至ったという。
建国当初、【神祖】は【闇の力】から生まれ出る存在と戦い続けた。
しかし【闇の力】から生まれ出た存在の中にも、【悪しき神】の影響から逃れ得た者が現れ出でた、それが【獣人の祖】たちだった。
その中の一人と【神祖】は子を生し、他の【獣人の祖】同士からも子が生されていって、獣人の国が興された。
長い年月が経ち、途中で真性の人間の血が大いに混じったこともあり、獣人はその身から【魔物】であった痕跡が消えていった。
それ故にゼダックヘインは悩む、【神祖返り】とは【魔物返り】ということなのではないか、と。
【オーガー】のように【闇の力】より生まれし者、それは【獣人の祖】と同じ存在なのではないか、と。
「なるほど、そういうことか」
「ふぅむ、
推論はジッガの正しかりし、と云うことか。」
「なに!? ジッガ! 知ってたか!?」
驚くゼダに、私とソムラルディは以前討論を交わした内容を説明していく。
キシンティルクにさえ打ち明けていない秘密が、既に私たちに予測されていたと知り、ゼダは驚愕と溜め息が止まらない。
それに【神祖の記憶】を持つという件も、私が【前世の記憶】を持っている事を伝え、全く疑わず信じられることを伝えておいた。
「それで、……どう思う?
俺は、【魔物】か?
【悪鬼】は、【獣人の祖】、か?」
「ゼダ、
私はキミたちが【悪しき者】などとは欠片も思わない。
キミが【異形】の存在ならば、私とて【異形】の存在だ。
二歳から言葉を解し、七歳で年上の男共を屈服させた。
今では心の内の【害意】を読み取る為、区民からすら畏れられている。
体毛と骨格以外、キミと私、何の違いも無いぞ。」
「いや、見た目、
いや、ぬ? そうなのか?」
「己が出生に関し探究するは構わぬ。
知識を深むるは良きことなり。
されどさて周囲に憂いを掛くるものならず。
そは王の振る舞いならぬぞ?」
「ぬ、それは、確かにそうだ」
私たちの言葉に、ゼダは自身が何に対して不安を持っているかを悟り始めたようだった。
「ゼダ、ゼダックヘイン、
キミは今までも、そしてこれからも、
キミを信じる民を裏切るような行いはしていないし、
その出自も後ろめたいことなど何ひとつ無いんだ。」
「お……、うむ」
「悪しき神の名残は獣人ばかりの話には無からむうに。
案の足らさに呆れなしまいそ。
それより【神祖の知識】をなお教えさせばや。
そは今よりいかにも昔の記憶なり?」
「ぬぬ、ぬ、長耳、
言いたい放題、もうやめろ、
教えて、やらん!」
どうやらソムラルディに突っかかる元気が戻ってきているようだ。
その後も精霊国のクリャスォンスの話や、ドワーフがノームの子孫かもしれぬ話などをして、獣人以外にも【魔物】に由来した逸話を話して聞かせる。
さらに、
「おお?」
「ほぉ」
二人の頭上へ【祝福の光】を降り注がせる。
「『本来在るべき姿へ戻す』というこの【祝福の光】だが、
これを浴びてキミは【魔物】に戻ったか?
【闇の力】が湧き出してきたか?」
私の意図を察し、ソムラルディも推論を交え補足してくれる。
【浄化】されていくと【魔物】がどうなるか、という議論まで持ち出していく。
「ぬ、そうだな、
【魔物】と、【精霊】の関係、か……。
確かに、わからん。」
「いま【悪しき神】や【闇の力】に関して、
各地に依頼して情報を集めているのは知ってるな?
キミの不安を和らげられる情報が入ったらすぐに報せよう。」
「ありがたい!
恩に着る、ジッガ!」
「獣人の王よ、
一つだに教えなむ。
【神祖】は【巫女】と出会い、
何ありけり?」
「おぅ?」
私も言われて思い出したが、確かに気になる。
もしかしたら、私かカンディの能力が【悪しき神】もしくは【ゼダ】に影響を与える可能性があるのかも知れない。
【巫女】とは一体どんな存在だったのか、ガーランテ皇国に伝わる話と違う方向性の情報を期待してしまう。
が、
「いや、【会った】、それしか、分からん。
【巫女】、名前も分からん。」
「さても役に立たず」
「何だと長耳! いい加減にしろ!」
元気になって結構なことだが、正直私も期待外れの回答にがっくりしてしまった。
しかし、未だに時々は【神祖の記憶】が脳裏を掠めるそうだ。
今後の情報取得に再び期待しよう。
今は、彼の気が少しだけ晴れたことに、こちらも少し、充実感を得た。




