1-10 さいきんの異世界転生
次の日、グラディスがアリスの身支度を整え出ていくと、アリスはいつものように予習を始めた。とても、良い子だ。今回についてはいろいろな意味で、きちんと予習を行うアリスが素晴らしいと思う。
早速、アリスの親指と人差し指に大量の自分たちをにじませる。アリスから感染を狙う分には自分たちをいくらでも消費できる感じだ。ただ、あんまり多く使うとアリスがまた倒れてしまうかもしれないので限度がないわけではないが。
アリスがページをめくるたびに大量の細胞をページにつけていく。
ああ!
頭掻くなしっ!
アリスが頭を掻きむしったせいで、髪の毛に細胞がいくつか持ってかれる。慌ててもう一度指先に細胞をにじませる。要らんとこで細胞消費しちゃったよ。
結局、エルミーネが来る前の予習の段階で数千体の細胞を本のページに潜り込ませた。アリスの頭にも千くらいくっ付いている。アリス内の自分は40000少しまで消費された。アリスのパラメーターも問題があるほどではないものの、ぱっと見で判るくらいは下がってしまった。今日、明日は増殖するのやめたほうがよさそうだ。
これは、何回もチャレンジしていると、またアリスが倒れてしまいそうだ。
アリスが予習しながら自分たち細胞をページに擦り付けていると、グラディスがエルミーネの到着を告げた。
いつものように、おっぱいと、お尻からふとももまでのラインがはっきり分かるドレスを着ている。
アリス相手になんでこの服着てくるんだろ。やっぱこの後、誰かと会ったりするのだろうか。
自分としては、広くあいた胸元に注目したいのだが、アリスはそんなところは全く視界にも入れず、エルミーネに駆け寄って本を渡すと、いつものように質問を投げかけて、彼女が本を眺めるのを期待しながら見ている。
女の子なんだから、もうちょっとエルミーネのセンスの良い服装とかに目をやってもいいんじゃないかな?ちょうどアリスの背たけ的に良い高さに目線があるんだけどなぁ。
まあ、それはともかく、エルミーネへの感染だ。
エルミーネは机に向かわず立ったまま、アリスの質問した部分に目を通す。
アリスはその様子をじっと見上げている。
ここまでだとすごくいい教師と生徒の関係だ。でも、いっつも、この後どんどんギスギスしてくる。
だいたいアリスが悪い。先生のほうも教え子を毒殺しようとしているわけだから、どっちにしてもロクな関係ではない。怖い。
エルミーネは少しの間立ったままでアリスに渡された本を流し読みをする。ちょっと時間がかかりそうだと判断したのかと、アリスに席に座るように言い、本を読みふけりだした。
早速のチャンスだ。
五分五分くらいの可能性だったが、エルミーネが来る前から【感染】の準備をしこんでおいてよかった。
あとは、本についている細胞がエルミーネの指に付着できること、そのあと、自分たちが死滅する前に彼女が指をなめてくれることの二つをクリアすれば【感染】のチャンスが訪れる。
本の上では長く生存を維持できないらしく、細胞の数がみるみる減っているのをなんとなく感じる。時間は多くはない。
机でおとなしく待つアリスをよそに、エルミーネはちょっと長めに本を読みふけっている。
確か、今回の質問は「鉱山はいずれ枯れてしまうのに、鉱物は売っていいのか?それで枯れてしまったときにどうしたらいいのか?」というわりと根本的ッポイ質問だった。
エルミーネはあまりに突飛な質問に少し戸惑っているようだった。「売らないというのはないと思いますけれど・・・」と言葉を濁し、いつもより長めに本を読みふけった。
アラブ諸国は石油が枯れたらどうするんですか?って聞いているようなものだろうか。気の長い話だ。
エルミーネはアリスが開いて渡した部分を読み、前後のつながりが気になったのかページをめくる。よっしゃエルミーネの指に付着!!あとは、指をなめるのを待つだけだ。
さあ、先生、とっとと舐めな!
アリスの質問が今回の授業内容から逸脱していたのか、エルミーネはページをかなり前のほうまでぺらぺらとめくろうとする。
この国でも冬場は乾燥するのか、紙の質が良くない本のページがパリついてくっ付いてしまってた。
エルミーネは何ページか摩擦でめくったものの、その先のページがかなり捲れづらかったようで、何度も親指でこすっていたが、本をめくることにそんなに時間をかけていられないと感じたのか、無理やりめくろうとするのを諦め、自然な流れで親指をチョンとなめた。
お願い!!
『感染しますか スキルを選択してください/N』
ポップアップが出現!来た来た来た!
即座に【経口感染】を選択。
頼む!
『成功しました。』
よっしゃあああああ!50個くらいがエルミーネに到着!!感染大成功!!!
・・・あれ?
そういえば、この後白血球戦があるんだよね?これ少なくね?
白血球戦のことをすっかり忘れていた。
といっても、今はこれ以上は望めない。本に付着した段階で、一万以上の自分たちを消費している。もし、これ以上の数でエルミーネに乗り込もうとするなら細胞の大半を動員した勝負をかけないといけないんじゃないかな。さすがにリスクが高い。
あとは、この後、エルミーネが指をべろんべろんなめてまわしてくれるのを期待するとか・・・。
まじ、どうしよう。
とりあえず、まずはこの少ない細胞でやれることをやってみる。
エルミーネに感染した細胞に意識を合わせて戦闘準備を開始だ。即座に一か所に集まり、数を倍に増やす。これでようやく100。
一つでも白血球を倒せれば【免疫B】でエルミーネに居座ることが可能だ。
100対1なら勝てる気がするようなしないような感じかもしれないと思うことができるだろう・・・だろう。
アリスの白血球はこちらを無視するので、人の白血球とは初めての対戦となる。アリスと同じようにエルミーネの白血球もこちらを無視してくれたりしないかなぁ。
という淡い期待むなしく、エルミーネの白血球との戦闘が始まった。
しかも、向こうの数は3体だ。時間がかかりそうな上に、遠く向こうには援軍も見える。
3つの白血球のうち一つだけ離れている個体に主力として80個を向ける。残りの20個は二手に分かれ、攻撃されるまでは手を出さず、一つずつおとりに差し出して各個撃破されることで足止めしながら主戦場からの離間をねらう。2体の白血球の足止めがうまくいけば、主戦場は80対1の戦いだ。
全軍(と言っても全部自分なんだが)に指揮を出す。80個の細胞たちがゆっくりと、大きく、速く、強い白血球に立ち向かっていく。
緊張感のある状況だが、あくびの出るようなゆっくりした動きで戦いが開始された。
細胞同士だからね、遅いのはしかたないね。
分隊は2つの白血球をうまく引き付けている。一体一体やられながら、2つの白血球を主戦場から遠ざけていった。思考のない単細胞相手だからこの手の誘導はちょろい。
問題は主戦場。今まで通りなら白血球は断然こちらより強い。80体を散開し白血球を包囲する。
白血球はこちらの包囲など問題ではないとでも言うように進行方向の細胞に襲い掛かった。
白血球の標的となった哀れな細胞が無駄な抵抗を行っている間に、他の細胞たちが包囲網を縮め、白血球を包み込むように攻撃を開始する。白血球がこちらを喰らいつくすのが先か、白血球が力尽きるのが先か。
勝ち目の薄い戦いが幕を開けた。
結果、主力の半数近くを残して、わりとあっさり白血球を倒すことができた。
こちらの心配はまったくの杞憂と終わった。
ことネオアトランティス戦の時かなり苦労した感があったので半分以上あきらめていたが、今までの白血球との戦いの中では楽勝の部類に入る戦果だった。
人間の白血球が弱いのか、自分が少しづつ強くなってるのか。
と、この時は思ったが、しばらく後にリストに【特攻/対白血球(固有)】とかいうスキルが乗っていることに気が付いた。たぶんこれのおかげだ。
こんなん取ったっけ?
この時は、そんなことはつゆ知らず【免疫B】解析のポップアップをまだかまだかとヒリヒリとしながら待っていた。
おとりの分隊はすでにやられ、手の空いた白血球2体がこちらに向かっている。援軍の大量の白血球も近くまで迫っている。白血球の進みはとても遅いので、【解析】が完了するまでの時間は十分あるのは分かっていても、なんかのバグで【解析】が終わらなかったらどうしようとか不安が頭をよぎる。
『解析が終了しました。 白血球: 【免疫A】【免疫B66920】を取得可能です。』
待ってました。
即座に【免疫B66920】を選択。白血球の進行が停止した。
ミッションコンプリート!!
コンソールを開くとリスト上にエルミーネの名前があった。やはり、個体名を認識していると、種族名でなく個体名がリスト上に記入されるらしい。ナンバリングも無しだ。
これ、同じ名前の人間とかだったらどうなるのかね?
やっぱりナンバリングが付くのかな?と、どうでもいい疑問が頭に浮かぶ。
最終的な感染成功数は35。さっき増えたばかりなので少なくとも今日はもう増えることはできない。
細胞の数は何もしなくても微減するので必ずしも【感染】を維持できるとは言い切れないが、母数が少ないと減る数も少なくなるようなのでたぶん大丈夫だろう。
感染したことでエルミーネの五感が共有できるようになる。早速、エルミーネの五感を共有する。
エルミーネの視覚と聴覚から情報が流れ込んで来た。
戦闘は楽勝とはいえど、細胞同士の戦いは遅い。
戦闘の間に授業のほうは終ってしまったらしく、アリスがめっちゃおいしそうにケーキを食べている姿が目に入る。
今日は生クリームたっぷりで、てっぺんになんかのジャムがかかった白とオレンジのコントラストが綺麗な丸っこいケーキだ。
アリスは、ジャムが等分に消費されるようナイフとフォークで器用にケーキを切り分けながら、一切れづつを口に運んでいく。口の中全体で味わおうとしているのか、アリスのぷにぷにしたほっぺがせわしなく動いている。上品とは言いがたいが、めちゃくちゃ可愛いのでOKだ。ネオアトランティス視点では正面から食べてる様子が見れなかったので、これだけでもエルミーネに感染した甲斐があったと言える。
エルミーネは正面からアリスを見つめている。いつものようにアリスの向かい側に座り、肘を机について両手で頬杖を突きながらにこやかにアリスのことを眺めているのだろう。アリスの可愛らしく、いっしょうけんめいで、おいしそうな食べっぷりを見ていると、毎回ケーキを持ってきてじっと食べる様子を見てから帰るエルミーネの気持ちが分かる気がする。
まあ、本当のところは毒の入ったケーキをアリスがちゃんと食べきるか見張っているだけなんだろうが。
あれ!?
やっべ!エルミーネに感染することに気を取られてて毒のことすっかり忘れてた。
あわててアリスの中の細胞視点に切り替えて毒の撃退準備にかかる。
あぶないあぶない。
閑話。
時は夜。
アリスに盛られた毒を片づけ、エルミーネのほうに戻ってこれたのは、ゆうに6時間くらい経ってからだった。
アリスに毒を盛られている限りは、午後は活動できないと見たほうが良さそうだ。エルミーネの内側からの諜報活動は思ったよりも苦労しそうだ。
ともかく、エルミーネに意識の焦点を合わせる。エルミーネの視界が共有される。
ここはどこだ?
見たことのない壁。書斎のような部屋だ。美しいデザインの壁紙が壁に貼られているが、古く煤けてしまっていて、美しさより古臭さのほうが目立つ。周囲には本棚、部屋の中央付近にはアンティークな机が置いてある。本棚も机もどちらも古くさい。綺麗な骨董品というよりはただの古臭い家具だ、掃除こそされているが、言葉を選ばなければおんぼろの机と本棚だ。壁際には暖炉がありその揺れる灯りが、部屋を照らしていた。
その机の横にエルミーネは座っていた。服装は少しゆったりとしたシルクの寝着に変わっている。目線の先はぼんやりと本棚の上のあたりを見ている。正確には、本棚の上に額に入れて飾られている下書きだけの絵画のようなものを何となく見ている。暖炉の明かりに揺られて良く見えず、最初それが何なのかなかなか解らなかったが、どうやら地図のようだ。アリスの居るこの国の地図なのだろうか?地図が示している領地の真ん中には紋章のようなものが領地の所有権を示すかのように書かれている。
ここは、エルミーネの部屋なのだろう。エルミーネは、背もたれが大きく傾いた椅子に深く腰をかけ、ひじ掛けを掴み、人差し指でコツ、コツと叩きながら、何をするでもなく本棚の上の地図を眺めつづけている。エルミーネ目線でしか情報が入ってこないので、エルミーネがどんな表情でいるのか分からない。
うーん、何ら情報が入ってきそうな感じはしない。しばらくの間ストーキング、というかピーピングをしないとダメそうだ。黒幕とかたずねて来てくれないかな。
と、思った矢先にとんとんと控えめなノックの音がした。
エルミーネが「どうぞ」と一言だけ、ノックの相手に入るように促す。
扉を開けて、小さなあまり可愛いとは言えないメイドがお盆を持って入って来た。お盆の上には水差しとグラス、あと何かの液体が入ったガラスのボトルが乗っていた。ガラスに色がついているので何色の液体かは解らない。
「そこに置いて。」エルミーネは目線で目の前の机を指示し、メイドは黙ってそこにお盆を置いた。「自分で注ぐわ。」エルミーネはグラスにボトルの中身を注ごうとしたメイドを制止し、椅子から身を起こしてボトルをメイドの手から奪い取った。
グラスに半分くらいボトルの中の液体を注ぐ。透明だ。匂いで分かる。酒だ。それもかなり強い。
エルミーネは水で薄めることもなく、一口グラスから酒をあおった。
エルミーネには見た目的にワインやブランデーがよく似合うと思うのだが、この酒はそんなおしゃれなものではなかった。それこそウォッカみたいに強い、それもあまり美味しくない。昔飲んだ中国の何とか言う強い酒に近いかもしれない。いずれにせよ、酔うために飲むような酒だ。
「旦那様」メイドがエルミーネに声をかけた。「王女殿下へお持ちするケーキですが、明日は何にいたしましょう。」
「そうね、ベリーのケーキをしばらく持って行ってないから、それにして頂戴。ラズベリーがそろそろ美味しいころよね。アリス殿下たぶんベリー好きなのよ。」
たしかに、アリスはケーキなら何でも好きだが、ベリー系統のケーキの時は、何ベリーであろうと食べ方がちょっと違う気がする。気を使って食べているというか、いつもより大事に食べるとかそんな感じだ。
「承知しました。」メイドが抑揚なく答え、頭を下げた。「何か他にご用はございますでしょうか。」
エルミーネはグラスをあおって空にしてから答えた。「明日は遅くなるわ。ドレスの替えをよろしく。あと、もう、香水が少なっているわ。明日で無くなっちゃうから買い足しておいて。『誘惑の夜霧』のほうよ。」エルミーネはやけにエロティックな銘柄を指定すると、空になったグラスに再び酒を注いで飲み始めた。
メイドは再び頭を下げると、部屋を出て行った。エルミーネは視界の端にメイドが扉を閉めたのを確認すると、グラスを持ったまま目線を机の上に落とす。何冊かの本のわきに、灯りと人物の写った小さな写真立てが置かれていた。
写真立て?
いや、よく見ると絵だ。肖像画だ。
肖像画の入った小さな額縁は新しいが、中の肖像画は薄汚れ右端が焼けこげていた。中央に胸像のように書かれている人物は煤けてしまい顔がよくわからなくなってしまっている。あごひげを蓄えた男性の様だ。
エルミーネは肖像画を眺めながら、酒をなめるようにちびちびと飲み始めた。
写真の男はエルミーネの旦那とかだろうか?いろいろな妄想が頭をめぐるが、エルミーネが答えてくれることはない。結局そのままエルミーネは、酒にあおられそのまま大きくリクライニングした椅子で朝まで眠ってしまった。
夜中、ノックの音の後にメイドが入って来て、エルミーネに毛布を掛けて出ていったのが感じられた。が、結局朝の光が差し込んでくるまでエルミーネは起きることはなかった。
そして朝。
朝になるとエルミーネはのそのそと立ち上がると、寝着の胸元についていたひもを緩めた。とたんに、両肩にかかっていたシルクがなめらかな白い肌を滑り落ちて、支えを失った服が足元まで落ちた。
エルミーネは足元の服に目を向けることもなく、床の服を跨いで部屋の端まで進む。
残念ながら、エルミーネが目線を落としてくれないので身体が見えない。
感触的に下着付けてないっぽいんだよなー。このまま鏡で髪とか整えに行って行ってくれないだろうか。
エルミーネはそんなこちらの思惑とは全く裏腹に、腕立て伏せのような恰好で肘を床についてそのままの姿勢で耐えた。
結構つらい。
次いで起き上がると、今度はあぐらのような姿勢で両手のひらを胸の前であわせた。
これ知ってる。オッパイが垂れないようにするための胸筋トレーニングだ。
その後も、エルミーネは素っ裸のまま柔軟や筋トレ?体感トレーニング?を続けた。
うーむ、やっぱり美貌を保つためにはいろいろ必要なのだろう。
エルミーネの運動の間中、エルミーネの姿がどこかに写ってないかと目線とは別のところを探し回っていたところ、酔った。なんで細胞なのに気持ち悪くなるんだろうか?
エルミーネとの感覚共有を遮断して、アリスかネオアトランティスのところに逃げ込もうかと思った矢先、扉にノックの音がして、エルミーネの許可を待たずに扉が開いた。昨日のメイドだ。両手にバスケットを持っている。右手のバスケットのほうが少し大きくて、重そうだ。てか今どうやって、扉開けたの?
「おはようございます。」メイドが一礼する。そういえば、昨日もしてたけど、この世界でもお辞儀ってあるのね。前の世界では日本以外の国では無いのに、異世界は日本と同じってのも不思議。
「机の上に置いておいて。タオルは頂戴。」エルミーネは運動をつづけながら、メイドに命じる。
メイドは黙って重そうなほうのバスケットを机の上に置くと、残ったほうのバスケットから、タオルを取り出していつでも渡せるようにしてエルミーネの横に控えた。
エルミーネはメイドが隣に立ったのを視界の端に認識すると、最後に肩のストレッチをして、メイドの手からタオルを受け取る。エルミーネは受け取ったタオルで体の汗をぬぐう。と言っても、それ程暑くないので汗などかいてはいない。身だしなみの問題なのだろう。身体の隅々まで丁寧に、
おお。オッパイ拭いた!
この手の感触!あああ・・・!?あぁん??
・・・いや何だろう。自分の触ってもなんか面白くない。
あ、いや、自分のじゃないんだけどさ。
エルミーネが身体を一通り拭き終わると、メイドはバスケットからドレスを取り出した。メイドはエルミーネが右手から順に差し出するのに合わせて、ドレスをエルミーネに着せていく。
着替えの終わったエルミーネはつかつかと部屋の隅に歩いていき、書棚の陰に隠れていた大きめの鏡に自分の姿を映してドレスの塩梅を確認する。
・・・それもう少し早く、それもう少し早く。それもう少し早く。・・・ちくしょう(血の涙)
エルミーネはドレスの具合に満足すると机、というか、机に置かれたバスケットに向かった。
「下がっていいわ。」エルミーネが目線だけをメイドに向けて命じた。
メイドは深く頭を下ると部屋を出て行った。
エルミーネはメイドが部屋を出ていくのを確認すると、机の上のバスケットを開けて、中から白い箱を取り出した。さらにその箱を開けると、中から中央が真っ赤なベリーとジャムでデコレーションされたちっちゃなホールケーキが出てきた。昨日頼んでたやつだな。てか一人分にはでかいな。アリスなら問題なく食べそうだが。
エルミーネもケーキの大きさを気にしていたのか、しばらくケーキを見つめていたが、やはりアリスなら食べると判断したらしく、次の行動に移った。
エルミーネは机の引き出しを開けた。
中にはいろいろな文具や引き出しに入っていそうな物に混じって、小さな小瓶と注射器が入っていた。小瓶にはたっぷりと赤茶けた液体が入っている。
エルミーネは注射器で瓶の中身を少し吸い出すと、ケーキの中心に注射した。