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第1章―5 坑道の先の死闘

「ここは……」


 魔法陣の光が弾け、エメラの視界が戻った瞬間、鼻腔を満たしたのは土と草の匂いだった。鉱山の中の澱んだ空気ではない。外の、冷たい朝の空気だ。


 ガレスに案内された鉱山の入り口付近、森の中だった。


 木々が周囲を囲み、葉の間から朝の光が差し込んでいる。遠くで鳥が鳴いた。戦闘の直後にいるとは思えないほど、穏やかな風景だ。


 あらかじめ転移先として設定してあったのだろう。札を使った転移は簡易的なものがほとんどで、あまり遠くには飛べない。しかしこの場所に転移するだけでは、鉱山が爆破されれば崩落に確実に巻き込まれる。ここを中継地として、もう1つ転移の魔法陣を準備してあるはず——。


 エメラがそう考えながら周囲を窺っていると、足元に何かが近づいてきた。


 先ほどダンテについていかせた地這い蛇だ。するする、と草の上を這いながら、エメラの足元に集まってくる。


 地這い蛇は体を波打たせ、ある方向を示すように動いていた。


「ダンテが見つけてくれたのか」


 エメラは小さく呟き、地這い蛇が示す方向に目を向けた。木々の間、わずかに開けた場所に——もう1つ、転移の魔法陣があった。地面に刻まれた線が、朝の光の中でかすかに光っている。


「こいつで再度転移したんだな」


 しかし問題がある。こういった転移の魔法陣は無効化がたやすく、転移先の魔法陣を解除されてしまえば転移が行えない。また、転移できたとしても、転移先で待ち構えられていれば囲まれる可能性が高い。


 それにもう1つ——ダンテの姿が、どこにも見当たらない。


 エメラは周囲を見回した。地這い蛇は魔法陣の周りをうろうろしているが、ダンテの姿はない。


「まさか、先に転移したのか……?」


 嫌な予感がエメラの背筋を走る。もしダンテが一人で転移先に飛んでいたとしたら——。


「地這い蛇よ、ダンテは魔法陣に行ったか? 案内してくれ」


 エメラが小声で命じると、地這い蛇は動き出した。その行先は意外にも魔法陣ではなく、森の奥へと続いていく。


「魔法陣は使わなかったのか?」


 疑問を持ちながらも、エメラは地這い蛇についていく。


 森の奥へと進むにつれ、周囲の様子が変わっていった。


 ところどころ、木が燃えている。焦げた草木の匂いが鼻をつく。地面には引きずったような跡、抉られた土、そして——血痕も見られた。赤黒い色が、草の間に点々と続いている。


「きっとダンテがファス達を追いながら戦っているのだろう」


 エメラは杖を握りしめ、警戒しながら前に進んだ。足音を殺す。朝の光だけを頼りに、地這い蛇の動きを追う。


 戦闘の跡は続いていた。倒れた木、抉られた地面、炎で焦げた岩の表面。ここで何が起きたのか、地面が語っていた。


 そして——前方から、何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。


「ダンテ!」


 エメラは走り出した。


 少し走ると、開けた場所に出た。


 そこには——ナイフを構えたファスと、魔術を展開している魔術師の男。その2人と対峙しているダンテがいた。


 全員、まだこちらに気づいていない。


 遠目からだが、ダンテに大きな傷は見えない。しかし抗戦はしているが、劣勢だ。小さな体で地面を蹴り、2人の間を縫うように動いているが、それが精一杯だと分かった。


「あの2人、強い」


 エメラは状況を一瞬で判断した。そして、走りながら詠唱を始める。


「根を這い、幹を鎌首とせよ。大地の息を吸い、我が声を聴け。木の命、蛇の姿に転じて、地を裂け――地這い蛇!」


 光が足元に散らばり、一匹、また一匹と次々と木の体を持った蛇が姿を現す。


「食らいつけ、地這い蛇!」


 エメラの号令で、蛇たちが一斉に飛びかかった。


「!」


 ファスと魔術師は驚いて守りの体勢を取る。その隙にエメラが戦闘に割って入り、ダンテに声をかけた。


「苦戦してるじゃないかダンテ」


「苦戦なんてしちゃいない」


 ダンテが少し強がる。だが声に、いつもの余裕が少し足りない。


「しかし実際……この愛されフォルムのままじゃあ戦闘は難しい」


 小さな体で地面を蹴りながら、ダンテは悔しそうに呟いた。自分の体の限界を、誰より正確に理解しているのはダンテ自身だ。


「また貴様か!」


 ファスが鋭い目でエメラを睨みつけた。


「しつこい冒険者だ。鉱山はどうした? もう爆発するんじゃないのか? いいのかぁ? ほっといて」


「悪いが、魔法陣は止めさせてもらった」


 エメラは杖を構えた。


「!? 貴様……!」


 ファスの顔が歪んだ。確信が崩れた者の顔だ。


「旦那、こいつはまずいですぜ。さっさと逃げましょうや。対人戦闘は契約には入ってないはずですぜい」


「つべこべ言うな! 倍払うからこの状況をなんとかしろ」


 それを聞くと、ずっと逃げ腰だった魔術師がニヤリと笑った。


「へっへっへ、旦那、言質はとりやしたぜい」


「そうするっと、本気でいきましょうかね。毎度ありい」


 そう言うと魔術師は懐から札を取り出した。先ほどとは構え方が違う。力が込められているのが、空気の重さで分かった。


「エイル・セルン・ヴァル・イグニス(中級火炎連弾)」


 炎の塊が複数飛び出し、エメラとダンテに向かってくる。


「くっ!」


 エメラは咄嗟に杖を振るい、地這い蛇を盾にする。蛇たちが火球を受け止めるが、次々と焼け焦げて消えていく。灼けた木の匂いが辺りに漂った。


「ダンテ、下がって!」


「いや、ここで引いたら追い詰められない!」


 ダンテは小さな体で地面を蹴り、火球の間を縫うように駆ける。だが炎の熱で毛並みが焦げる。また焦げていく。体のあちこちに、焦げた跡が増えていった。


「ちっ、小賢しい!」


 ファスがダンテに向かって突進した。ナイフが閃く。ダンテは跳躍してかわすが、着地の瞬間にファスの蹴りが体を直撃した。小さな体が吹き飛ばされ、木の幹に激突する。鈍い音がした。


「ダンテ!」


 エメラが叫ぶ。このまま守勢に回っては駄目だ。そう判断したエメラは、詠唱を始めた。


「天地の理を反むきて、命の種を禍根と成す。根なき弾よ、風を裂きて飛び、敵の身を穿て。彼の命を糧として芽吹き、やがて花を咲かすは死の華――」


 エメラの杖が淡い緑の光を放ち始める。魔力が集束し、杖の先端に小さな光の球が次々と生まれていく。


「くらえ! 種弾!」


 杖先へ集まった種が、弾丸のように連続して放たれた。鋭い風切り音を立てて、種弾が空気を裂いて飛んでいく。


「!」


 ファスは咄嗟に身を捻り、種弾をかわそうとする。だが、数が多い。腕と足に何発か命中した。


「ぐああ、おのれえ!」


 ファスが苦痛に顔を歪める。種が肉に食い込み、じんじんとした痛みが走る。魔術師も回避を試みるが、種弾は広範囲に散らばって飛んでくる。


「エイル・ダーン・ヴァル・イグニス(中級火炎障壁)」


 魔術師が慌てて札を投げ、炎の壁を展開する。いくつかの種弾は炎に触れて焼け落ちるが、障壁の展開が間に合わなかった種が肩と脇腹に突き刺さった。


「ぐっ!」


 魔術師が呻く。


「痛みはありますが、この程度大したことはねえですぜい!」


 魔術師は歯を食いしばり、反撃の姿勢を崩さない。すぐさま懐から新たな札を取り出す。


「エイル・セルン・ヴァル・イグニス(中級火炎連弾)」


 5つ、6つ、7つ——連続で放たれる火球がエメラとダンテに向かって飛んでくる。


「地這い蛇!」


 エメラは素早く蛇を呼び出す。地面から木の蛇が次々と這い出し、火球に向かって跳躍する。蛇たちが火球に巻きつき、爆発を相殺していく。ボン、ボンと小さな爆発音が連続して響く。


 だが、数が多い。蛇が間に合わず、火球がエメラに迫った。


「くっ!」


 エメラは杖を盾のように構え、炎を受け止める。衝撃で体が後ろに押される。杖が熱を帯び、手のひらがじりじりと焼けた。


「エメラ!」


 ダンテが心配そうに叫ぶ。


「大丈夫だ!」


 エメラは歯を食いしばりながら答えた。だが、息が上がり始めている。


 内心では、残りのマナを計算していた。戦闘の術よりも、回復術の方がはるかに大量のマナを消費する。前日の鉱夫たちの治療で大量消費し、先ほどカールにマナを通しながら回復術を並行して行ったことで、さらに削れた。現在残っているマナは、ベストの状態の二割も満たない。


 それでも——戦いを止めるわけにはいかない。


「ちっ、しつこい!」


 ファスはナイフを構えたまま、じりじりと後ろへ下がり始めた。逃げる算段を考えているのが分かる。視線が時折、森の奥へと向けられた。


「旦那、こいつらしつこいですぜ!どうしますかい!?」


「時間を稼げ! 俺が逃げ道を確保する!」


「了解ですぜい!」


 再び札を取り出し、立て続けに魔術を放つ。


「エイル・セルン・ヴァル・イグニス(中級火炎連弾) エイル・セルン・ヴァル・イグニス(中級火炎連弾)」


 二度、三度と連続で火炎連弾が放たれる。今度は数がさらに多い。空気が歪むほどの熱量が迫ってくる。


「こんなに連続で!」


 エメラは必死に地這い蛇を召喚し続けた。だが、蛇の生成が追いつかない。


「逃がすか!」


 ダンテが地面を蹴り、ファスの足元に飛びかかった。鋭い牙がファスのブーツに噛みつく。小さな体ながら、顎の力は強い。


「この小動物が!」


 ファスは足を激しく振ってダンテを振り払おうとする。だが、ダンテは食らいついたまま離さない。


「邪魔だ!」


 ファスはナイフを逆手に持ち、ダンテに向けて振り下ろす。


「ダンテ!」


 エメラが叫ぶが、距離がある。間に合わない——その瞬間、ダンテは咄嗟にファスの足から離れ、横に跳んだ。ナイフが地面を抉る。


「ちっ、素早い!」


「エイル・セルン・ヴァル・イグニス(中級火炎連弾)」


 ダンテに向けて火球を3つ同時に放つ。


「ダンテ、危ない!」


 エメラが叫ぶと同時に、地這い蛇が地面から飛び出し、ダンテの前に割り込んだ。蛇たちが火球を受け止め、激しく燃え上がる。焦げた木の匂いが漂う。


「へっへっ、そっちに気を取られてる場合ですかい!」


 エメラに向けて連続で火球を放つ。今度は一度に10発近い火球が迫ってくる。


「くっ、多すぎる!」


 エメラは杖を振るって地這い蛇を次々と召喚する。蛇たちが火球を迎え撃つが、数が足りない。いくつかの火球がエメラの体をかすめ、服が焦げる。熱で肌がひりひりと痛んだ。


「エメラ!」


 ダンテが再びファスに飛びかかる。今度は足ではなく、腕を狙った。ファスがナイフを構えている腕に噛みつく。


「ぐっ!」


 ファスが痛みに顔を歪め、ナイフを落としそうになる。


「この……!」


 ファスは左手でダンテの体を掴み、力任せに引き剥がそうとする。ダンテは必死に抵抗するが、人間の力には敵わない。


「離せ!」


 ファスがダンテを地面に叩きつけた。ダンテの体が地面に激突し、苦しそうに呻く。


「ダンテ!」


 エメラが駆け寄ろうとするが、魔術師がそれを許さない。


「エイル・セルン・ヴァル・イグニス(中級火炎連弾)」


 再び火球がエメラを阻む。エメラは立ち止まり、防御に専念せざるを得ない。額に汗が滲み、呼吸が荒くなってきた。


「へっへっ、そろそろ限界ですかい?」


 魔術師が嘲笑う。


「エイル・ダーン・ヴァル・イグニス(中級火炎障壁)」


 魔術札を投げると、炎の壁が自分とファスの前に展開された。エメラの地這い蛇が炎の壁に触れ、次々と焼け焦げていく。高い炎の壁が視界を遮る。


「くそっ……!」


 エメラは歯を食いしばった。このままではジリ貧だ。ファスは着々と逃げる準備を整えている。火炎障壁が邪魔で、ファスの動きが見えない。


 ダンテは地面から立ち上がったが、体を震わせていた。小さな体には、限界がある。


「エメラ……このままじゃ逃げられちまう……」


「大丈夫……もう少しだけ、時間を稼げば……」


 エメラは杖を構え直した。そして——笑みを浮かべた。疲れ果てた顔の中の、静かな笑みだった。


「地這い蛇!」


 再び蛇を召喚する。今度は数を増やし、一度に20匹近い蛇が地面から這い出す。


「おっと!」


 魔術師が驚く。


「エイル・ラシュ・ヴァル・イグニス(中級拡散火炎弾)」


 先ほどより火の威力は小さいが無数の火球を放つ。しかし蛇の数が多すぎて、全ては焼ききれない。いくつかの蛇が火炎障壁をすり抜け、魔術師に襲いかかった。


「ぐっ!」


 魔術師は慌てて後ろに下がり、蛇を踏みつけて潰す。だが蛇は次々と襲ってくる。足元に絡みつき、動きを鈍らせる。


「旦那、ちょいとまずいですぜ!」


「もう少しだ! 耐えろ!」


 ファスの声が火炎障壁の向こうから聞こえる。


 ダンテも再び動き出した。小さな体で地面を蹴り、火炎障壁の脇を回り込む。魔術師の足に飛びかかった。


「またお前か!」


 魔術師はダンテを蹴り飛ばそうとするが、地這い蛇が足に絡みついているため、動きが鈍い。ダンテの牙が魔術師のふくらはぎに食い込む。


「ぎゃあ!」


 魔術師が悲鳴を上げる。足に食らいついたダンテめがけてファスがナイフを投げるが、ダンテは身をひるがえしてかわした。


「もう知らねえ、全て灰になりやがれい」


「エイル・セルン・ヴァル・イグニス(中級火球連弾)」


 魔術師は痛みをこらえ、残りのマナをつぎ込んだ。至近距離からの攻撃だ。


「ダンテ!」


 エメラが叫ぶ。だが、ダンテは素早く離れ、火球をかわした。火球は地面に激突し、小さなクレーターを作る。


「ちっ、当たらねえ!」


 魔術師が苛立った声を上げる。


 そして——。


「時間切れだ」


 エメラが低く呟いた。


 その瞬間、ファスと魔術師の体に異変が起きた。


「な、なんだ!?」


 ファスが驚きの声を上げる。体にめり込んでいた種弾が、2人の生命力を吸って急激に成長し始めたのだ。みるみるうちに芽を出し、蔓となり、2人の体に絡みつく。皮膚を突き破って伸びた蔓が、まるで生き物のように蠢いた。


 種弾の詠唱に、答えがあった。


 やがて花を咲かすは死の華——。


 それは比喩ではなかった。種は肉の中で眠り、時を待ち、宿主の生命力を糧に芽吹く。


「ぐ、ぐああ! なんだこれは!」


 ファスが腕を振り回すが、蔓はさらに伸び、腕全体を覆っていく。肩から胸へ、胸から腹へと這い上がる。


 魔術師も同様だ。肩と脇腹から伸びた蔓が、腕と胴体を締め上げていく。緑色の蔓が服を突き破って体に食い込む。


「ぐっ、ぐおおお!」


 魔術師が苦しそうに呻く。札を取り出そうとするが、腕が蔓に縛られて動かせない。


「生命の息吹よ、そのまま体を縛り上げよ!」


 エメラが命じると、蔓はさらに勢いを増した。ファスの両腕、両足が完全に蔓に覆われ、動きが封じられる。蔓は首にも巻きつき、締め上げていく。


「くそっ、離せ、離せえ!」


 ファスが暴れるが、蔓はびくともしない。それどころか、暴れれば暴れるほど、蔓は締め付けを強めていく。まるで意思を持っているかのように、確実に獲物を捕らえる。


 ファスの体が地面に引き倒された。膝から崩れ落ち、そのまま横倒しになる。


「旦那、やべえですぜ! こ、これ……!」


 魔術師も必死に抵抗するが、同じように蔓に全身を縛られていく。足が蔓に絡め取られ、バランスを崩して倒れる。


「エイル・ダーン・ヴァル・イグニス(中級火炎障壁)――」


 魔術師が最後の抵抗として火炎障壁を展開しようとする。だが、蔓が腕を締め上げ、手に持っていた札が地面に落ちた。札へ流していたマナが途切れ、火炎障壁が消える。


「ぐ……ぐあああ!」


 魔術師の悲鳴が森に響く。


 2人は完全に拘束された。蔓は絶え間なく成長し続け、まるで繭のように2人を包み込んでいく。わずかに顔が見える程度で、体は完全に緑の蔓に覆われている。


 静寂が、森に落ちた。


 エメラは深く息をついた。


 杖を下ろす。体中から力が抜けていく。膝がガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうだった。杖を地面につき、支えにして、かろうじて立っている。


「ハァ……ハァ……」


 荒い息を吐きながら、額の汗を拭った。手の甲に、熱の痛みがある。いくつか、傷もある。しかし今はそれを気にしている余裕がない。


 ダンテがエメラの足元に歩み寄ってきた。体のあちこちに焦げ跡があり、毛並みがボロボロだ。


「イマイチいいとこなかったな」


 ダンテが少し落ち込んだ様子で呟く。小さな体で必死に戦ったが、決定打を与えることはできなかった。その悔しさが、声の底に滲んでいた。


「だってお前、手加減できないからな。本気出させるわけにはいかないよ」


 エメラは苦笑しながら、ダンテの頭を撫でた。焦げて固くなった毛並みを、それでも優しく。


「この体じゃあ、どうしても限界がある」


 ダンテは小さく唸った。悔しそうに地面を見つめる。自分の力を一番よく知っているのは、ダンテ自身だ。本来の姿なら、あの程度の2人、相手にもならなかっただろう。それが分かっているからこそ、悔しい。


「でも、お前のおかげで隙ができた。それで十分だ」


 エメラはそう言って、ダンテの体を抱き上げた。焦げた毛の匂いがした。それでも、温かかった。


「ちょっと休んでろ。後は任せて」


「……ああ」


 ダンテはエメラの腕の中で大人しくなった。体の力を抜いて、エメラに預ける。普段は絶対にしない、その体勢で。


 エメラは拘束されたファスと魔術師に近づいた。2人は蔓に縛られたまま、地面でもがいている。


 ファスの目がエメラを見上げた。怒りと、それから——恐怖の色が混じっていた。


「さて……お前たちには色々と聞きたいことがある」


 エメラの目が鋭く光った。疲労で霞みかけた視界の中、しかし意思の強さは失われていない。杖を2人に向ける。


「2人とも、町の警備隊に突き出させてもらうよ」


 風が吹いた。木々が揺れ、葉の擦れる音が森に満ちた。


「その前に……」


 エメラは静かに続けた。


「この鉱山で何をしていたのか。誰の指示で動いていたのか。カールや他の鉱夫たちをどうやって操っていたのか……全て、話してもらおう」


 蔓に縛られたまま、ファスは唇を噛みしめていた。しばらくの沈黙の後、視線を逸らす。


 しかし、蔓はじわりとさらに締め付けを強めた。


「……っ」


 ファスは息を呑んだ。


 森の中で、鳥の声だけが響いていた。


「お前たちの目的はなんだ。鉱山を崩壊させて、何をしようとしていた」


 エメラは杖を2人に向けたまま、低く問いかけた。


 蔓に縛られたファスは、苦しそうに顔を歪めながらも、エメラを睨みつけた。憎悪の色が、その目にある。疲弊しきっているのに、それだけは消えていない。


 沈黙が続いた。


「答える気はないようだな」


 エメラは冷静に言った。


 魔術師の男も、歯を食いしばって黙り込んでいる。肩で息をしながら、視線を地面に落としていた。


「まあ、いい。時間はたっぷりある」


 エメラはそう言うと、杖を軽く振った。


 その瞬間、2人の体に巻きついた蔓がぐっと締まった。


「ぐっ……!」ファスが苦痛に顔を歪める。


「が、ぐあああ!」


 魔術師が悲鳴を上げた。蔓が胴体を締め上げ、肋骨に食い込んでいく。呼吸が浅くなり、顔が赤くなる。


「い、痛い……! 痛い痛い痛い!」


「黙れ……!」


 ファスが低く言ったが、その声も苦しげだ。


「ぐ……ぐう……」


 ファスは歯を食いしばり、痛みに耐えている。額に脂汗が浮かび、顔が青白くなっていく。それでも、口を割ろうとしない。


「旦那……! 俺は……俺はもう……!」


 魔術師が泣きそうな声で言った。


「喋るな……! 絶対に……喋るな……!」


「ぐ、ぐあああああ!」


 魔術師の悲鳴が一段と大きくなった。蔓が腕と胴を強く締めつけ、魔術師は苦痛に顔を歪めた。


「もう……もう無理ですぜ……! 話す……話しますから……!」


「貴様……!」


 怒りに満ちた目で魔術師を睨む。


「ここまでされて黙っとく義理はねえですぜい……! 俺は……俺はただの雇われですぜ……! 金をもらって、この鉱山を潰す仕事を請け負っただけで……!」


「黙れ! 黙れと言っている!」


「ファスの旦那に雇われただけですぜい! ただ、金が良かったから引き受けただけですぜい……! この鉱山を山ごと無くせと……それだけ言われたんです……!」


「……」


 エメラは黙って聞いていた。


「本当ですぜ! 俺はただの魔術師で、旦那に雇われて……!」


「うるさい! 黙れと言っている!」


 ファスが怒鳴るが、その声も苦しげだ。蔓の締め付けで、呼吸がままならない。それでも彼は口を割ろうとしない。呼吸を乱しながらも、まだ口を閉ざしている。


「ファスとやら」


 エメラが静かに言った。


「お前がどれほど忠誠心が強いのかは分からないが……このまま死ぬつもりか?」


「……くそ……」


 ファスは歯を食いしばったまま、まだ抵抗している。蔓がさらに動きを封じ、ファスは歯を食いしばった。


 その時だった。


「エメラ!」


 森の奥から、ガレスの声が聞こえた。


 現れたのはガレスと、警備隊長らしき男、それに4人の隊員だった。


「カールは無事に街へ送った。警備隊を連れてきたぞ!」


 ガレスが息を切らしながら言う。


 エメラは安堵した。隊長は拘束されたファスと魔術師を確認し、落ち着いた声で尋ねた。


「鉱山から地鳴りのようなものがしていたから向かっていたら2人に出会ってな。この2人が、一連の事件の犯人か」


「はい。ファスが首謀者です。こちらの魔術師は雇われて、鉱山内の術式を構築していました」


「分かった。後はこちらで引き受ける。拘束を我々の封術具へ替えられるか?」


 エメラは蔓の締めつけを止めた。ただし完全には解かず、警備隊員が封術具と縄を取り付けるまで動きを封じておく。


 隊員たちの手際はよかった。ファスと魔術師は立たされ、森の奥へ連れていかれる。


 その間、ダンテは隊長たちを注意深く見ていた。


 隊長がエメラへ向き直った。


「君はかなり消耗している。後は任せて休んでくれ」


「分かりました、お願いします」


 隊長たちはファスと魔術師を連れ、森の奥へ姿を消した。


「俺たちも戻ろう」


 ガレスが言う。エメラは頷こうとして、ふと違和感を覚えた。


 何故、ここが分かったのか、確かに戦闘はあったが、警備隊がついた時の気配、なにかが可笑しい。


 だが、問いかけるより早く視界が揺れた。


 全身から力が抜け、膝が崩れる。


「エメラ!」


 ダンテの声が遠ざかっていく。


 倒れる直前、エメラが最後に見たのは、ガレスの顔だった。


 心配そうにこちらを見下ろしている。そこで意識は途切れた。

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