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1-6 さいきんの異世界転生

 断言する。今回は不用意には増えていない。

 なんだったら、倒れる少し前は調子悪そうなのに気づいて増殖を少なめに設定していたくらいだ。


 それでも王女は倒れた。


 またエルミーネは来なくなり、その代わりにアルトが現れた。アルトはアリスを診察すると、また、病気のせいだとアリスに告げた。

「そんなん分かってるわよ。」アリスがぶっきらぼうに言う。

 しばし沈黙。重い空気が流れる。

 真っ先にアルトに文句を言いそうなアリスだが特に何の文句も言わなかった。

 グラディスが後ろで泣きそうな顔でハラハラしている。

「最近倒れるのが多いね。」アルトはそう言うとなぜかネオアトランティスに向き直った。「ネオアトランティスに何か変わったことは?」

「なんでよ・・・。うつらないって言ったじゃん・・・。」アリスが珍しく不安そうな声を出した。

 うつしてます、ごめんなさい。なんだったらグラディスにもうつそうとしてました。

「万が一、万が一。」アルトはそんなアリスの様子にはお構いなしでネオアトランティスから視線をそらさずに言う。「もし、アリス殿下の病気がうつるのものであれば、まず病気に弱いネオアトランティスに症状が出るんだ。」

「とくに何もないわ。変な踊りを憶えたくらいよ。」

「ほう?」アルトはしばらくネオアトランティスを見つめた。筋肉隆々とした大男にのぞき込まれ、ネオアトランティスはいそいそと鳥かごの隅に逃げた。アルトは顎を撫でながら、ネオアトランティスにだけ聞こえるように「ほいっほいっ」と、声をかけながら、踊りを促すように頭をリズミカルに上下させた。ネオアトランティスはますます止まり木の隅に寄り、小さくなってくちばしを開けたまま震えている。

「元気そうなので大丈夫!!」アルトはネオアトランティスが踊ってくれないと判断すると自信満々で言ってアリスのほうに振り返った。

 大丈夫もなにも、ネオアトランティス怯えてただけだったぞ?

 それでもアリスが少しほっとしたのが分かった。

 アルトは本当は感染を確認するためではなくて、アリスを安心させるためにネオアトランティスのことを聞いたのかもしれない。

 でも、本当はすでに感染済みです、まじごめんなさい。

「アリス殿下、」アルトはかがんで、ベッドに座っている王女と目線を合わせた。「アリス殿下の身体の中の病原菌は増えたりもするし減ったりもする。それに合わせて殿下の状態は左右されてしまう。それだけじゃなく、その病原菌が君の中で何かしらの活動を積極的に行うとやっぱり君は衰弱してしまうんだ。」

 もしかして、増殖だけじゃなく感染活動とかもアリスに負担をかけるのか?

 正直言うと最近、グラディスに【感染】しようといろいろ試していたが、それが原因か。アルトの言い分がどれだけ正しいか分からないが、どうも増加だけでなく活動自体も考えながら行ったほうがよさそうだ。

「それ、あたし、どうしようもなくない?」

「・・・はっはっはっ。」アルトがこりゃまいったねというかんじで笑う。「・・・はっはっはっ。」

 いや、何か言えし。

 アリスがあきらめ顔でため息をつく。

「まあ、身体の状態をよく観察しながら、危なそうだったら休むことだね!!」

「それを何とかするのがあんたの仕事なんじゃないの?」アリスが眉間に思いっきりしわを寄せる。

「そんな顔をしな~い。」アルトが笑顔で言う。「よろしい、ではこのアルトが次に来た時に素晴らしいお薬を持ってこようではないか!!むっふっふ。前回言っていた薬がもうすぐ完成しそうなのだよ。むっふっふ。」

 そんなこと言ってたっけか?

 グラディスのおでこ治療してる間に言ってたような気もするが全力で聞き流していたので正確なところは思い出せない。そして、ところどころに漏れる笑い声がキモイ。

 アリスはアルトの気味の悪い笑いにますます不愉快そうに眉をひそめた。でも、元気のないアリスよりは他人に苛立っているアリスのほうがまだよい。

「期待していてくれたまえ、アリス君!」アルトが自信満々に胸を張る。こいつときどき慇懃無礼だ。アリスはそういうところについては気にした様子はない。単に慇懃無礼さ以上にアルトの不快さに苛立っているだけかもしれないが。


 アリスはアルトが帰ると、黙って枕に八つ当たりをはじめた。美少女が枕に八つ当たりする可愛らしい絵面を想像するかもしれないが、アリスの八つ当たりは、枕を天蓋の柱にたたきつけて破壊を試みるという行為だ。腰の入った良いスイングだ。もしかしたら枕に八つ当たりをしているのではなく、枕で天蓋に八つ当たりしているのかもしれない。

 天蓋も枕も壊せないくらい丈夫だと分かると、アリスは布団の上に突っ伏した。

 たぶん、枕から羽毛一つ出てこなかったのはグラディスの功績なんだろう。王女が暴れているのをはらはらしながら見ていたかと思いきや、アリスが枕の破壊をあきらめた瞬間、小さくガッツポーズをしたのがネオアトランティスから確認された。

「くっそー。ムカつく!」突っ伏したまま、布団を枕で二回たたく。アリスがムカついているのはたぶんアルトにでも枕にでもなく、アリスの中の病原菌、つまり自分に対してだ。

 アリスの事など考えず、ハエドローンだー、などと楽しんでいた自分が恥ずかしい。アリスのことを暴君だなどと思っておきながら、所詮はアリスに害を与えるだけの細菌なのだ。

 今までずっと看病していたせいで目に見えて疲れていたグラディスがアリスに言われて下がった。アリスはグラディスを見送る(追い出す)とベッドに腰を掛けた。今日は本も読まないようだ。

 しばらくして、アリスがネオアトランティスに話しかけた。「ごめんね。あなたに最初にうつしちゃうかもしれないみたい。」

 もう今はないはずの胸がズキズキと痛む。

 慰めてあげたい、声をかけてあげたい、あやまりたい。

 いずれも細菌の自分にはできないことだ。

 どのみち、細菌じゃなかったとしても、気のきいた言葉なんてかけれらるわけじゃない。どうせ、キモイ自分語りになるのが落ちだ。


 でも、それすらもできない。


 ネオアトランティスが心配そうにアリスを見つめた。

 お前、なんか言ってやれよ。

 少しだけ【操作】スキルでネオアトランティスを促す。ネオアトランティスは何も言わず可能な限りの高速で例の謎の踊りを繰り返す。ネオアトランティスの精一杯が彼の中にいる自分には伝わってきた。

 ひゅんひゅんと音を立てて上下運動するネオアトランティスをみてアリスはすこしだけ笑う。

「ねえ、ネオアトランティス。飛びたい?」アリスが立ち上がってネオアトランティスを見つめて言った。「どうしてこんな体で生まれちゃったのかしらね。」

 ネオアトランティスはじっとアリスの言葉を聞いていたが、アリスがまだ元気がない様子だったので、さっきよりも全力で体を上下させた。

「ありがとう、ネオアトランティス。」アリスが嬉しそうに笑った。「大丈夫、どこまでいけるか分からないけど、いけるところまで頑張るもの。できることは何でもやってやるわ。それまでよろしくね。ネオアトランティス。」

 ネオアトランティスは踊るのをやめ嬉しそうに二つはばたくと「よろしくアリス、よろしくアリス。」と繰り返した。

 アリスは少し元気を取り戻したようだったが、自分には“それまで“という言葉がひどく心に残った。

 次の日もその次の日もエルミーネは来なかったが、アリスは部屋にこもって一人本を読んで勉強をこなした。さすがに運動はしなかった。

 アリスのこの勤勉な姿は今までも見てきた光景だったが、今は時間を少しでも無駄にしないよう焦っているかのように見えて少しつらかった。



*****


前世。


 自分は快活な子供ではなかった。むしろ、どんくさく、頭もよくなく、その結果自信もあまりない子供だった。当時はやっていた子供向けアニメの悪役と声が何となく似ていたので、小学校の頃はその悪役のあだ名で呼ばれていた。人をそのキャラクターの名前で呼ぶのはちょっと褒められたことではない、そんな名前のキャラだった。

 でも、それは別に悪意からではなく、純粋なからかいと、特に面白いところのない自分を仲間に入れてやろうという子供たちなりのコミュニケーションのありかただったのだと思う。

 もちろん当時はそんなことを考えていたわけではなかったが、そのキャラクターをマネするだけでみんなは喜んでくれたし、そのおかげでみんなに溶け込めた。勘違いでなければ、みんなの人気者だった時期もあった。小学校の間は、みんなとは仲良くやっていた。

 地元の中学に入ると、時をそう置かずに、新しいクラスメート達にそのあだ名が知られることとなった。

 今度はあだ名の使われ方が違った。純粋なからかいではなかった。そのあだ名は自分をバカにするために、彼らがマウントを取るために使われた。そのあだ名によって小学校の時と同じように友達ができるわけでもなく、スクールカーストの底辺に追いやられていった。小学校のころ友人だと思っていた連中も自分のことを避けるようになった。

 結局、本当の友達なんてものはいなかったのだ

 特に、直接いじめられることはなかったが、一人孤立してクラスの残念な奴というポジションに落ちついた。クラス全員が誰にせよ、自分よりはマシな存在であった。また、自分は彼らが話題に事欠いた時の嘲笑の対象でもあった。話しかければ“対応“してくれたが、もともと人に溶け込んで行くのが苦手な自分は、その対応を求めることすらしなかった。もちろん、この状況を打開する能力はなかったし、助けてくれる友人もいなかった。


 一人学校に通い、ただ、黙々と授業をこなす日々を過ごしていた時、学校からの帰り道で、自分と同じあだ名で呼ばれている松葉杖の少女と出会った。

 彼女は小学生になったばかりで、彼女をそう呼んでいたのも同じクラスの小学生たちだった。自分が小学生の時にそのあだ名で呼ばれていた時とは違い、今の自分と同じように嘲笑と暇つぶしの対象として、彼女はそう呼ばれていた。

 黙っていることはできなかった。あまり褒められたやり方ではない方法だったが助けに入った。正直に言うと、小学生相手に叫びながら石を投げた。何を叫んだかは本当に覚えていないが、きっとなんかよく分からないことを口走っていたんだと思う。追い払われた小学生たちもいじめをしていたのを知られたくなかったのか、自分が不審者として連絡網を流されることはなかった。

 女の子は変なお兄さんが来たためおどおどしていた。その様子を見て少し冷静になった・・・というより、慌てて頭をフル回転させてこの場を取り繕うとした。自分は例のキャラクターの声マネで、大丈夫だったかい的なことを言った。

 女の子はキョトンとして自分を見つめていたが、少し間をおいてクスクス笑い出した。女の子の警戒がとかれて安心した自分は矢継ぎ早にそのキャラの物まねを繰り出す。小学生の時にさんざんやってみんなを笑わせた物まねだ。少女は大笑いしながら、最後にはもっととせがんだ。


 少女は、名前をリナといった。見た目はもちろん声も特にそのキャラクターとは似ていなかった。

 彼女は足の骨の病気だった。端的に言うと足の骨が早く成長し定期的に削らなくてはならない奇病だった。そして、この病気が何かしらの細菌が原因であることが判っていた。自分とリナのあだ名の元となったキャラクターは細菌を使うキャラクターだったので、このことがリナにこのあだ名がついた原因らしかった。

 それから時々彼女と会うようになった。正直、小学生との会話はつまらなかったが、ほかにやることとなんてゲームくらいだったので別に良かった。

 当時まだ中学生だった自分は、分不相応にも彼女の病気を治そうと決意した。本当のところ、リナを助けたいというよりは、ヒロイックな自分に酔っていた。クラスの奴らと違って、自分には崇高な目的があるのだと思っていた。いわゆる中二病だったんだと思う。

 ちょうどその時期、成績が上がっていた自分は調子に乗って、リナを直すための勉強にいそしんだ。クラスになじめず孤立していたことも拍車をかけ、結局、中学のみならず、高校3年間もきちんと勉学に勤しむこととなった。

 リナとは時々会っていた。彼女は松葉杖をついていることが多かった。特に彼女が中学に進学した後は必ず彼女は杖をついていた。足の骨を削った後はそうなるのだそうだ。

 彼女とはたくさん話をした。と言ってもこちらが一方的に自慢話を聞いてもらうだけだったが、彼女は黙って聞いてくれた。途中でしゃべっているのが自分だけだと気づき、それが気まずくて、自分が医者になって病気を治すから!みたいな、アルトのことを笑えないような何の根拠もない自信満々の約束をした。当時は本気で彼女治せると信じていたし、彼女もそんな言葉が聞きたいようだった。

 たぶん、今思えば自分はリナのことが好きだったんだと思う。


 結局、中学、高校とそれなりに努力をしたが、志望の大学には落ちた。医学部の壁は高かった。

 そして、時を同じくして、リナがこの世を去った。骨の病気に起因する癌だった。


 どん底だった。ずっと勘違いしてきた挙句、最初の階段を登るところで現実を突きつけられた。

 自分には力がなかった。医者になる能力も、彼女を助ける力もなかった。


 ある日、リナの両親が訪ねてきた。心神喪失に近かった自分は彼女の両親にとある小さなコミュニティに連れられて行った。そこはリナと同じ病気を持つ人やその家族の集まりだった。

 みんな、リナと同じように悩んでいた。足の骨を削る直前も地面に足をつけないほど痛いらしい。そして削った直後もやはり痛いらしい。それが右左交互にやってくる。さらに、骨の異常な成長のため、寝ていても目覚めるほどの激痛が来ることもあるそうだ。

 リナはそんなこと一切話さなかった。しゃべっていたのは自分だけだった。できもしないカッコいいことを、ただ自己弁護のためにしゃべっていた。

 自分はリナを救えない。

 きっと彼女はその事を知っていた。

 コミュニティの子供たちはみんな苦しんでいた。間違いなく、リナもだった。

 呆然とその会合を眺める自分に、リナの両親が頭を下げた。

 正確な言葉は覚えていない。

 でも、最初と最後だけ、なにを言われたかはしっかり覚えている。

 最初は感謝の言葉だった。

 娘の心の支えになってくれてありがとう、そんな感じの内容だった。その言葉は深く深く自分の心に突き刺さった。そのありがとうは、そのままリナの言葉でもあった。


 そんな言葉を貰う資格は自分にはなかった。


 そして、最後は「お願いします」だった。

 リナと、彼女と同じ病気を持つ子供たちを救ってください、そういう意味だった。

 大学にも落ちて行く先も決まっていない自分に、こんな自分に、リナの両親は深々と頭を頭を下げた。

 娘の遺志、だそうだ。

 生まれて初めて本当の意味で頼られて、託されて、泣いた。

 本当は、もっと前から、リナと出会ったときから、ずっとずっと頼られていたんだということに気がついて、さらに人目もはばからず泣いた。

 情けなかった。悔しかった。不甲斐なかった。恥ずかしかった。

 とても悲しかった。

 彼らが自分の本当の友達じゃなかったように、自分もリナが本当に頼れる人間たりえなかった。


 大学に入るのには3年かかった。医者になるのはもっとかかった。さらに時間をかけて、ようやくその病気の研究医のポストにつくことができた。

 研究医になっても、リナの病気に関して結果を出すことはできなかった。

 結局、糸口を見出したのは他の研究医だった。その成果によって一つのプロジェクトが立ち上がった。

 どうしても、少しでも役に立ちたくて、そのプロジェクトに参加した。

 まわりの仲間が優秀で、自分はあまり役には立てなかった。

 せめて少しだけでも役に立ちたくて、実験段階での被験者として立候補した。


 そして、何もできず死んだ。


 何の因果か、今は細菌に生まれ変わってアリスを苦しめている。リナを苦しめた病原菌のように。



*****



 アルトが再びやって来たのはほんの数日後だった。

 アルトはとてもご機嫌だった。コートの上からでも分かる厚い胸板をヒクヒクと動かす。

 アリスは露骨に嫌な顔をしたが、とくに何も言わなかった。たぶん相手にするのがめんどくさいんだろう。机に向かって本を読んでいる。

「テレテテッテレー。約束のお薬ができましたとも!!」気持ち悪い声で、アルトが小瓶をカバンからどや顔で取り出す。ていうか、秘密道具出すときのその効果音は異世界でも共通なのか?

 せっかくのテンションもアリスが何の反応も示してくれなかったので、間を埋めるようにアルトが続ける。

「これで、アリス君の中の毒を抑えることができるんだ!やったね!!」

 アリスは極力アルトに興味を持っていない様子を続けていたが、その言葉に、一瞬だけピクリとする。

「この薬で、アリス君は今後もう倒れることがなくなるんだよ!」アルトが自信満々でアリスに告げた。「褒め称えたまえ!!私でなければたどり着けない成果!!苦節三年!」そう言って肘を締めるようなポージングをした。ボディービルダーがよくやるなんか名前が付いているポーズだ。

「ほんとでしょうね?」アリスがいぶかしでな視線をアルトに送った。

「ほんとほんと。」ようやく興味を示してくれたアリスに全然ほんとっぽくない返事を返すアルト。こいつ、王女より身分低いんだよね?

「じゃあ、次倒れたら、そのキモイ筋肉禁止ね。」

 いや、筋肉禁止って。

「・・・・あと一回だけ倒れていい方向でお願いしますじょ。」即座に手のひら返しするアルト。病原菌が言うのもなんだけど、ほんとに大丈夫かよ。

「ほんとに治るんでしょうね。」アリスがアルトに向き直り、あらためて確認する。

「もちろん。」アルトは自信満々に答えた。

「いいわ!試してみようじゃないの。」アリスが薬を渡せとアルトに向けて手のひらを広げた。

「承知。」忍者か侍のごとき返事をするとアルトはカバンから注射器を取り出した。

「!! 注射なの!?」

「イエース。」アルトが注射気の先から透明な液滴を押し出しながら、気持ち悪く笑った。


 そこからのアリスの反応はすさまじかった。まさに電光石火だ。


 椅子から立ち上がりざまに、アルトの腹にパンチ。打撃の感触からダメージを与えられていないと判断すると、即座にパンチを引っ込める反動で一歩後退、その流れで右脚を振りかぶり今度はアルトの金的を蹴り上げた。この間およそ1秒。

 ごつんと、無機物とぶつかった音がして、痛がったのはアリスのほうだった。

「ひきょうよ!!」右足の甲を押さえて飛び跳ねながらアリスが言った。

「どっちが。」アルトがズボンの中から金属のいわゆるファールカップを取り出した。

 アリスにドン引きだ。ファールカップががっつり変形している。ファールカップしてなかったらどうなってたんだこれ。もう無くなっちゃったけど、アレがキュウっと縮んだ気がする。

「グラディス。」アルトは金玉ガードを投げ捨てると、アリスのほうを向いたままパチリと指を鳴らしてグラディスを呼んだ。

「申し訳ございません、王女殿下。」グラディスが足の甲をおさえて跳ねまわっているアリスに後ろから近づき羽交い絞めにした。

「グラディス!?」

「ふっふっふ、グラディス君はすでに懐柔済みだよ。」アルトが不敵に笑う。

「おのれ、アルト、グラディス。許さない!許さないわよー!」アリスが叫んだ。

 ただの注射の下りなんだからさらっと終わらしてくんないかなー。

「暴れるとあぶないよ~。」


 結局無情にも注射は成され、グラディスはアリスの頭突きでおでこを赤くし、腹を殴られたアルトは無傷で、逆にアリスがこぶしを痛めた。


 さて、細胞視点。

 アルトの薬は、アリスの中に白血球のような感じの小さな細胞をばらまいた。それは的確にアリスの中から自分だけを選んで攻撃を仕掛けてきた。医者に似つかわしくない筋肉となんかイラっとする性格のこともあって、まともな医者としてみていなかったが、なかなかもってやるものだ。

 彼はこの中世のような世界で的確に自分にだけ攻撃を仕掛ける薬を作り出したのだ。くやしいが前世の自分よりよっぽど仕事をしている。

 攻撃を受けながら考える。


 自分は何のために生きたか。

 自分は何のために生きているのか。


 この状態になって、アリスや誰かのためになるようなことをできただろうか。せいぜい、ネオアトランティスに謎の踊りを憶えさせたくらいだ。

 自分は誰かと話すことはもうない。

 一緒に笑うことも、苦労を分かち合うことも、恋に落ちることもない。

 誰ともだ。

 多少は外の世界に干渉できるが、それはもう人間としてではない。

 ただ周りを傍観して生きる。

 それすらも、アリスの負担になっている。


 消えよう。

 アルトのこの薬で、アリスの中から。


 仕方がない。自分が細菌だと気づいた時から、心のどこかでは覚悟をしていた。それでも、苦々しい気持ちがこみあげてくる。

 思えば短い人生だった。いや、菌生だった。前世も短かったが、今世はもっと短かった。きちんと数えていないが1か月くらいだろうか。

 アリスは見ていてとても面白かった。爆弾のような娘だった。グラディスと仲良くして、すてきなお姫様になってほしいものだ。きっと誰もが振り返るような綺麗な人になることだろう。

 薬たちの攻撃を反撃せず受け入れる。

 じゃあな、アリス。ばいばい。返事の帰ってくることのない別れを心の中で告げた。


 アルトの薬が自分の数を次々と減らしていかない。


 ん?・・・減らしていかない?


 アルト先生!?このお薬、攻撃はしてくるけれど攻撃力が弱いっす!ほとんど自分にダメージが通っていない。というかアルトの薬が来てから、自分の数は一つも変化していない。

 自分への攻撃はおまけで、増殖を抑えるのが効果なのでは?と疑ってちょっとだけ増えてみようとする。

 簡単に増えた。

 試しに、少しだけ反撃してみる。

 瞬殺。

 アルト、これダメだ!!さっきの賛辞を返せ!これ一体何日待てば死ねるんだ!?真綿で首を締めるどころか、綿あめで首を締められているかのようだ(死なない)。


 『解析が終了しました。 抗体:【選択攻撃(固有)】を取得可能です。』


 突如ポップアップが目の前をふさいだ。

 さっき倒したアルトの薬を解析したらしい。

 そうか、これ抗体なのか。この場合の抗体の定義は、外部からの異物に取りつくことで白血球にその異物を攻撃させる働きをもつものという定義とみるのがいいだろう。アルトの狙いは、この抗体が自分に取りついて、その結果アリスの白血球が自分を襲うことだったのだろう。

 が、結局、いまもアリスの白血球にはガン無視されているので、残念だがアルトの目論見は外れたと言ってよい。

 まあ、いいか。スキルを獲得して邪魔なポップアップを閉じる。

 自分が増殖しようとしなければ、少しづつではあるが減っていくことは確かだ。自分の背中を後押ししてくれただけでもアルトに感謝しよう。薬の効果がどうであれ、この薬をきっかけに、自分がアリスからいなくなることを決意したのだから、それは正しい治療なのだ。

 そして、自分はのんびりとこの世界を去るのだ。




 とても、ゆっくりと時が流れていった。

 レベルアップのスキルポイントもほったらかしで、新しい宿主に感染することも止めた。やることがないので、ネオアトランティスからアリスを見ていることが多かった。

 アリスは部屋でおとなしく勉強の日々だった。ときどき解らないころにぶつかると一人で喚き散らすので、おとなしくというのは必ずしも正しくはないか。

 2週間後には、だいぶ元気になったアリスは再び庭に出た。最初にアリスと庭に出た時は咲いていた花はもう枯れ始めていた。

 アリスはそれでも、久しぶりの庭を堪能した。グラディスがあらかじめサンドイッチを持ってきていたので、今回は厨房への殴り込みイベントはなかった。そして、アリスが部屋から出てくるの待っていたかのようにエルミーネが現れた。やはりアリスが倒れた直後は来ないようにしているみたいだ。

 エルミーネがアリスに優しく教え、アリスがイライラして、最終的にケーキに落ち着く。そんな、普通の日々が戻ってきた。

 自分の数も順調に35000を切った。




 と、そんな感じで、じわじわと死んでいくのを待ちながら、数週間。退廃的な毎日に変化が起こった。

 ある日の夕食をグラディスが下げてしばらく後、いつものようにアリスが本を読んでいるときに、それはアリスにではなく、アリスの中で起こった。

 自分の周りに普段見かけない細胞を感知したのだ。

 これは、なんだろう。

 少しいやな予感がした。

 というよりもその細胞がそもそも禍々しいオーラを放っていた。とりあえず、眺めているが、なんか黒いオーラ、というか、なんかしらの物質を垂れ流しているように感じる。アリスの全身を調べると、この禍々しい細胞はところどころにいくつも漂っていた。

 なんだこれ?こんなの居たっけな?と不思議に眺める。なんだか知りたいものの、【解析】をしようにも向こうから攻撃を仕掛けてこない限り、こちらからは何もできない。

 いや?

 もしかしたら、今はこっちから攻撃が仕掛けられるかも?

 この間、アルトの抗体から何となく取得した【選択攻撃】のスキルのポップアップを見てみる。


 『任意の細胞に攻撃を行うことができる。』


 これだ。たぶんいけるな。

 アリスの中に侵入してきた怪しい細胞をロックオンし【選択攻撃】で攻撃を開始する。念のために近場の自分たちをかき集め、一つの細胞に対し数百以上で立ち向かう。

 そもそも絶対数では全然こちらのほうが多い。数百の細胞で取り囲むように攻撃を行うと、その細胞は禍々しいオーラのわりにあっさりと倒れた。こちらは3つ4つ道連れにされた程度だった。数もいないし、これなら、そのうち白血球にやられるだろう。

 しばらく待っていると【解析】のポップアップが現れた。

 変な細胞?が見掛け倒しだったことに安心していたのもつかの間、【解析】のポップアップを読んだ自分は、アリスのいるこの世界が、思っていたよりもずっと物騒な世界であるということを知る。



 『解析が終了しました。 毒:【特攻/対白血球(固有)】を取得可能です。』



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