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time12.ケイと鍋

「……おかしいな、アイと連絡が取れない」

 

ケイは困ったように何度も電話をかけていた。目の前には鍋が溢れんばかりに煮えたぎっているというのに。

望美さんがせっかくだからアイも呼んで四人で食べようと言い出したのはいいが、肝心のアイとの連絡がつかなかった。


「貴方が冷たくあしらうからよ。あー可哀想!」

 

こう言う時に限って女は互いに結束する。身勝手な生き物だとケイは横目で望美を見た。何だかんだで結局自分も食べる事になっている。困っている人をほおって置けない質なのだろう。


ケイは笑って自分の分をよそい始めた。鍋も悪くないな。


「アイちゃんとは知り合って長いのかしら」

 

望美がマリアの分をよそいながら尋ねてきた。


「アイの事は入隊時から知っている。二人での任務はこれが初めてだが、アイは調子に乗るから厄介だ」

 

そんな感じがするわ、と望美も賛成した。アイは戦場においては確かに強い。空手や、格闘技など総合的に武術を心得ていて、男共を簡単にねじ伏せる。そう言えば象を蹴り殺した、など妙な噂が出回っていた事を思い出した。


「でもちょっと心配よ。一度も繋がらないの?」

 

ケイはもう一度だけかけてみた。しかし、繋がりそうにもない。


「やっぱり怒っているのね。明日にでも謝りなさいよ、わかった?」

 

望美が強く言ってくるので、ケイは適当に返事を返した。マリアは一生懸命鍋の豆腐を箸でつついている。ここは平和だな、とケイはため息をついた。

ケイの任務は脱走したマリアを未来に帰す事だ。しかしもう一つ、アイにも秘密で単独任務もあった。実はマリアをここで預けているのもそういう理由だ。ケイはアイも拘束しておく必要があった。この女には悪いが、しばらく厄介になるしかない。


明日はこの街を散策してみようとケイは考えていた。自分もこの街に馴染む必要があるだろう。その前に服も買わなくては。やる事は色々とありそうだった。


「ご飯も炊けたけど、どう?」


「悪いな、頂くよ」


戦争を知らない人が、ここにはいる。それだけでも奇妙だとケイは思った。こんな平和な時代に来るとは思ってもいなかった事だけに、未来ではどうして我々は争っているのだろうと疑問に陥る。同じ種族なのに東と西で別れ、今でも紛争を繰り返している。ケイは箸を進めながら、一人難しい顔をした。


「おじさん、怖いよ」

 

マリアがそんな事を言うので、望美が笑い出した。


「何をそんなに張りつめているのよ。せっかくだから楽しく食べましょ」


「……ああ、そうだな」

 

この望美と言う女も、ケイは信用出来ずにいた。自分の話を信じていないようだが、諦めたようにこうして迎い入れている。

……わからない。アイも何を考えているのか分からない奴だが、この女の方が更に上を行っているのは確かだった。


「なあ、あんたは何処まで信じているんだ、俺達の事」


「何の事?」


望美は目でマリアを合図した。マリアがいるから、その話は止めろと言いたいのだろう。

面倒だ。ケイは気にせず話を続けた。


「未来から来た事は信じているのか?」


「……そうね。とりあえず信じるとしたら、そこだけかしら。兵器の話は信じてないわ」

 

目も合さず望美は答える。マリアに関しては信じたくないという事なのだろう。ケイはそれ以上聞かなかった。ここに預けた事を後悔するような事が起きなければいいのだが。




夕食後、ケイが電話をかけるとアイと繋がった。第一声に文句が飛び交う。


『ケイの馬鹿!あたしを置いて行くなんて酷いじゃない!馬鹿っ』

 

反論しようとしたが、望美に謝れと言われた事を思い出して止めた。


「……悪かった、すまない。今何処にいる」


『ホテルよ。聞いて、ケイ。あたしスカウトされちゃったのよ』


「スカウト?」


『モデルよモデル!ねぇ、一回だけやってみてもいいかしら。どう思う?』

 

どうと言われても困る。アイはアイなりに遊んでいた事だけは伝わった。


「とにかく明日の八時に交代だ。いいな、連絡は何時でも取れるようにしておけ」


『何よ、自分だって電源切ってたじゃないの。ふーんだ』

 

それからべーっという声も聞こえて電話は途絶えた。アイの奴、ちゃんと時間通りに来るだろうな。


それにしても明日から忙しくなるだろう。自分は、ある男を見つけなければならない。名前と出身地だけで一人の男を見つけるのは大変だ。到底見つかりっこないと踏んでいるが、その時はその時なのかもしれない。アイと比べて時間はあるのだが、そうゆっくりはしていられない。未来がかかっている。足元に隠してある拳銃を手入れしようとして、車に材料を置いてきたのを思い出した。


ケイは自分の愚かさに笑った。すっかり気が緩んでいるではないか。まずはホテルに戻ろう、話はそれからだ。

二人が寝静まるのを確認してから、ケイも眠りについた。


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