1-2 さいきんの異世界転生
アリスが目覚めたのは数時間後だった。
部屋のベッドの上に寝かされていた。
アリスが身を起こすと、グラディスがベッドのわきに慌てて駆け寄ってくるのが見えた。
「アリス様!」グラディスが王女をぎゅっと抱きしめる。
「ごめんー、また倒れたー。」グラディスに抱気しめられるがままで、アリスがまるで緊張感のない、意味のない単語を棒読みしているかのように言葉を出す。
「はい・・・」グラディスは何を言おうという訳でもなくそう呟いた。少し、涙声だ。
ごめんなさい。
たぶん自分のせいです。
体内の異物が急に分裂して数が増えたもんで、お姫様の体が拒絶反応を起こしたんだと思います・・・。
「まあ、心配することはないさ!」急に視界外から野太い声が聞こえた。男の声だ。
誰!?
王女が声に対して特に反応も示すことなく、グラディスに抱かれっぱなしなので、声の主が視界に入ってこない。お姫様、ちょっとでいいから声のほう向いてくれないかな。これじゃあ、グラディスのおっぱいしか、
おっぱいめっちゃ当たってるじゃん!!
しかも、この娘、着やせするタイプだ!!
アリスの感覚を通じてグラディスの感触を堪能しようと考えたとたん、グラディスがアリスから離れた。残念。とても残念。
グラディスはアリスの両肩に手を置いたまま、アリスを心配そうにのぞき込んだ。
アリスがどんな顔をしているかを知りたい。
自分もグラディスの瞳を鏡にして、映るアリスに焦点を合わせようとする。
その瞬間、アリスまさかのヘッドバット。
「あたしの心配をしようなんて10年早い。」アリスは、頭を押さえて小さく丸まって震えながら悶絶するグラディスをベッドの上から見下ろしながら豪語した。
それ、年上に相手に使う言葉じゃないよね?。
グラディスは突然の強烈な頭突きに声も出ない。というか、ヘッドバットしたアリス本人も相当痛い。
なんで頭突いたの?照れ隠しなの?怒ったの?
自分にまで痛みが伝わってくるんですけど・・・。
「わはは。元気だね。アリス君は。」再び野太い声が左のほうから聞こえてきた。
両手を腰にあてて、グラディスを見下ろしていたアリスがようやく声のほうに目を向けた。
そこには、マッチョが居た。
白い燕尾のロングコートを羽負い、首には貴族のつけるような扇のようなネクタイを下げている。コートの中にはベストとシャツを着こなしている。それだけ着こんでいて、それでも、服の上からマッチョと分かった。
そして、無駄に黒い。
完全にボディービルダーですよ。
貴族っぽい服がこれっぽっちも似合っていない。
ボディービルの人が黒いのって日焼けしてるせいだと思っていたけれど、もしかして筋肉を鍛えると実は黒くなるんだったりして。
顔つきはアジア系っぽい。髪は短く刈り上げられ坊主に近い。歳は、、、、歳はよくわかんない。多分20代から30代。もしかしたら10台後半ってこともあるかもしれない。場合によっては40代だ。
「とりあえず、元気そうだけど、診察はきちんとするからね。もしものことがあったら大変だから。」マッチョはそう言いながら、壁際に置かれたカバンを持ってくると、そこから小さな手鏡といくつかの銀色の器具なんかを取り出した。「まあ、自分にまかせておいてくれれば大丈夫!君はこの私がきちんと治すからね。なんと言っても、この王国一の名医であるからして、私が治すと言ったら必ず治るのが決まっているのだよ。どんな小さな異変も見逃さないさ!」
こいつ医者なの?その筋肉要らなくない??
「大丈夫って・・・。おととい倒れて診てもらったばっかなのに、また今日も倒れたんですけど?」アリスが冷え切った声で自信満々にたたずむマッチョに言った。
おとといも倒れてるのか。
「わはっは。これは一本取られたねぇ。」悪びれもなくマッチョが笑う。
「アルト先生、笑い事じゃありません。」頭の痛みから復活したグラディスがマッチョを睨みつけた。おでこがめっちゃ腫れてる。
アルトと呼ばれたマッチョは、「おお怖い、怖い」と言いながら、アリスに向き合って座った。彼は小さな手鏡でうまく採光しながら、カバンから取り出した道具を使って、アリスの両目、鼻、口、耳の中まで確認していった。
銀色の道具は舌圧子や、鼻鏡、後鼻鏡に相当する物の様だ。医者が患者の口の中を見たり、鼻の中を見たり、喉の奥を見たりしやすくするための道具だ。
意外と手際がいい。見た目とのギャップが激しすぎるが、医者なのは間違いなさそうだ。
アルトは一通り診察して自信満々でアリスに告げた。「うむ、少しおでこが腫れてるね。」
「そりゃそうでしょうね。」アリスが思わずつっこむ。
医者なのは間違いないが、間違いなくやぶ医者だ。
「とりあえず、病気のほうはもう大丈夫そうだね。」アリスのおでこに軟膏を塗りながらアルトが言う。「君の病気はね、体の中に居る悪い菌が君の体力を消耗してしまうことが原因なんだ。」
ごめんなさい。自分です。
アルトは続けた。「アリス君の身体的に問題がなくても、その菌は気まぐれで、その菌のせいでアリス君は突然ものすごく疲労することがある。だから、君は休む時はゆっくり休まないといけないよ。」
すみません。今後、無茶しないように気をつけます。
「今日はちゃんとおとなしくしてたわよ。」アリスは完全な冤罪だとばかりに抗議の声を上げた。
「そうかね。」アルトはアリスの抗議を塩対応で受け流した。
アルトが自分の腕を過信していて今回の卒倒は王女が悪いのだと決めつけているだけなのか、アリスが過去に信用されないだけの何かをやっているのかは分からない。
アルトはアリスのおでこの処置を終えると、今度はグラディスのおでこに軟膏を塗りに行った。グラディスは、王女のための主治医だからと言って断ろうとしたが、アリスに言いつけられ、おとなしく軟膏を塗られ始めた。
配下に優しい良い王女みたいな感じになっているが、そもそも頭突きしたのがこの王女だということを忘れてはならない。
アルトは、グラディスに軟膏を塗りながら、自分の医者としての腕の良さをさんざん弁舌し、自分は天才だから何でも治せる薬を作ることができるとか、どんな傷だって元通りにしてみせるだとか、さんざん自慢を繰り返した。
そんなわけで、軟膏を塗り終わると同時に彼がアリスに叩き出されていった。
「あいつウザい!」声を上げたのはもちろんアリス。
「そうですね。」アリスの言葉遣いを注意するでもなく素直に同意するグラディス。そして、もう一度心配そうに顔を覗き込んでグラディスは言った。「アリス様、本当に大丈夫ですか?」
正直そこまで調子は良くないことをアリスの中にいる自分は知っている。
「??当たり前でしょう??」あまりに心配をしてくるグラディスにアリスが首をかしげた。
グラディスはアリスの瞳をじっと覗き込み続けた。
もしかしたらグラディスは、自分がアリスの中に転生してきたという異変に感づいているのだろうか。
「二日前に倒れたばかりなのに期間が短いですし、それに昨日今日ときちんと大事をとられていらっしゃいましたのに・・・。」グラディスがアリスに告げた。
グラディスのその言葉を聞いた瞬間、アリスにしてやったりの表情が浮かんだ気がした。
アリスはさっきまで倒れていたとは思えないスピードで扉まで駆けだ出すと、扉を開けて廊下に首を出して廊下の先(のおそらくアルト)に向かって叫んだ。「ほら、私、悪くないじゃん、死ね!!」
わお。
これは、過去何度もヤンチャして倒れていたとみた。さっきのアルトの塩対応は、だいたい過去のアリスの行いのせいに違いない。
「グラディス、」戻ってきたアリスがグラディスに告げた。「おなかすいた。」
「おなかすいた。おなかすいた」今まで、おとなしくしていたネオアトランティスがアリスの『おなかすいた』という言葉に反応して騒ぎ始めた。
グラディスが食事の準備に行っている間に、アリスが気絶している間のことを語ろう。
アリスの感覚が閉ざされたことで、自分の感覚だけが取り出された。それによってようやく自分のおかれている立場がハッキリと分かった。それと自分が細菌であることに気がづいたことで、いろいろなことについて理解しやすくなった。
自分は細胞の集団だ。鏡がない以前に視覚がないので、自分がどのような姿かは分からないが、一つ一つはアメーバのように変形ができる不定形の細胞だ・・・と思う。
その集団がすべて自分であり、意識は一つだ。
そして自分はアリスの体内に巣くっている。
自分の周りの液体中、至る自分の近くに自分とは違う細胞らしいものの存在を感じる。だいたい似たような大きさの丸っこい細胞が揺蕩うように自分の周りを流れている。時々不定形のものも見かける。前者は赤血球、後者は白血球だろうか。
どちらも、自分には無関心の様子だ。
テレパシーを送るよううなつもりで、挨拶を投げかけてみるが、もちろん返事は返ってこない。そもそも思念が届いているとも思えないが、それ以前に彼らがなんらの意識も持っていないように思える。
ひとしきりの孤独に苛まれたので、なんとなくコンソールを開いて情報を確認してみた。
まず、自分の数。
33092まで、増えていた。
確か、一番少なかった時16540いくつかみたいな数値だったと記憶しているので、ちょうどその倍だ。
すべての自分が分裂を成功させて増えるのをやめたと考えるのが良い。
細胞や細菌の性質を考えると、しばらく時間をおけばもう一度分裂可能な気がするが、アリスを消耗させるのは間違いなさそうだ。アリスの体にどのくらいの負担をかけているかが全く見えないので、うっかりすると殺してしまいかねない。
少なくともアリスに負担をかけない増殖速度がどのくらいかを知らなくてはならない。
さっきは一度に増殖したとはいえ、一瞬で人間の意識を刈り取った。
そんなこと通常では考えられない。少量の増殖だとしてもアリスの体には負担が行っていると考えたほうが良い。
王女は元気にふるまっているが、実際今も正直かなりだるい。軽い頭痛もある。ものすごく空腹ではあるが、食欲があるかと言われると実はそうでもない。頭痛に関しては頭突きが原因の可能性もあるが、すべての症状がアリスが極度の疲労状態であることを示唆している。豪快に頭突きをかましたりしていたが、すべて王女のカラ元気なのである。
だから、自分はアルトをやぶ医者だと断じたのだ。
コンソールについて話を戻そう。
自分の数の隣に記されている、1、1、0という三つの数は変化していない。少し離れてるし110ってことはないよな?
コンソール右の空欄も変わらず何も記されていない。
そしてパラメーター。
気絶していた間、どのパラメーターも赤く点滅し動かすことはできなくなっていた。ちなみに気絶から回復した今はどの値も以前より低く、ぱっと見は気づかないほどゆっくりと元の位置に戻ろうとしている。
最後にスキルだ。
いくつかのスキルについては、スキルをチェックすると説明文がポップアップしてくることが分かった。そのおかげで各スキルがだいたいどんなものか知ることができた。
スキルは大項目ごとに分類され、パソコンのフォルダ構成のように連なっている。大項目を開くと、その下に細かいスキルが連なっている。
大体はこうだ。
【感染】:『他の個体に感染する方法』
感染方法についてだ。下位に小項目が連なっており【経口感染1】【接触感染1】【飛沫感染1】【空気感染1】など、前世でもおなじみの単語がラインナップされていた。【パンデミック】という項目もある。【パンデミック】や【飛沫感染1】【空気感染1】なんかのスキルの色はほかのスキルよりも薄く、選択してポップアップを見ようとしても何も出てこない。まだ選択できないということらしい。がまあ、ここらへんは説明読まなくても分かるからいいや
どうやら取得しているスキルは一つもなく、濃い文字のスキルが取得可能というところだろうか。
スキルの末尾に1とあるが、それはスキルが実際そのように表示されているだけで、なんの事だかはわからない。2と表示されているものはない。たぶんスキルのレベルみたいなもので、数字が上がるほど感染力が上がるとかだと推測する。
【症状】:『宿主に与える影響』
自分の場合アリスにどのような効果を与えるかだろう。【発熱1】【発疹1】【嘔吐1】みたいなよくある項目のほか、機能不全などの項目などが大量に羅列されていた。こちらもすべてが最初から選択できるわけではない。というか最初から選択できるのは【発熱1】【痛み1】【痒み1】【操作1】くらいだ。アリスに影響が行ってしまうと考えると、取得する気は毛頭起こらない。お尻についている数字に何となく嫌な想像が浮かぶ。症状の中で少し分からないのは【操作1】だ。『宿主に特定の行動をとらせることができる』とある。ロイコクロリディウム(カタツムリを操る寄生虫)とか、ハリガネムシ(虫を水に飛び込ませる寄生虫)のようなものだろうか?
とすると自分は虫なのか?
分裂したし違うか。
さすがにあの数字の数の虫が人体に居るのは嫌すぎる。
【腐敗】:『物を腐らせる』
文字どおり物を腐らせるスキル。【腐敗】は文字通り『物を腐らせる』スキルのようだ。壊疽とかそういうのだろうか。変質のほうは、【変質A】といろいろある。【変質A】と書いたが、【変質Z】まであったりする。どういう変質が起こるのか気になるところだが、【変質】シリーズもすべて選択できないのでどういう変質を起こすスキルかは分からない。【腐敗】にしろ【症状】にしろ、スキルをとった瞬間にアリスにその効果が及んでしまうのか、自分が望まない限り効果を発しないのかが分からないので取れたもんじゃない。
【状態異常】:『宿主の能力を変動させることができる』
取得可能なスキルとしては【パラメーター変動1】【精神変動1】。【パラメーター変動1】『宿主のパラメーターを操作することができる』とある。昨日アリスにやったみたいなことかな。このスキルを上げていけば能力を向上させることも可能になるのだろうか。【精神変動1】は選択できない。これも不穏なスキルだ。
【増殖】:『増殖速度の向上、増殖した細菌の管理など』
【増殖速度向上1】【管理】【癌化1】【崩壊】とある。
ん。【崩壊】?
現時点でポップアップが見れそうなので好奇心で覗いてみる。『自らをすべて崩壊し、宿主に致命的な影響を与える』・・・一番とっちゃダメなスキルだな、これ。
【管理】もよくわからないが、『感染した対象や感染する対象をグループ別に管理できる。』説明を読むとなお意味が解らない。
【抵抗】:『他の細菌や細胞からの攻撃に対し発動する能力』
実際のスキルとしては、【強化1】『他の細菌や細胞との戦闘時に強くなる』、【耐久1】『ダメージを受けにくくなる』。【冬眠】『自らを一定期間活動休止状態にすることで他の細菌からの攻撃を受けないようにできる』ポップアップままだが、ということだそうだ。他にも【環境適正1】『様々な環境での生存率が上がる』や、【温度適正1】『低温や高温での生存率が上がる』みたいなのもあった。
【解析(固有)】:『倒した細胞やウイルスが何かを解析する。その細胞やウイルスが固有スキルを有している場合、それを獲得することができる。通常スキルは獲得できない。』
最後のこれだけ(固有)とついている。ポップアップの文章も長く、下位項目がない。ほかの大項目と並んでいるが、これだけは項目ではなく、これ自身がスキルのようだ。
というか、ロクなスキルがない。
なんか、人に仇をなすためのスキルばっかりだ。
別に、自分は人類を滅ぼしたいほど憎んだりはしていないんだけれども。ひょっとして、どっかの神様が人違いで自分を転生させたのではなかろうか?
もし試しに取るとしたら、【解析】一択だ。
スキルをとるつもりで【解析】を選択すると、解説とは別のポップアップが表示された。
『スキルを取得しますか? スキルポイント2→1 Y/N』
YESを選択する。【解析】の文字の色が赤く変色した。
・・・・以上だ。
他の細菌を倒さないといけないから何も起こらないのは当たり前か。
周りを漂っている他の細胞(赤血球?白血球?)にぶつかってみるも何かが起こる様子はない。
うーむ。攻撃ってどうやるんだ?
スキルはまだ取れるが、ポイントを残しておこう。このあと、スキルポイントが増えるとは限らない。
自分は、箱の中の最後の一個のお菓子を食べられないタイプなのだ。
にしても、転生するなら勇者とかに生まれ変わって、思うように生きて見たかったなぁ。勇者と言わなくても、せめて人間が良かった。
一応は生き物カテゴリーではあるものの動物や虫ですらない。
細菌だ。
英雄譚やロマンスはもちろん、会話どころか意識ある個体として認識すらしてもらえないときたもんだ。
正直、あんまりな気もする。
このあとの人生、いや菌生、どうしたもんかと頭がいたい。
いや、もう頭なんてなかった。
しばらくしてグラディスが食事を持ってきた。
シリアル・・・というかオートミールってやつかな?
細かく砕いたシリアルをお湯でもどしたような見た目で、甘くないふやけたシリアルだ。まったく美味しくないが、アリスの胃腸が重たい食べものは受けつけない状態だったので助かる。流石は王女お付のメイドといったところか。
アリスがオートミールをすする度、少し体が(といってもアリスの身体だが)楽になってくる気がした。
不思議なもので食べているうちに少しづつ食欲も出てきて、こうなってくると少し甘いものを食べたくなる。といっても、アリスの身体の話だが。
アリスがオートミールを食べ終わると、見計らったかのようにグラディスがスポンジをケーキのようなお菓子と紅茶を持ってきた。
「お紅茶にケーキを浸してお召し上がりください。」グラディスが言った。なんてできる子だ。
アリスがご機嫌そうにニンマリと笑う。
アリスがシルバーを無視して、素手でケーキを掴んだ瞬間、グゥ~と割と大きな音がグラディスのお腹から聞こえてきた。今までのグラディスのアリスへの対応から想像するに、アリスが倒れている間、何も食べずに看病していたのだろうか。
アリスを昏倒させてしまったことに対する罪悪感が再び頭をもたげてきた。
「グラディスも何か食べて来なさいよ。」アリスがグラディスの様子を察して、ケーキをつかんだまま言った。
「・・・あ、はい。」グラディスが答えた。
ん?
今、なんか変な間があった?
グラディスは少ししどろもどろな感じだ。「殿下のお食事が終わった後にいただくことにいたします。」
グラディスの受け答えに、何故だかアリスが苛立ってきたのを感じる。「ごはん、無いのね?」
「あ。」グラディスがしまったという顔をして答えた。「はい・・・。」
その瞬間にアリスの苛立ちがマックスに達した。目の上の筋肉の動きから眉間にしわを寄せて眉をギュッと釣りあげたのが分かった。
「ちっ、違います。」グラディスが慌てて何かを否定する。
何が違うのか自分にはさっぱり分からない。
「本当に、お料理も、取り置きのパンも切れていたんです。本当です。」
なんだ?このやり取り?
アリスは何も言わずグラディスをしばらく睨みつけた後、手に持っていたケーキをグラディスに放り投げた。
アリスが全力で投げつけることは我慢したので、グラディスはお手玉しながらもケーキをキャッチできた。
「まあ、いいわ。パンがないならケーキでも食べてなさい。」アリスはどこかで聞いたことのあるようなセリフを不機嫌に口に出した。字づらが同じでも、自分の知っているセリフとは、なんかいろいろ使い方が違う気がする。
グラディスは、しばらくどうしたものか悩んだ様子だったが、アリスの無言の圧力に負けて、おとなしくケーキを食べ始めた。
「お茶も!」そう言って、アリスがグラディスを睨んだ。
グラディスは何か反論しようと口をパクパクさせたが、なんの言葉も紡ぎ出すことはできず、結局、子リスのように小さくなってケーキと紅茶を口にした。
アリスはその光景に少し満足したのか、グラディスを睨みつけるのを止めて机の上の本を手に取ってベッドに向かった。
「どうしてくれようかしらね。」アリスが誰にも聞こえない声でそう呟いたのが、アリスの中にいる自分にははっきりと聞こえた。
このやり取りがなんだったのか。
何故グラディスにはパンもオートミールも無かったのか。
それは少し後になって解ることとなる。