握り締めた拳に込められた想い
動揺する兵士たちを鼓舞するようにハザラの檄が飛ぶ。
「慌てるな!
【サイクロプス】はジッガとゼダックヘインに任せろ!
俺たちで【オーガー】を殲滅するんだ!
急げ! ジッガたちを死なせるな!」
「お! おおぉっ!」
兵士たちが持ち直してる間に、私とゼダで言われた通り【サイクロプス】を牽制するために近付き、挟み込む。
デカい。
三メートル以上あるだろう。
ジャングル・グリーンと言えばいいのだろうか、黒みがかった緑の体色は毒々しさも感じられる。
オーガーほど筋骨隆々という体格ではないが、それが逆に気色悪い。
ぶよんとした腹の横にだらりと棍棒代わりの丸太を持つ手をぶら下げている。
素っ裸なのだが、股間に生殖器は見当たらない。
魔物に男女の区別は無いというのは本当なのだろう。
今まで遭遇した魔物も全てそうだったのだから。
急所では無いことを残念に思いながら股間付近に【鞭】を叩き込む。
太腿の内側に命中し、肉が爆ぜたが、大したダメージとならなかったようだ。
その左脚の裏側をゼダの爪が切り裂く。
だが、オーガー同様に【自己修復能力】があるらしい。
爆ぜた内腿の部分がじわじわと盛り上がってきている。
と、サイクロプスが急に動いた。
己の身長ぐらいの高さに跳び上がり、真っ直ぐ、【私】目掛けて、丸太を振り下ろしたのだ。
「ぬぁぁっ!」
脚力と魔力を全開にして跳び退く。
大地が揺れるほどの衝撃が響き渡り、兵士たちの一部がこちらに注目したのが感じられた。
途轍もない膂力だ。
当たれば死ぬしかないのだとすぐ分かる。
「ゼダ! まずは脚だ!
膝を突かせて頭を狙う!」
「分かった!
まずは! 鞭入れろ!
俺が! 続く!」
「了解だ!」
言いざま、振り回された丸太を身体を仰け反らすスウェーによって躱す。
巨大な分だけサイクロプスはリーチが長い。
だがこちらもカウンターで鞭を放つ。
音速を超えた衝撃が魔力を込めたことによって爆発的な威力を生む。
巨人の左足首を狙った一撃は過たず、関節を砕いた。
この巨人に痛覚は無いようだが、砕かれた足首に対し、獣人の王が全力で追撃した。
初めて見る、四つ足を突いてからの高速移動、そしてそこからの【噛み付き】だった。
ゼダの咬合力は凄まじい威力を発揮した。
低い体勢から噛み付き、回転して足首を噛み千切ったのである。
堪らずサイクロプスは左膝を突く。
すると、一つ目付近に矢が突き刺さった。
それは巨人の顔面の一部を凍らせ、砕け散らせた。
間違いなく、ソムラルディの矢だ。
気付けば兵士たちの奮闘により、オーガーの群れは駆逐されていた。
残るはこの単眼の巨人一匹だけである。
セッパらが駆けつけ、斧や鎚での打撃が加えられていく。
アグトやドゥタンが力任せに槍を突き刺す。
再びソムラルディの矢も突き刺さり、サイクロプスは満身創痍となった。
「え?」
そんな中、サイクロプスが何か言った気がした。
アヴェ……
ア……リシャ……
ゆるさ……
「なんだ? 何と言ってるんだ?」
「ジッガ! 危ない!」
ゼダが私に飛び掛かり、サイクロプスが振り回した丸太の直撃を免れさせてくれた。
そのままサイクロプスは皆の攻撃を受け、斃された。
しかし、確かに奴は人間の言葉を話していた。
おそらく、『アヴェーリシャ、許さん』と。
私は悪鬼らが取り囲んでいたあの【小さな小屋】が気になった。
幸いなことに兵士たちに大怪我を負ったものは居ないと報告を受けている。
戦闘中に気を抜いた様子を見せた私に対し、ツェルゼンやハザラが猛烈に説教をし始めたが、私はゼダとソムラルディを連れて、『すぐ戻る』と言い残しあの小屋へと駆け出した。
「ジッガ、ホントに気を付けろ。
当たってたら、死んでた。」
「その通りなり。
肝ぞ冷えし。
何を考えたりき?」
心配してくれる二人に、私は先程の声について説明していく。
「さても?
人の言の葉を?
そはなお?」
「あぁ、やはり【悪鬼】は人間が変質したモノ、なのだろうな。」
「そうか、言葉、話したか……、
それ、人間、獣人、分かるか?」
「今のところ不明だ。
それの手掛かりを探しにいま向かってる。」
「そういう、ことか」
自然と口数が減り、私たちは森の中を黙々と進んでいった。
先程【祝福の光】を浴びせた場所を通り過ぎ、森を抜けた草原の中に遠隔認識魔法で発見した【小さな小屋】を見い出すことが出来た。
「ここか?
うぬ、悪しき臭い、する。」
「確かに。
【闇の力】な有りそ。」
二人には私の感知出来ぬ何かが感じられるようだ。
小屋とも言えぬ荒ら家は、人ひとりが寝れるぐらいのスペースしか無い。
そこには散乱する木の板と、人間のモノと思われる頭蓋骨が二つだけ有った。
木の板にはびっしりと文字が刻まれてある。
「ジッガ、これ、文字か?
何と書いてる?」
ゼダに問われたが、内容は支離滅裂な殴り書きだった。
だが、意味の読み取れる箇所も有る。
要約された内容を繋ぎ合わせ推測してみると、この荒ら家の住人はアヴェーリシャからの逃亡者だと分かった。
貴族の横暴により妻子を殺され、苦悶を抱えながら逃亡し、【連なる山々】を越え、ここまで辿り着いたのだ。
木の板にはアヴェーリシャの王族貴族らへの血を吐くような怨みが刻まれている。
そして、ここにある頭蓋骨は恐らく妻と子のモノなのだろう。
己の妻と子の生首を抱え、ここで怨念を溜め込んだ男は、【悪しき神】に魅入られてしまったのだ。
「それが山向こうの戦により、
【闇の力】増幅しいき、
ありつるさまとなりきや。
哀しきことかな。」
「その男、サイクロプス、それは、分かった。
オーガーは? やつら、どこから来た?」
「推測でしかないが、
たぶん山向こうで戦死した者の魂が変質したのでは?
恨みを持って死んだ者が【悪しき神】に魅入られた可能性がある。」
「その可能性は高し。
かくて強き怨念に導かれ、
ここに辿り着きもこそ。」
「ソムラルディの言う通り、哀しいことだ。
これで私が祈りを捧げてしまうと、
この男の魂は地下へと引き摺られてしまうのだろうか?」
「ジッガ、祈れ。
このままでは、救われない。
せめて、妻と子、それだけでも。」
「うん、……そうだな」
先程斃したサイクロプスは罪無き民だった。
オーガーたちも、戦争に巻き込まれた犠牲者であるのかも知れない。
「罪無き者、せめてその魂が安らかならんことを願う。
その妻と子は、天へと還りゆくだろう。
その夫を、父を、私だけは許したい。
その怨みは斃され、霧散した。
闇に導かれた魂だが、欠片でも、天に還り給え。」
一心に祈る、妻と子を愛していた男の魂が、少しでも救われるように。
やがて、私の胸の内から、光の珠と暗闇の珠が溢れ出た。
ググァァァァ!
ギャアァァ!
暗闇の珠は苦悶の声と共に大地に呑み込まれ、光の珠は静かに天高く舞い昇っていく。
最後に一際大きな暗闇の珠が飛び出した。
それと同時に、二つの頭蓋骨から光の珠が飛び出す。
大きな暗闇の珠は二つの光の珠に抱え込まれるようにして、私たちの周囲を旋回する。
そうしている内に、三つの珠は私の胸の中へと吸い込まれていった。
「え?」
「おぉ?」
戸惑いながらも、私は再度祈った。
自治区での最初の死者、幼くして命を散らしたナパリィが思い出される。
最終的に天に還った彼女の様に、この哀れな男が妻と子に導かれることを願い、ただ冥福を祈った。
やがて、胸からするりと抜け出た三つの魂は、微かな輝きを煌めかせ、天へと昇っていった。
これが何を意味しているのか、今は分からない。
ただ、家族三人の魂に、平穏が戻ったことを喜ぼうと思った。




