1-8 さいきんの異世界転生
操縦も簡単。潜伏も自在。どこからともなく現れてどこにでも行ってくれる。人々の暮らしをどこからでも見守る。そんな優秀なスパイを手に入れることができた。
皆さんご存じ、“ゴ“で始まり“リ“で終わるアノ平べったくかさかさ動くあの生き物。
そう、「ゴリ(仮名)」だ。
ネオアトランティスの糞からゴリにたどり着くのにアリスが倒れてから3日かかった。ゴリには白血球とは違う強い免疫細胞とかがあったりして、感染までは苦労をした。ゴリは自分たちの排泄物も食べるので、その経路で運よく2匹目のゴリも手に入れることができた。
虫なせいか色こそほとんど解らないが、暗闇でも障害物は確認できるうえ、狭い隙間を移動して動けるため、情報収集力は一気に上がった。このまま、城中のゴリを統べてしまおうと思ったが、たまたまこの二回が運に恵まれてていただけで、その後は感染を成功させることができなかった。
ゴリ感染後一週間、犯人のほうは動きを見せず、アリスにも毒は盛られた形跡はない。おかげで自分はゴリを使った情報収集に時間を費やすことができた。
ちなみに、アリスは倒れた翌日には目覚めて、今はまた、部屋に軟禁状態で本を読んでいる。今回は昏倒のさせ方がうまかったのか、ときどき立ち上がって軽いシャドーを入れる元気さがある。コンソールのステータスも順調に回復していた。
苦労して感染したゴリはかなり有用な密偵だった。なんといっても虫だけあって操作がたやすい。城の中のほうまで入るのも物おじしない。しかも、危険を察知すると自動で隠れてくれる。ヤモリと同じように隙間に隠れることが可能で、え?こんな紙一枚しか入らないような狭い隙間なのに?ってな隙間にも入っていける。そして、その狭い隙間はどこにでもつながっているのだ。
奴らがいつも、どうしてどこからともなく現れるのかが分かった気がする。しかも耳までイイときたもんだ。
ゴリの協力を得て、城のあちこちを徘徊する。
犯人につながる直接的な情報はなかなか入ってこなかったが、それでも、一週間、メイドたちの会話を聴いてつなぎ合わせていくことで、いろんなことが見えてきた。
アリスについて。
アリスは王の先妻の次女だ。もっと幼いかと思ったが15歳らしい。ユリシスという兄がいた。前王妃であるアリスの母はライラと言い、アリスを生んでほどなくして亡くなった。
ライラは綺麗で少し風変わりで“アリスと違って“誰からも好かれていたようだ。「あの王女と違って、ライラ様は~」あるいは「ライラ様と違って王女は~」という言葉がライラの話題になるとかならず挙がる。身体が弱かったようで、年の離れた兄ユリシスからアリスまでの間、何度か死産を繰り返し、そして、アリスを生んで今度は自分が亡くなった。その間、王に愛人を作らせなかったか、王がライラにぞっこんで愛人を作らなかったか、どちらかのせいで(メイドの間でもどちらの説が正しいかは解っていなかった。)、王には二人しか世継ぎが生まれなかった。そのため、評判は良かったものの、王妃としては落第というのがメイドたちのライラへの寸評だ。
兄のユリシスは行方不明だ。ある日ふらっとどこかへ行ってしまったらしい。王家でそれってどうなのよ。金髪碧眼の超絶美男子で高身長、優しく声も甘くて、おまけに騎士団でも敵う相手がいないほどの剣の優秀な使い手なんだそうだ。
・・・15歳の時から10年以上行方不明らしいんだけど、誰が何を見たのか。噂って怖い。
まあ、10年たってもメイドたちにアイドル的に崇められるくらいの容姿だったのはたしかだろう。妹のアリスも顔だけは良いし。
一方のアリスは、まあ、嫌われている。母のライラやユリシスが話題に上がるときは必ず“様“付けなのに対して、アリスが話題に上がるときは絶対に敬称はつかない。一番良い呼び方で王女だ。そもそもの原因は、概ねメイドたちへの恫喝と粗雑な態度だ。これは自分も何度か目にしている。聞いた中でも一番ひどかったのは、一年くらい前、アリスがメイドたちを襲撃し、エルーザというメイドの顔面をひしゃげるまで殴ったことだった。
アリスの襲撃が行われた日は、メイドたちにとってはいつものような日だった。
彼女たちはいつものように貴族たちの部屋から夕食の食器を回収し、調理場の流しで片づけをしている最中だった。いつもなら、この後少し洗濯をして明日の仕込みをすれば、メイドたちの一日は終わるはずだった。特に娯楽の無いこの世界では、早く仕事を終える理由もなく、赤黒メイドたちが洗濯場でやっていたようにダラダラと話しながら仕事を進めていたことだろう。
突然、調理場の扉がはじけ飛ぶように開き、厄災が入って来た。
アリスだ。
アリスは鬼神のごとき形相で、その部屋にいたメイドたちを睨みまわしロックオンすると、近くにいたメイドから順に片っ端から殴打していった。
アリスの背は小さいので、普通ならアリスの頭の位置よりも高くにあるメイドたちの頬を引っ叩いていく姿を想像するところだろう。
が、部屋での武術訓練やアルトへの流れるような攻撃を見ていた自分には、ボディーに一発入れて頭が下がったところにいハイキックを入れるアリスの姿や、足払いで体勢を崩し、対象が転倒しきる前に顎に掌底を叩きこむアリスの姿が容易に想像できた。
当時のメイドたちの中でリーダー的な存在だったのがエルーザだ。
エルーザはメイドたちを殴り倒して行くアリスを止めようと果敢にもアリスの前に立ちはだかった。
王女はエルーザの静止の言葉などに耳を貸さず、「あんたがエルーザね。」と一言呟くと馬乗りになって気絶するまでエルーザを殴り続けた。メイドたちはそういう言い方で表現していたが、たぶん馬乗りなんて優しいものではなく、マウントに持ち込んでK.O.した、ってことなんだろう。メイド長と城の兵士がアリスを引き離さなかったら、エルーザは撲殺されていたというのが大方の見解だ。
それ以来、アリスはメイドたちにとって恐怖の対象だ。全メイドがアリスを拒絶し、結果グラディスが一人でアリスの面倒を見ることになった。
殴り倒されたエルーザは実家に帰っていき、城には二度と戻ってくることはなかった。前歯折られたというし、しょうがない。
この件を語るにあたりメイドについても少し頭に入れておくべき情報がある。
メイドたちは何気に生まれが良い。端的に言うとメイドは貴族たちの娘たちがほとんどだ。末子や妾の子供、側室の子らの中で爵位が回ってこないものや、正妻の実子でも何かしらの問題を抱えて奉公に出された娘なんかで構成されている。いわゆる名誉職ではあるようで、メイド達もそれをよりどころとしている。メイドたちの個室がかなり整えられていたのもそのためだ。
ただ、貴族の娘でありながらメイドという地位に落とされ、場合によっては同じ貴族の娘たちの面倒を見させられるわけで、メイドたちの世界は闇が深い。
メイドたちの間では、その劣等感のせいか出自に対する自慢が多い。ヒエラルキーもそこで決まる。
彼女たちは貴族たちを下に見ることはない。それがアリスであっても、王女であり自分たちよりも上のものであると認識している。そして、その上で嫌う。死ね、嫌いとは言うことはあっても、自分より下位の人間としては扱うことはない。例えるなら大嫌いな上司といった感じだろうか。
ただ、メイド同士では別だ。メイドの格付けは身分で決まる。身分的に劣っているものは、人間としても劣っているとみなすのだ。くわしくは解らないが、生まれた家の爵位や出生の立場でその序列は決まっているようだ。上位の人間は下の人間を劣っているとみなし、下の人間はさらに下の人間を見下すという力関係になっていた。
そして、その一番下にいるのがグラディスらしかった。先ほどメイドは”ほとんど”貴族と言ったが、それはグラディス以外みんな貴族の血を引いているという意味だ。なので、後ろ盾もない、最下層のグラディスが凶悪な王女の面倒を見るということに落ち着いたようだった。
さて、アリス暗殺の件においてめんどくさいのは、このエルーザというメイドが、メイドの中でリーダー的ポジションにあったということだ。つまり、位の高い貴族の娘だったというわけだ。そして、どうやら、エラスティアと関係のある娘だったらしい。
つまりアミール派閥のメイドということになる。そういえばロッシフォールも自分のとこのメイドが襲撃を受けたとか言ってた気がする。たぶんこのエルーザという娘の事だろう。
アミール派はどちらかというと今のところはアリスを殺さないほうが都合がいいはずで、黒幕からは除外したいのだが、予想外の怨恨が出てきてしまった。アリスを殺さないほうが良いとは言っても、継承権的に目の上のたんこぶであるこにとは変わりない。もしも、エルーザという娘がエラスティア公とやらの血縁だったりすると、娘の前歯を折った王女を叩き潰そうとしたとしてもおかしくはない。ロッシフォールがアリスに対して嫌味ったらしかったのもこの件のせいかもしれない。
アミールについて
アミールは王の後妻の息子だ。ライラに先立たれ傷心の王に、エラスティア公が自分の姪をあてがい、そして生まれたのがアミールらしい。さもないと世継ぎがアリスしかいなかったわけで、権力云々以前に必要な処置だったのだろう。
生まれたのは王子であったが、王はアリスを継承権1位、次に妹のルイーズの子供のジュリアスを継承権第2位として変えず、アミールはその後ろに継承権第3位としてくっついただけだった。
今もそのまま変わっていない。
その後、王は身体を壊し、現王妃はどこかに籠ってしまった。
メイドたちの噂によると、王がいまだにライラのことを思い続けているため、王は体調を崩し、現王妃は実家に帰っていったということらしい。
ちなみに誰も「王」と「王妃」としか呼んでくれないので二人の名前がいまだ判明していなかったりする。
エラスティア公が現在、王の身辺の面倒を見ている。先日の赤黒メイド曰くでは、アミールが継承権第二位になるのに十分な年齢になるまで死んでもらっては困るからだ。赤黒メイドの話していたことが本当なら、アミール派は今アリスに死んでもらっては困るはずで、そういう意味ではアミールの関係者は容疑者リストの上のほうには居ない。
ジュリアスについて
アリスに次ぐ、継承権2位。王の妹ルイーズの第一子でアリスの従兄弟にあたる。アリスより少し年上。
アミールが生まれる前、ユリシスが行方不明になり、アリスしかいなかったときに第2位に据えられた。アリスがもともと病弱だったこともあり、アミールの誕生までは次期国王候補の最大手と目されていた人物である。城に住んでいないためか、その人物像は全く不明だ。一方の10年以上行方不明の王子はなぜだか素晴らしい容姿性格が今でも噂されていることから、なんというか、噂にならないのはそういうことなのだろう。女性ってときに残酷だ。
ベルマリア公爵がジュリアスの後ろ盾であり、ルイーズが母である。メイドたちの会話に出てくる最有力のジュリアス派のステークホルダーはこの二人だ。この二人が今のところの黒幕候補No.1だ。
ベルマリア公爵はエラスティア公爵のライバルで国内屈指の有力貴族のようだ。ことあるごとに二人は衝突しているらしい。ただ、ベルマリアは、権力、金銭、領地的には有力貴族であるものの、政治的立場ではエラスティアに大きく溝をあけられているらしい。そのため、ジュリアスを擁立して次期政権を掌握することを目論んでいてもおかしくない。正直、メイドの会話からの受け売りである。
一方のルイーズは、年齢がある程度行ってからできた子供であるジュリアスのことを溺愛しているらしい。こちらも、エラスティア公が王に新しい王妃をあてがったように、ベルマリア公は自分の息子をルイーズの婿とした。ユリシスが行方不明になったのもベルマリアとルイーズが糸を引いている可能性があるらしい。
自分としてはジュリアス自身も怪しいと踏んでいる。病弱なアリスを除けば、最も王に近い人間だ。今のタイミングで、王と王女が死んだときに最も得をするのは取り巻きではなく彼自身であろう。
その他の候補について
ジュリアス、アミールの下にも継承権の低い候補は居るらしい。が、メイドたちにはほとんど相手にされていない。第四位以降の継承順は公的には決まっているものではないらしく、自称の継承権のようなものらしい。王位継承に関する事柄がそんなんでいいのかとも思うが、継承権があると名乗ること、名乗れることが貴族の格を確かなものとするらしい。ブランド的なものなのだろう。
そんなわけで、ここら辺はモブとして気にしないで良いと思っている。エラスティア、ベルマリア両公爵以外で王選に関与してきそうな貴族がいっさい話題に上がらなかったからだ。
黒幕についての情報収集についてはこんなところだ。
他にも、城の中に何があるかとか、この国で今何が流行っているかとか、あまり王女と暗殺に関係ない事柄についてもよくよく入手できた。
そして、もう一つ今回の件に関連する情報が一つ。
アリスの病気について
と、言っても、アリスの病気が何なのかという話ではなく、アリスの病気を皆がどう思っているかについてだ。
昔は、アリスの病気はうつるものと思われていたようだ。
幼少期のアリスはほかの貴族たちからは避けられて過ごしていたらしい。ユリシスに去られ、ライラを失った王だけが周りの制止を聞かず、アリスをライラの忘れ形見として溺愛し普通に可愛がっていた。そんな王が病気になってしまったことから、病気をうつしたとして、ますますアリスは孤立することとなる。
何人もの医者が診察に来るものの、アリスの病気を治すことはできなかった。症状としては時々気絶するだけであったが、原因が分からず、気絶後は衰弱が激しいこともあることから、どの医者もアリスは長くはないという判断をしたようだ。
それをどうしても信じたくない王は次々と医者を招き王女を診察させた。
そんな中、王に都合のいい診察を下したのがアルトだった。一部では王に取り入りたかっただけという見方もある。
そりゃ、まるで医者に見えないマッチョな大男が、医者だと名乗り、ほかの医者がさじを投げた病気を治すと言い出し、結局何年も治っていないわけだから、そう思われても仕方がない。ただ、アルト自身はどこの馬の骨ともわからない人間ではなく歴とした伯爵の息子で、自身も爵位を持っているらしい。
ともかく、アルトは王女を治すと王に宣言した。
アルトはまずはネオアトランティスを王女に与えて、王女の病気がうつらないことを証明する。というより、ネオアトランティスにうつらなかったことを言い訳に、アリスを城内に解き放った。
結果、誰にも病気はうつらなかった。
結局、実績がものを言い、アリスの病気はうつらないものとして表面上は受け入れられた。そもそも、うつることを心配したところで、アリスのほうが城内を徘徊してやってくるのでどうしようもない。
それでも、今もなお、「体調が悪い人間にはうつるよ派」と、「アリスが昏倒した直後はうつるよ派」がいるっぽい。エルミーネがアリスが倒れた後しばらく来なかったのは、後者だからなのだろう。そもそもアリス自身もその可能性があると思っている節がある。だから、気絶後はしばらく部屋から出ない。
もちろんそんなの関係なくうつるし、逆にそんな無差別にポンポンうつったりもしない。自分が転生してくる前はともかく今は保証する。
とりあえず現時点での情報収集はこんな感じだ。
そろそろ、実行犯も動き出すころだ。
その前に、メイドたちの情報ではなく、もう少しベルマリアやルイーズに近しい人物、もしくは本人たちから情報を収集したい。実行犯に感染してしまえばすぐに何かわかるのかもしれないが、直接黒幕とつながっているとも限らない。黒幕の正体にたどり着く前に口封じされてしまうかも知れない。
ところで、今回アリスが倒れた後、グラディスがアルトを呼んだ訳だが、その後やってきたアルトはアリスを素早く診察すると、グラディスに大丈夫なので寝かせておくように伝え、アリスが目覚める前に立ち去っていた。賢明な行動だ。
だが、アリスはほとぼりが冷めることを許さなかった。
気絶後一週間、いつもならばおとなしく回復に努めているアリスだが、今回は、やや元気になって来たかと思うと、本を読むだけでなく体を動かし始めた。
今回はうまく気絶させたせいかステータス的にもそれほど問題はない。いちおう、ステータス見ながら、その日の増殖とかを手加減しているのもアリスの回復が早い理由だろう。
パンチのキレが病み上がりとは思えないほどに良いのだが、その仮想の対戦相手はアルトなのだろうか。このシャドーがアルトを叩きのめすためでなく、力が余ってるせいだと信じたかった。
しかし、残念なことに一週間後の本日、アリスは早速アルトを呼びつけた。
がんばれアルト、死ぬなよ?
とは思いつつも、アリスのマーシャルアーツがどうアルトに炸裂するか、アルトは今回アリスの攻撃をどうしのぐのか少しワクワクする。特等席のネオアトランティスから状況を観戦しよう。
「さあ、アルト。どういうことかしら?また倒れたんですけど?」アリスはあからさまにアルトとは目線を合わせず、シャドーボクシングをしながら、部屋に入って来たアルトに言った。
これはヤル気ですわ。グラディスは部屋の隅で関わらないように静かに控えている。
いつもの白い貴族服に身を包んだアルトは腕組みをしたまま、胸というか胸筋を張って、部屋の扉を入ったところでおとなしく立っている。動じていないようにも見えるが、実際のところ、顔色は日焼けのせいでよくわからない。その腕組みは余裕なのだろうか。それとも、虚勢なのだろうか?
「アルト先生は言いましたぁ。この注射をすれば治りますぅ。」アリスが続ける。ロッシフォールばりのねちっこい口調だ。「注射までしたのにまた倒れました。注射までしたのに。」大事なことなのか二回繰り返す。もしかして怒りポイントそこかよ。
アルトは動かない。アリスに問い詰められて小さくなっているようにも見えるし、全然気にしていないようにも見える。マッチョはわかりにくい。
「どういうことか答えていただけますでしょうかぁ?」アリスはシャドーを止めて、アルトに前に向き直ると斜め下からアルトの顔をのぞき込むように睨みつけた。アリスの丁寧語は、王家のそれではなく、肩がぶつかった相手にチンピラが絡む時のそれだ。
アリスに問い詰められてついにアルトが口を開いた。
「今回の昏睡は王女のご病気のせいではなぁい!!!」
「あぁん!?」「あぁん!?」 あぁん!? 順にアリス、グラディス、自分。
言うに事欠いて何を開き直っているのか。
あのグラディスまでもが余りのとんちきなアルトの返答に「あぁん!?」とか言っちゃってたよ。
いや病気のせいだよ?病原菌の自分が保証するよ?自分が気絶させたんだよ?
「今回は私の薬が効いている故、別の理由で倒れたに違いない!!!!!!!!!!!!!」
「あぁん!?」「あぁん!?」あぁん!?
おいおい、マジか?
「よしんば、王女殿下のご病気のせいだったとしても、薬がまだ完全に効いてこないうちに何らかの外因があって、それらの複合要因で昏倒した訳ですぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
アルトの迫力というか押しつけがましさがセリフを重ねるごとに増していっている気がする。
てか、もう病気のせいかもしれないとか言っちゃってるじゃん。
もはや全員呆れて、というか、アルトの論理についていけず声も出ない。
「アリス殿下。今回はいつもの昏倒とは違っていた。そう私は確信しているのだが?」開いた口がふさがらないでいる二人と一菌に、ここぞとばかりにアルトが畳みかける。
「そんなの無いわよ!」アルトの問いかけが的外れだったので、アリスが呆れ状態から回復して答える。
「では何故。アリス君は今回はもう元気に運動しているのかな!!」アルトがどうだとばかりの声を上げる。「そのお洋服はたしかお気に入り順で3着目のスウェットだよね? もしかして、一昨日にはすでに運動できるほど回復していたんじゃないかい?」
こいつ目ざといな。そしてキモイな。
「それは・・・・そういえば・・・そう・・かも?あれ?」アリスが少し戸惑いながら考え始めた。
いやいやいやいや。アリスそれはちょろい!ちょろすぎる!!
「いままで、倒れたあとこんなに早い日数で運動できるくらい元気になったことがあったかな?ふふん?」
それは自分がうまく気絶させたせいだよ。
グラディス、アリスがダメだ!何とかしてくれ、ってグラディスもハッとした様子かよ!二人そろって素直か!!
「そ、そうね。今までこんなことは無かったかも・・・。」アリスは腕を組んで記憶を探っているようだ。
こりゃダメだ、完全にアルトの思うつぼだ。
「そうでしょうそうでしょう。」アルトは満足そうに言って鼻をならす。「んふっふっふ。きっと他にもきっと薬の効果は出てたと思うよ。考えてみるといい!」
アルトがここにきて余裕の笑みを浮かべ始めた。今までのはやはりポーカーフェイスだったか。アルトのドヤ顔がとても腹立たしい。
「そういえば、今回は倒れる時もいつもと違って、倒れないで踏ん張れるかもしれないって思ったわ。いつもだと気づいたら倒れているのに。」
それも自分がうまく気絶させたせいだよ。
「ほらほらほらほら。」アルトがアリスの余計な発言に食い気味に同調してきた。あきらかにアリスが後出しした案件に乗っかってきただけだろ。「私の薬が効いている証拠だよ!」
違うよ!
「結局、倒れたじゃないの。」
「あの薬は遅効性なのでごじゃるよ?」アルトの目が泳ぐ。
アレは、遅効性というには遅すぎましたよ?先生。
「それに、おそらく他の要因で体に負担がかかっていた時に、病気が発生したせいで、私の完璧な薬でも完全には押さえきれなかったのかと。医学にイレギュラーはつきものなのだよ。」
言い訳王か!
もう、アルトに嫌がらせするためだけに今この場でもう一回気絶させるというのはどうだろう。
「他の要因?」
「十中八九、アリス君が頑張りすぎて疲れたのが原因だと思うね。薬が効いて少し調子がいいからってヤンチャしすぎたんじゃないかな。」
華麗なる責任転嫁。なんで、いつのまにかアリスのせいにまでなっているのだろうか。
「してないわよ。とうっ。」そういって、アリスはアルトの腹めがけて飛び蹴りすると、そのまま筋肉に跳ね飛ばされてベッドに落下した。あらかじめ跳ね飛ばされるつもりで跳んだ感じだった。アルトは許されたのだ。
「薬の効果は出てるみたいだし、正直近々はまだ様子見だけれど、これを乗り切れば、1年くらいは倒れないと思うよ。その後再発するようならまた薬を使うかな。」アルトが優しい声で諭すように言った。
いやいや、なにまとめにかかってんの?そしてなんで1年も大丈夫だと思ったんだ?いやむしろ何で逆に1年なんだ?時間稼ぎのために口から出まかせ言ってんのか??
「また、注射はいやね。」と言って、ベッドで上半身だけを起こしたアリスの顔は笑顔だった。
「アリス様‥‥」グラディスもとてもうれしそうだ。
物心ついたころからアリスを苦しめ、周りから孤立させていた治る見込みのない病気に対して、ようやく光がさしたのだ。確かに今回また倒れた。しかし、その倒れ方はアリスにとってそれは薬の効果を感じさせるものであった。
アリスとグラディスはようやく現れた、病気が治るかもしれないという希望を静かにかみしめていた。
ダメだろ。
治ってないよ?治ってないよ?治ってないよ?
しかも、なんだったら、今毒殺されようとまでしてるからね?泣き出しそうなグラディスが滑稽だよ。
アルトも満面の笑みでアリスとグラディスの様子を見ている。アルトは本当に自分の手際を信じているのだろうか?それとも、ただ、その場をしのぎ切ったのがうれしいだけなのだろうか?もしかして、薬が効かないことなんかもともと知っていて、それでも口から出まかせを言っているのだろうか。
あ、いまアルトのやつ、こっそり額の汗拭きやがった!




