1-4 さいきんの異世界転生
自分がアリスを昏倒させてから10日がたった。
ここ一週間の検討の結果、毎日1回、アリスでは2000、ネオアトランティスでは300ずつ増えることにした。念のために朝、昼、晩の三回に分けて増えている。
現在、
アリスの中の自分は35000、
ネオアトランティスの中の自分は2400まで増えた。
アリスではこの10日間、問題は起こっていない。
2日前の夕方、ネオアトランティスで1200を増やしたところで、彼の(彼女の?)意識が途切れ途切れになる状態が発生した。全身の力が抜けてすとんと眠ってしまうようになる現象だ。いわゆる人間で言うところの船をこぐという状態に近い。
なのでとりあえず、ネオアトランティスについてはしばらくは一日300の増加を上限に様子を見ることにした。
ネオアトランティスの落ちそうになっては立て直す、落ちそうになっては立て直すの繰り返しに気づいたアリスが、ネオアトランティスが怪しい踊りを覚えたとグラディスに喜んで報告していた。そんな楽しい話ではないんだけどな。
一方、当のネオアトランティスもアリスとグラディスに喜ばれたのがうれしかったらしく、特に具合が悪いわけでもないのに時々その動きを繰り返すようになった。
さて、自分がここに来てからグラディス以外の人間はマッチョしか来ておらず、部屋の外の世界がどうなっているかが解らない状態だ。
自分はグラディスが持ってくる物や部屋の中の物からここがどんな世界かを想像するしかなかった。唯一得られる外界の視覚情報は、アリスが時々息抜きで窓から外をながめた時に見える風景だけだった。
アリスのいる部屋はかなり高いところにあった。
窓の外、目下の街に建物が連なっているのが見渡せた。アリスの部屋の高さを遮る建物がないので、街の奥の城壁やそのはるか向こうの遠くの山々のきれいな緑まで見渡すことができた。
街の建物はレンガ造りでコンクリの建物はない。時々馬車が見える。道は石で舗装されているようだが自動車は見かけない。たぶんないのだろう
部屋には電気も来ていないし、空調もない、アリスが読んでいる本も印刷ではなく、とても丁寧に書かれた手書きに見えることから、中世くらいの文明の世界であろうことは解った。
そして、今日。
今までおとなしく部屋にこもっていたアリスだったが、元気になったと判断したのか、ついに朝から部屋の外に飛び出した。
ついにアリスが部屋から出たので、自分は初めて外の世界を知ることができる。
正直、アリスはまだ回復しきってはいないと思う。まだ少し体が重い。たぶん、アリスの中で自分が少しずつ増加しているのも一因だろう。
アリスは以前グラディスが似合うと褒めた深紅のドレスを着て部屋を飛び出すと、跳ねるように階段を下り、その先に続く石造りの廊下を進んでいった。
その後ろから、片方の鼻の穴にねじった布の切れ端を詰め込んだグラディスが慌ててついて行く。グラディスの鼻の穴にねじ込まれた薄い布は鼻血で赤く染まっている。
今朝のアリスのグラディスへのいわれのない暴力は再び頭突きだったのだが、今回はちょうどそのタイミングでグラディスが動いてしまったために、おでこではなく鼻に命中してしまったのだ。
グラディスよりも慌てたアリスが、グラディスに謝ったり怒ったりしながら手当をするという、王女とメイドにしては不可思議なやり取りが済んだ後、王女はグラディスの鼻血が止まるのも待たずに外出を決行したわけだ。
グラディス以外の護衛はいない。結構平和な世界なのだろう・・・と、後の自分が聞いたら白目をむきそうな考察をする。
廊下のところどころには調度品や、赤い天幕のようなものがかかっていた。廊下も階段も埃の一つも落ちていないほどに綺麗に掃除されている。アリスが王女ってことから予想はついていたが、やっぱりここは城だな。
廊下の向こうからメイドが二人、台車に乗せた料理を運んでいるのとすれ違った。
「王女殿下におきましてはご機嫌うるわしゅう。」二人は王女に気づくと、細い道でトラックを避けるかの如く慌てて壁ギリギリまで寄って道をあけ、かしこまって王女に挨拶をした。
「そうね。」アリスは視線を二人に向けることもなく、冷たく言うと、一切足取りを緩めずに二人の前を通り過ぎた。
感じ悪い。
ちょっと見損なった。
謎の暴力は振るうものの、メイドに対してもわけへだてない良い王女だと思っていたのに。優しいのはグラディスに対してだけだったか。
二人のメイドは王女に路傍の石のように扱われたのに気づきムッとした様子だったが、王女を睨みつけるわけにもいかず、代わりに後ろについてきたグラディスを鬼のような形相でにらみつけた。そして、グラディスの鼻血に気き、今度は困惑の表情に変わり、最終的にはかわいそうなものを見る目に落ち着いた。
グラディスは王女に礼をするよりも深く丁寧にメイドたちに何度も頭を下げた。
グラディスを見ながらささやき合うメイドたちをよそに、アリスは何事もなかったように進み、他よりも大きな両開きの扉の前にたどり着くと重い扉を両手で思いっきり押し開けた。
扉の向こうは外、まばゆいばかりの太陽の光が差し込んでくる。
目の前には白亜の庭園が広がっていた。
「ヤッホー!」アリスが誰もいない庭園に向かって叫んだ。
いや、それは自分の部屋の窓からやれよ。
アリスは腰に手を当て、仁王立ちで返ってこないこだまを待つと、満足そうに庭園を見渡し、二つ頷いてから掛け声とともに駆け出した。道も植え込みも関係なく走り回る。目の前の花壇の花の列を小鹿のように飛び越えると、深紅のドレスのスカートがひらりと舞い上がる。一応、植えてある花を踏まないように気をつけてはいるみたいだ。
アリスがここ一週間の幽閉状態から解放された喜びを爆発させ両手を広げながら駆けまわっている様子を、グラディスが扉のすぐ外の回廊で微笑みながら眺めている。鼻に詰めている布さえなければいい風景だ。
しばらく走り回ったあと、アリスがピンクの花の前で急に足を止めた。
「グラディス!グラディス!変な蜂がいる!!」アリスが花の先っぽにとまっていた虫を見つけて叫ぶ。
それトンボだよ。
トンボはアリスの声に驚き、止まっていた花から離れてアリスの手の届かない辺りに滞空する。
「それはトンボですね。蜂ではございません。」グラディスが急ぎ足でアリスのもとへやってきて、アリスの視線の先を見てそう告げた。「川から風に飛ばされてきたんでしょうね。」
「トンボ!」アリスが繰り返す。「じゃあこっちは?」
アリスが今度はピンクの花を指さす。花びらの上にヒョウ柄の大きなテントウムシが居た。てかデカッ。2センチくらいある。
「それはテントウムシですね」グラディスが答えた。
「咬む?」
「いいえ。」とグラディスが答えると、アリスはむんずとテントウムシを捕まえた。そして、手のひらに乗せたテントウムシがうずうずと這いまわるのを見ている。
「王女殿下、手のひらを立ててみてください。」グラディスが自分の妹に諭すかのような口調で王女に言った。
アリスは言われるがままにテントウムシの止まっている手のひらを開いたまま立てると、テントウムシはのそのそと向きを変えて手のひらからアリスの人差し指の先端へと昇り始めた。
「おー」アリスは感心したようにつぶやくと、テントウムシが人差し指の先に到達する直前に手の向きを変えテントウムシの天地をひっくり返す。
テントウムシは少し惰性で下に降りた後、戸惑いながら向きを変え、今度はアリスの手首のほうへせかせかと昇り始めた
「おー」アリスがもう一度声を上げる。目をキラッキラッさせている。キラキラじゃないキラッキラッだ。
テントウムシは二、三度アリスの手のひらを往復させられたあと、アリスの人差し指のてっぺんから飛び立っていった。
テントウムシが飛び立っていったのを見送った後、アリスは庭の草花に挨拶して回るかのように、今度はゆっくりと庭を散策し始めた。その後ろをグラディスがしずしずとついて回る。時々アリスが止まっては、これは何?あれは何?とグラディスに聞いて回る。子供のようだなぁ、とも思ったが、そもそもアリスは子供だった。
この子は知的好奇心が強い。難しい本を飽きもせず一週間も読んでいられたのも、知的探求心のなせるわざなのだろう。
答えるグラディスも良く物を知っている。アリスが訊ねるたびに、グラディスはこれはケイトウです、それはオキザリスですと答える。聞いたこともない花の名前や、この花はどういう実や種が生ってなど王女の質問にはすべて答えていた。
「お腹減ったから、お弁当持ってきて。」アリスはひとピクニックくらいの散歩の後、庭に備え付けの大理石のベンチに座ってからグラディスに言った。周りには薄桃色のコスモスが綺麗に整列して咲いている。
「準備ができておりませんので、一度お部屋に戻りましょう。」グラディスが答えた。
「ここで待ってるから大丈夫ー。」王女が足をバタバタさせながら言う。なんか、このままだらっとベンチの上に寝そべってしまいそうな雰囲気だ。
「ダメです。王女殿下をお一人でここに残していくわけにはまいりません。」グラディスが毅然と反論した。
アリスは碧い瞳でグラディスのことを睨みつけるが、今回ばかりはグラディスは絶対に譲らない構えだ。
「ケチ。」最後はアリスが折れた。この手のやり取りでグラディスに軍配が上がったのを始めてみた。
流石に王女を一人で放っていくわけにはいかないか。
しばらく、アリスが大理石のベンチの上にふて寝して動く様子がなかったので、グラディスはそばにたたずんだままどうしたものか困っていた様子だった。
さらにはアリスが「じゃあ、一緒に厨房に行きましょう!」と、いいこと思い付いたとばかりに満面の笑みで提案したので、グラディスはさらに困り果てた顔をした。
アリスはベンチから立ち上がると、城のほうへのっしのしと歩き始めた。
「ア、アリス様!?」グラディスが慌ててアリスを追いかける。グラディスは目を白黒させながら、王女のほうに手を伸ばしては下げ伸ばしては下げを繰り返えした。なんの言葉も出てこない口は鯉のようにパクパクと空気を食んでいる。なにかしら、王女を厨房に立ち入らせないための正当な理由を必死で考えているのだろう。
そんなグラディスにはお構いなしに、アリスは厨房へと進んでいった。
「男子、厨房に入らず」という言葉がある。
いろんなとらえ方があると思うが、「料理も作らんくせに邪魔な奴が現場に入るな」って意味合いもあるんじゃないかと思う。
今の状況は、男子でこそないが、それだ。
ピリピリとした空気が厨房に流れている。
原因はアリス。
庭を後にしたアリスはグラディスを差しおいて、ずかずかと厨房に入っていった。
アリスは誰も使用していなかったキッチン台の前に進むと、木でできた小さな腰掛にキッチン台に背を向けてガニ股で座った。そして、部屋にいたほかのメイドたちを睨むように見渡しながら、グラディスに向けて「サンドイッチ」とだけ言った。
「はい。」グラディスは周りのみんなを気にしながら、アリスの背後のキッチン台でサンドイッチ作りに取り掛かった。直前まで、和気あいあいと作業していたであろうメイドやコックたちは作業を中断し、できる限り目を合わせないようにして王女を観察し始めた。猛獣あつかいだ。
アリスは、後ろで小さくなってサンドイッチを作っているグラディスには背を向けたまま、腕組みしてふんぞり返り、部屋のメイドたちがアリスにこっそり視線を向けるたびに睨み返して、その視線をはたき落としていった。
メイド側からアリスに声をかける雰囲気はない。というかみんな委縮して露骨にアリスから距離をおいている。
なお、いちばん委縮しているのはおそらくアリスの後ろに居るグラディスだろう。
アリスについて噂しようとして、部屋の隅にいた一人のメイドがこっそりととなりのメイドに耳打ちしようとした。
「グラディスの邪魔したら殺す。」彼女の動作に気づいたアリスが、そちらに視線を向けるでもなく、全員に聞こえるように言った。
少女の精一杯の低音なので、声に迫力がないのはしょうがない。それでも毅然とした容姿と王女の肩書がそうさせるのか、アリスがそう言った瞬間メイドやコックたちが何かに飲まれたのが分かった。
追い打ちをかけるようにアリスが続けた。
「何が邪魔かは私が決める。」
・・・暴君ですな。
アリスはグラディスかサンドイッチを作り終えるまで、気まずい空間にどうどうと君臨し続けた。
アリスの中の自分は細菌という傍観者の立場に徹することで、アリスの作り出した凍てつく日常をやり過ごした。
「で、できました。」ちょっぱやでグラディスがサンドイッチを作ってくれたおかげで、10分もかからずにこの空間は解放された。
「オッケー。行きましょ。」王女はさっきまでの魔王よろしき君臨は何だったのか、少女の様相でグラディスを振り返った。
まわりから安堵の空気が漏れる。アリスの二面性がちょっと怖い。
グラディスは慌てて手近なバスケットにサンドイッチを放り込むと、何事もなかったかのように部屋を出ていくアリスを逃げるように追いかけた。
庭に戻ってきた。
グラディスが泣きそうな顔でほっとしているのが判る。
グラディスのその気持ちが自分にもめっちゃ解る。
ベンチのところまで駆けだしたアリスが途中で止まった。
植え込みの陰から人が出てきたからだ。
「ごきげんよう、殿下。」現れた二人連れのうち髭の老紳士のほうがアリスに挨拶した。かしこまっているが、特にへりくだった様子はない。結構えらい人だとみた。
「ごきげんよう、アミール、ロッシフォール公」アリスが珍しく王族然とした態度で挨拶を返した。グラディスもアリスの後ろでサンドイッチの入ったバスケットを持ったまま深くお辞儀をする。
「ご機嫌うるわしゅうお姉さま!」もう一人のアリスより小さくて幼い少年が挨拶した。
少年はアリスより一回り小さく、金髪で、アリスと同じ透き通るような碧い目をしている。目鼻立ちも整った優しそうな子だ。お姉さまってことは王子か。たぶんアミールと呼ばれてたほうだな。着こなしきれていない白い燕尾服が可愛らしい。
王子は姉を見上げて嬉しそうに続けた。「今日は外に出てもよろしいのですか?」
「ええ、おかげさまで。」アリスは精一杯お姉さんっぽい口調で答えると、右腕を巻くって力こぶを作り、普通、女の子がやらない形で元気アピールをした。細い腕に小さいながらも立派な力こぶができて、ちょっと引く。
「城のてっぺんまで殿下らしいお元気なそうな声が響いておりましたよ。」老紳士が王子が返事をするのに割り込むようにして言った。イントネーション的に京都の人が「子供がお元気でよろしゅうおすなぁ。」とかいう時のヤツだ。朝のヤッホーについての嫌味だな。
「ええ、ロッシも相変わらず立派なお鬚ね!」アリスが返す。ロッシフォール公はロマンスグレーで、立派な口髭とあごひげが丁寧に整えられている。アリスの彼に髭に対する感想は内容もイントネーションも普通に賛辞だったが、ロッシフォール公の嫌味に対する返事として使われたため、まわりまわって髭に対する嫌味に聞こえた。たぶん、この娘は解ってやっているんじゃないかな。
「アミールはロッシと散歩?」
「はい、姉さま。」王子が素直に答えた。「ロッシが今日は庭園の花が見事だというので降りてきたのです。たくさんの花が咲いていてびっくりしました。姉さまもお散歩ですか。」
「そうよ。面白いわよね。花。」少しずれた感想をアリスが言う。
「護衛をまったくつけないのはいかがなものかとおもいますが?」ロッシフォールが再び会話に割り込んできた。自慢の髭をあてつけられたせいか少し不機嫌だ。
「進言ありがとう。考えておくわ。」進言という言葉を選ぶ当たりが小憎らしい。
「例えば、殿下が私どものメイドを襲撃したことを恨んでいて何かするかもしれませんよ?」ロッシフォールは左手で腰のあたりをたたく。帯刀していた剣の柄が紫色の薔薇の花をあしらったベルトのバックルと当たってカチャリと鳴った。
襲撃!?
襲撃ってなんだよ?
「あなたはそんなことしないわよ。」アリスは、グラディスがロッシフォールに何か抗議をしようとしたのを制しながら、ロッシフォールの脅しを受け流した。たぶんこの貴族相手にはこれが冴えたやり方なのだろう。
でも、襲撃については否定しないのね。
「それにアミールが守ってくれるもんねー。」と、アミールに振る。
「はいっ!姉さまは僕が守って見せます!!」アミールが胸を張った。この子可愛いな。
「ですって。」アリスがロッシフォールにニッコリ笑いかけた。
ロッシフォールが眉をひそめた。
「アミールのことはロッシが守ってくれるわ。」アリスが調子に乗って追い打ちをかける。
「はい。」王子が素直に答えて期待のまなざしでロッシフォールを見上げた。
ロッシフォールはアミールに対して胸にこぶしを当て、騎士がやるかのようなゆっくりとした礼を以って肯定を示すと、アリスに向き直って再び訊ねた。「陛下にはお会いになられたのですかな?」
「まだね。」アリスが弟の頭をなでながら、ロッシフォールには目を合わせずに答えた。
「ご病気とは思えない元気さですな。アルト卿はもう大丈夫だと言っているのですかな?もし、この国を継ぐかもしれない王女が主治医の言いつけも守っていないようであれば目も当てられませんぞ。それにご姉弟としてアミール殿下に悪い影響を与えかねませぬ。」アリスとのやり取りでイニシアティブをとれる何かを探しているのだろうか、ロッシフォールは王子を差し置いて質問を重ねる。
「ええ、もう治ったから、好きに遊んでも良いって言ってたわ。」
こいつ嘘つきやがった!
そんなこと誰も言ってないし!!
てか、医者のアルトはこないだグラディスのおでこに軟膏塗って以来、姿すら見せてない!
「そうですか。」ロッシフォールは呟くように言うと、片方の眉を上げて一呼吸おいてからアリスを見下ろし、切りそろえられたあごひげを触りながらわざとらしく続けた。「それはそれは。王女殿下がご回復されたようで、わたくしもとても喜ばしく存じます。数々の名医がさじを投げたご病気を治されるとはさすがアルト殿ですな!王もとてもお喜びになることでしょう!!」ロッシフォールがこれでもかってくらい嫌味ったらしく大げさに言った。
「そうね、ありがとう。」アリスがニッコリとお礼を言って、その嫌味をすかした。ただ、声にすこし苛立たしさが感じられた。
「次期国王が元気でなければ、国は続きませんからな。」ロッシフォールがここぞとばかりに続ける。嫌味合戦的には、ようやくロッシフォールがアリス攻略の糸口を見つけたというところか。人の病気をいじってくるあたり、やり口がえげつない。
ま、その病気の原因の自分が言うことではないか。
「僕もお姉さまが治って、とてもうれしいです!!」王子が目を輝かせて割り込んできた。本当にとっても嬉しそうだ。「これからは、もっとご一緒できますよね!やったー!!」そう声を上げるとアミールは両手を広げて万歳をする。可愛い。とてもいい子のようだ。
「ええ、ありがとう・・・。」アリスが自分の適当発言に対して弟があまりに喜んでしまったのに戸惑いながら返答すると、助けを求めるようにロッシフォールを見上げた。
「殿下、参りましょう。王女殿下は久しぶりの外出でございす。アルト卿が太鼓判を押されたとてお加減が完全に回復しているとは限りませぬ。また、いつ倒れてしまうかもわかりませぬうえ、無理をさせてしまっては悪うございます。それに王女殿下は今、お花の勉強中です。」とロッシフォールが王女はまだ全然病気だとばかりの口調で王子を促した。
一応、助けてくれたのかな?
ロッシフォールもいい大人だ。小さい女の子にすがられたら、どんなに小憎らしかったとしても助けてあげたくなっちゃうってのはよく解る。
「うん、分かった。」アミール王子は素直に元気よく答えると「姉さま。今とてもお元気そうに見えますから、きっと治っていますよ!」といってアリスにぎゅっと抱きつく。天使のような子だ。
「ありがとう、アミール。」アリスは少しバツが悪そうに答えた。アリスも見た目は天使だが、中身は天使以外の何かな気がする。
正直、同じ天使のような容姿でもアミールはアリスとは似ていない。髪もアリスの黄金色に輝く金髪と違い、アミールは茶に近い色だ。顔は可愛らしく、将来イケメンになりそうな造形だが、アリスの端整な感じとは違う。王家だけあっていろいろ家庭環境が複雑そうだと勝手に想像する。
アミール王子とロッシフォール公が去った後も、アリスは庭を眺めに来た人たちとちょいちょい遭遇した。
基本的にアリスと話すところまでいく相手は貴族だけだった。その貴族も一部はアリスのことに気づいても寄ってこなかった。露骨に道を変えるものもいたが、アリスは気にしていないようだった。
アリスに声をかけてきた貴族の話題はかならずアリスの体調についてだった。
アリスは王子との一件のあとは、病気が快復したと取られる言い回しは避けるようにしていた。貴族が挨拶に来るたび、毎回同じやり取りをやらされていつか爆発するんじゃないかと気が気ではなかったが、アリスは苛立つこともなく王女らしくそつなく対応していた。
ロッシフォールのように明らかに悪意を向けてくる人間はいなかったが、アリスのことを本気で心配して声をかけている人間もいなかったように思える。彼らにあったのは純粋な興味といったところだ。アリスは王城のゴシップのネタなのだろう。
ちなみにメイドたちも庭に出てきてはいたが、アリスがいるのを見かけると慌てて戻っていった。さっきの厨房での一件を見ると、そりゃそうだと言わざるを得ない。
結局アリスは庭を夕方まで徘徊し、ようやく満足して部屋に戻ってきた。
仕事があるのに一日中アリスに張り付いて、あれは何です、これは何ですと答えていたグラディスが大変そうだった。
久しぶりに動いて疲れたアリスは夕飯を終えてたあと本を読み始めてすぐ、机で眠ってしまった。本調子ではなかったのに一日中動き回ったせいで、本なんて読まずに寝てくれよとこちらが心配するくらいアリスは疲れていた。
机で寝てしまったアリスはすぐにグラディスに起こされると、グラディスに案内されるがままベッドに向かい、そして再び眠りに落ちた。
今日はアリスの夕食が終わったのにグラディスがすぐに帰らないなと不思議だったが、こういうことか。できる子だ。
アリスが寝てしまうと外部情報が入ってこず暇なのでコンソールを開く。
ここ一週間ほど、悩んでいることがある。自身の成長の方向性についてだ。
まあ、方向性を決めてしまうと夜中に考えることがなくなるのでわざと先送りにしていると言えないこともないのだが。
まず先日のレベルアップの結果をお送りしよう。
変化したことが二つ。
ひとつは、1と書かれた数字が両方とも2に変わった。
たぶんどっちかがレベルだな。どっちもレベルってことはあるまい。もう一方は依然謎だ。
0の数値は変わらず。
これはなんだか分からないままだ。
もう一つの変化はスキルポイントが1増えたことだ。
これにより、自分の成長形態が、
・レベルアップにより、スキルを取得して強くなる。
・レベルアップによりなんかの謎パラメーターが増える。
・レベルと関係なく自分の数を増やす。
の3点だと解った。
前の世界の細菌がこうだったとは思えないが、この世界の細菌はこのシステムで動いているらしい。
謎パラメーターについては何が成長しているのかは不明だが、レベルアップで増えたんだから、何かしらの強化は行われてるのではあろう。
自分の数の増やすという点については先に決定した通り。
謎パラメーターはよくわからないので手のつけようがない。
方向性で悩んでいるのはスキルの取得についてだ。
実のところ取りたいスキルは2つまで絞り込まれていた。が、今日、3つに増えた。
3つのスキル案は以下
案1.【パラメーター操作1】:理由は、スキルレベルを上げて行けば、アリスのパラメーターを向上できる可能性があるから。そうすればアリスの役に立てることもあるだろう。もちろん、頻繁に使うととアリスの体力を奪うもろ刃の剣だ。
案2.【操作1】:割と興味の色が強い。ネオアトランティスを使ってどんなことができるか試してみたい。それに、うまくいけば、感染した人間を利用して何かできるかもしれない。
案3.【感染】系スキル:さっき庭で思った。ロッシフォールに感染してやる。体調を悪くしてやろう。
後者の二つがかなり細菌じみた考え方になってしまっているのが自分でも気になる。
少ししてアリスが目覚めた。ネオアトランティスのカゴの覆いをかけ忘れたと思ったらしい。
覆いはグラディスがもちろんのことかけていた。
中でネオアトランティスは眠っている。ネオアトランティスは真っ暗になると眠くなるのだ。
王女はグラディスが点けていったロウソクの光がカゴに入らないよう、こっそりと覆いの下からカゴに指を入れた。
ネオアトランティスは寝ているので王女の指をついばみには来ない。
アリスは、少しの間かごのふちに指をいれたまま、布越しにネオアトランティスを見ているかのように鳥かごを眺めた。
「飛びたい?」
アリスは布の向こうのネオアトランティスを起こさないように小さくそう問いかけた。
「・・・私はどこまでいけるのかしらね。」
アリスはそうつぶやくと、ベッドに戻っていった。




