time13.交代
翌日、八時ちょうどにアイが尋ねてきた。ケイはとっくの昔に起きていたらしく、小説に読み耽っている。望美は今起きたばかりの頭を揺すり起こして、アイを招き入れた。
「おはようございます!」
昨日とは打って変わっての元気の良さに、望美は驚いた。まるで別人だ。何かあったのだろう。
「おはよう……アイちゃんは偉い元気ね」
「まあね、おばさん寝癖が酷いわよ」
またしてもおばさん呼ばわりされ、望美はど突いたろうかと睨みつけた。そんな目線もお構いなしにアイがリビングに入る。
「ケイ、交代に来たわよ。……何読んでるの?」
小説、と一瞬だけ顔を上げてケイはまた文字に目線を落とした。アイがホテルの鍵を投げつけてやると、ケイはそれを見ずに鍵を受け取る。
「ケイ、あたし行きたい所が出来たんだけど、三人で行ったら見張りも大丈夫よね?」
「三人で?」
「そう。あたしと、望美さんと、マリアちゃんの三人で。ね、いいでしょ?」
「……何処に行くんだ」
「ショッピングよ。この時代の服も欲しいと思って。こんな格好じゃ、目立って恥ずかしいわ」
アイが一回転する。満更でも無いように見えるが、ケイは昨日言っていたモデルとも関係しているのだろうと踏んだ。が、それを口に出す事はしなかった。
「と言う事で望美さん、お洋服選び手伝って下さい。ね、いいでしょ?」
ケイの前では名前で呼ぶのか。随分いい態度じゃないの。望美は目覚めのコーヒーを入れ始めた。
「じゃ、交代だ。小中さん、悪いがアイの事を頼む」
ケイはそれだけを告げてさっさと出ていってしまった。
アイがケイを見送った後、きびすを返すように望美に問いただす。
「昨日は何も無かったのよね?……まぁ、何かあっても困るけど」
アイちゃんはケイの事が好きなのか。望美はわかり易いアイに、笑い出しそうになった。
「何も無いわよ。ただ一緒に夕食を食べただけ。それだけよ」
「ふーん。あ、この辺りで可愛い洋服の店、あります?」
「そうねぇ……アイちゃんくらいの若者だったら、河原町とか、その辺りに行ったら何かあるんじゃない?」
「じゃあそこに連れてって。お願い、望美さん」
「まだお店自体が開いてないわよ。どうしたのよ、突然。何かあったの?」
待ってましたと言わんばかりにアイが胸を張る。自分の身体を魅せつけているのかと望美が気付いたのは、数秒経ってからだった。
「あたし、昨日スカウトされちゃった!」
「スカウト?」
「そう、モデルの!」アイが胸ポケットから堂々と名刺を取り出した。「見て、名刺まで貰って、昨日一緒に食事もしたのよ!」
興奮気味にアイが名刺を見せびらかす。望美はその名刺を見た瞬間、アイから奪っていきなり破り捨てた。
「ちょっと何するのよ、酷い!」
「あんた騙されてるのよ。その男、ろくなカメラマンじゃないわ」
永市京介。まさかこんな所で名前を見るとは思いもしなかった。まだこの近くにいたのか。望美は倒れそうになる身体を堪えるため、両足で踏ん張る。
「え、永市さんと知り合いだったの?」
「……昔ちょっとね」
望美は顔を曇らせて、永市の姿を思い出した。自分の元旦那。仕事を理由に愛美や自分をほったらかして、モデルの子と浮気した最低な男。今思い返しただけでも腹が立ってくるのだった。
望美は怒りを鎮めようとコーヒーを啜った。まずい。
「そんなぁ」アイが脱力したようにその場に項垂れる。「一回モデルもやってみたかったのになぁ」
「やめときなさいよ。あんな撮られるだけの仕事なんて」
「でもでもっ、服買うのはいいでしょ?この格好じゃ街歩くの恥ずかしいわ」
アイが必死で訴えた。確かに今の時代には不釣合いの格好をしている。
「私の服じゃ駄目なの?」
「嫌よ、趣味が合わないわ!」
アイの趣味がどんなのか知らないが、構わず否定してくるアイに怒りが沸く。望美はもう一度コーヒーを啜った。
「……じゃあ買物には行きましょう。それでいい?」
「はい、望美さんが分かってくれる人で良かった!」
けろっとした表情でアイが立ち上がる。全く、いい性格しているわ。望美は諦めたように出掛ける準備をし始めた。




