ep51 十一の印
翌朝、エメラとダンテがカルタの憲兵隊詰め所を訪れると、入口ではすでにコスチが待っていた。
「よく来てくれた」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。昨日は急に変な依頼をして悪かったな」
「引き受けると決めたのは俺ですから。それより、詳しい話を聞かせてください」
「そのために人を用意してる」
コスチは顎で建物の奥を示した。
「俺もできる限り手伝いたいんだが、通常の仕事があるからな。代わりに今回の失踪事件を担当してる奴を1人つける」
廊下を進むと、資料を抱えた女性兵士がこちらへ歩いてきた。
年齢は20代半ばほど。肩にかからない程度の濃紺の髪に、カルタ憲兵隊の制服。腰には細身の剣を下げている。
「セリア」
コスチが呼ぶと、女性兵士が足を止めた。
「隊長、この人が例の?」
「ああ。昨日話した冒険者だ」
セリアはエメラを一度見てから、その肩にいるダンテへ視線を移した。
「セリア・ノックス。カルタ憲兵隊所属よ。よろしく」
「エメラです。こっちはダンテ」
「ダンテだ」
「本当に喋るのね」
驚いてはいるものの、隊長のように大騒ぎすることはなかった。
「カエルよりは驚かないらしいな」
ダンテが言う。
「何の話?」
「気にしないでください」
エメラが遮る。
コスチは苦笑しながら、セリアが抱えている資料を指した。
「この件については、こいつの方が俺より詳しい。捜査資料も一通り頭に入ってる」
「買い被りすぎです」
「昨日まで毎晩残って資料見てた奴が何言ってんだ」
セリアは小さく肩をすくめる。
「一刻も早く事件を解決したいだけです」
その言葉に、エメラは少しだけ好感を覚えた。
「じゃあ後は頼む、何か進展があれば報告を忘れずにな」
「かしこまりました」
「何かあったらすぐ戻ってこいよ」
コスチはそう言い残し、自分の仕事へ戻っていった。3人は小さな会議室へ場所を移す。
中央の机にはカルタの街を描いた大きな地図が広げられていた。
その上に、いくつもの赤い印がつけられている。
「現在、正式に届け出が出てる行方不明者は11人」
セリアが資料を並べていく。
「いつ頃から失踪発生したのですか?」
「さかのぼっていくと、最初の失踪は約2か月前ね、街の住民から家族が帰ってこないと最初の届け出があったの」
「軍は街の門で人の出入りは細かにチェックしているわ、なので単純な家での類かと最初は思ってたの」
セリアは机の上に並べた資料の1枚を指先で叩いた。
エメラは地図へ視線を落とす。
「でも、その人は見つからなかった」
「ええ、そうよ」
「門の記録も確認したけど、その人物が街を出た記録はなかった。もちろん荷車に紛れたり、別人を装ったりすれば絶対とは言えないけどね」
「それだけなら、まだ失踪事件とは断定できないな」
ダンテが言う。
「軍もそう考えたわ。ところが、その数日後に2人目が消えた」
セリアは別の資料を隣へ置いた。
「その次は5日後。その次は3日後」
さらに紙が並ぶ。
「最初の1か月で4人。そして、この1か月で7人」
「しかも、調べれば調べるほど家出や夜逃げでは説明できない人ばかりだった」
「例えば?」
「これ」
セリアが1枚の資料をエメラへ渡す。
「ダリオ・メルク。26歳。荷運びを仕事にしていた男。母親と2人暮らし」
エメラは内容へ目を通す。
「失踪した日は普通に仕事へ?」
「朝に家を出てる。昼過ぎまでは同僚も姿を確認していた。でも、その後忽然と消えた」
「荷物は?」
「仕事道具も、貯めてた金も全部自宅に残ってる」
「借金は?」
「なし」
「誰かと揉めていた形跡も?」
「今のところ確認できてない」
エメラは資料を置いた。
「確かに、突然街を出る理由は薄いですね」
「次はこっち」
セリアがまた別の紙を出す。
「ミナ・ローデ。19歳。食堂の給仕」
「若いな」
ダンテが言う。
「仕事が終わった後、店を出たところまでは確認されてる。そこから家まで歩いて15分くらい。でも帰宅してない」
「道中で何かあった?」
「調べたわ。争った痕跡も血痕もなし。悲鳴を聞いた人もいない」
「他にも似たような感じですか?」
「ほとんどね」
セリアが11人分の資料を見渡す。
「昨日まで普通に生活していた人間が、突然いなくなる」
「身代金の要求は?」
「1件もないわ」
「遺体は?」
「見つかってない」
ダンテの耳が小さく動く。
「魔獣の可能性は?」
「それも調べた」
セリアは地図の外側を指す。
「街の外で魔獣に襲われたならともかく、城壁の中まで大型の魔獣が入り込めばまず分かる。それに11人も襲われて、血や肉片が1つも見つからないなんて考えにくい」
「小型の魔獣なら?」
「人間1人を痕跡もなく運び出せるものとなると、かなり限られるわ」
エメラは腕を組んだ。
「つまり、今のところ何が原因なのかすら分かってない」
「そういうこと」
セリアが小さく息を吐く。
「最初のうちは、軍だけで調べていたの。でも人数が増えてきて、さすがに通常の失踪として扱えなくなった」
カルタは大きな街だ。軍には普段から山ほど仕事がある。
「それで冒険者ギルドにも協力を?」
「ええ」
セリアが頷いた。
「軍だけじゃどうしても人手が足りない。それに冒険者は、軍とは違う場所にも顔が利くから」
「酒場とか、裏通りとか?」
「そう。軍服を着た人間が行くと口を閉ざす相手でも、冒険者相手なら話すことがある」
「なるほど」
「それに街の外も調べてもらえる。失踪者がどこかへ連れ出されてる可能性も考えたからね」
「それで何人くらいが依頼を受けたんです?」
「最初は6人」
「結構いるな」
ダンテが言う。
「全員が同時に動いてたわけじゃないけどね、仲間と一緒の人たちもいたり。それぞれ手分けして違う場所を調べてもらってた」
「何か見つかった?」
セリアは答える前に、少しだけ間を置いた。
「ほとんど何も」
「ほとんど?」
「何人かは、失踪者が消える少し前に知らない人物と話していたって証言を拾ってきた。でも相手の特徴が一致しない」
「男だったり女だったり?」
「そう。年齢も服装もばらばら。結局、同一人物なのかどうかも分からなかった」
「変装の可能性は?」
「考えたけど、証拠はない」
エメラは資料を見ながら考える。
時間とともに増えていく失踪。
街を出た記録も争った痕跡もない。
「そして、依頼を受けた冒険者まで消えた」
エメラが言う。
セリアの表情が少し曇った。
「……ええ」
机の端から2枚の紙を取る。
「ルド・ハイン。冒険者歴7年。そしてネイル・ガッド。冒険者歴4年」
「2人?」
「どちらも別々に失踪した」
「事件を調べてる途中で?」
「そう」
「最後にどこに行ったかは?」
「ルドは南側の倉庫地区。ネイルは西の水路沿いを調べていた」
「それ以降、姿を見た人はいない?」
「今のところは」
ダンテが目を細める。
「人を探しに行った奴まで消えるとなると、話が変わってくるな」
「ギルドもそう判断したわ」
セリアは少し悔しそうに続ける。
「新しい依頼を出しても受ける人間がほとんどいなくなった」
「そりゃそうだろうな」
「自分まで失踪するかもしれない仕事なんて、報酬を上げても嫌がるわ」
「軍から強く依頼することは?」
「できない。冒険者は軍人じゃないもの。危険だと判断した依頼を断る権利はある」
「それで人手不足になった」
「ええ」
セリアが腕を組む。
「今も調査を続けてくれてる冒険者が1人いるけど、それだけ」
「その人は大丈夫なんですか?」
「今のところはね」
「どんな人?」
エメラが尋ねる。
セリアは一瞬考えた。
「……変わった人、って感じね」
「それだけ?」
「だって報酬はいらないっていうのよ?自分も失踪者の方になるかもしれないのに」
「……それはずいぶん変わってる人ですね。報酬がいらない理由は聞きました?」
「もちろん聞いたわ、理由は「金なら持ってる」だそうよ」
「それなら冒険者じゃなくてもよさそうですけどね」
「私もそう思うわ、まあ人それぞれ考え方はあるし、捜査のを手伝ってくれているのは助かってるしね」
「その冒険者、怪しくないんですか?」
「もちろん、ギルドに素性を調べてもらったけど、不審な点は無かったわね」
「ちなみに彼の冒険者ランクは7よ」
「な、7!?」
冒険者ランク、ギルドに冒険者として登録すると1から始まり、等級的な最高の数字は8。
つまり、その冒険者は相当の実力者だということであり、ギルドからの信頼も高い人物であることが推測される。
「そんなすごい人が調査しているなんて……早く会ってみたいな、なあダンテ」
「会っても自信を無くすなよ」
「確かにな、そこは気を付ける」
「でも軍としては扱いにくいのよ」
「何度言っても単独で動くし、報告も気が向いた時にしか来ない。こっちから聞いても全部は話さない」
「なかなか頭を痛めてるのよ」
「よくそれで捜査に協力してますね」
「私もそう思う」
セリアは苦笑した。
「でも、依頼を降りる気はないみたい」
「実際の実力は?」
「ランク7だから同然かなり腕は立つと思う」
「思う?」
「戦ってるところは見たことないから。ただ、この事件を1人で調べ続けて今も無事。それだけでも普通じゃないでしょ?」
「確かに」
エメラはその冒険者について少し気になったが、今はそれ以上聞かなかった。
改めて11人分の資料へ目を落とす。
「失踪した人たちに共通点は?」
「それが見つからないの」
セリアが地図へ赤い印を追加していく。
「男が7人、女が4人。最年少が19歳、最年長が52歳」
「職業は?」
「荷運び、給仕、薬草商、鍛冶職人、露店商、宿屋の従業員、冒険者……本当にばらばら。住んでる場所もそうよ」
地図の赤い印はカルタの各地へ散っていた。
東西南北、各地にばらけており、特定の地区に集中しているようには見えない。
「金持ちだけでもない?」
「むしろ普通の住民が多いわね」
「魔術師は?」
「冒険者の2人だけ」
「……それだけ?」
エメラは思わず聞き返した。
「ええ。少なくとも、軍が確認している限りではね。残りは魔術を仕事にしていたわけでもないし、家族から聞いた話でも術を使えたという記録はないわ」
「なら、魔術師を狙ってるわけじゃなさそうだな」
ダンテが言う。
「そうね。私たちも最初は何か特別な能力を持った人間が狙われてるんじゃないかって考えたけど、それらしい共通点は見つからなかった」
エメラは改めて資料を眺める。
年齢、性別、職業も違う。住んでいる場所もばらばら、魔術が使えるかどうかさえ関係がない。
これでは無差別に人を攫っているようにしか見えない。
「健康状態は?」
「健康状態?」
「例えば病気だったとか、逆に身体が丈夫だったとか」
「そこまではまとめてないわね」
「家族構成は?」
「それも人によって違う」
「最近何か新しいことを始めたとか、普段行かない場所に行ったとか」
「……そこまでは分からない」
セリアが少し考える。
「一応、失踪した人の家族や職場には聞き込みしてるけど、細かい生活まで全部洗えてるわけじゃないわ」
「なら、直接話を聞きに行ってもいいですか?」
「また?」
セリアが僅かに眉を上げた。
「同じことを聞いても、新しい話が出るとは限らないわよ」
「分かってます。でも、聞く内容を少し変えてみたいんです」
「どういう風に?」
「失踪した当日のことじゃなくて、その少し前の生活について聞きたい」
セリアが黙る。
「事件が起きた日ばかり調べても、犯人がその前から接触していたなら分からないでしょう?」
「……なるほど」
セリアは腕を組んだ。
「失踪前の行動を広く洗い直すってことね」
「はい。いなくなる1週間とか2週間前に、何か普段と違うことがなかったか」
「随分地道なやり方だな」
ダンテが言う。
「地道なのは嫌いか?」
「歩き回るのは嫌いだ」
「じゃあ肩に乗ってていいから」
「最初からそのつもりだ」
「そうですか」
セリアが小さく笑った。
「分かった。付き合うわ。ただ、全部回るなら1日じゃ終わらないわよ」
「急ぐより、見落とさない方がいいです」
「そうね」
セリアは資料の中から1枚を取り出した。
「それなら、まずこの人から行きましょう」
「ダリオ・メルク?」
「最初に話した荷運びの男。母親と2人暮らしだから、日頃の様子を一番知ってるはず」
「お願いします」
3人はまずダリオの家へと向かうことにした。




