ep13 坑道の先の死闘2
「地這い蛇!」
再び蛇を召喚する。今度は数を増やし、一度に20匹近い蛇が地面から這い出す。
「おっと!」
魔術師が驚く。
「エイル・ラシュ・ヴァル・イグニス(中級拡散火炎弾)」
先ほどより火の威力は小さいが無数の火球を放つ。しかし蛇の数が多すぎて、全ては焼ききれない。いくつかの蛇が火炎障壁をすり抜け、魔術師に襲いかかった。
「ぐっ!」
魔術師は慌てて後ろに下がり、蛇を踏みつけて潰す。だが蛇は次々と襲ってくる。足元に絡みつき、動きを鈍らせる。
「旦那、ちょいとまずいですぜ!」
「もう少しだ! 耐えろ!」
ファスの声が火炎障壁の向こうから聞こえる。
ダンテも再び動き出した。小さな体で地面を蹴り、火炎障壁の脇を回り込む。魔術師の足に飛びかかった。
「またお前か!」
魔術師はダンテを蹴り飛ばそうとするが、地這い蛇が足に絡みついているため、動きが鈍い。ダンテの牙が魔術師のふくらはぎに食い込む。
「ぎゃあ!」
魔術師が悲鳴を上げる。足に食らいついたダンテめがけてファスがナイフを投げるが、ダンテは身をひるがえしてかわした。
「もう知らねえ、全て灰になりやがれい」
「エイル・セルン・ヴァル・イグニス(中級火球連弾)」
魔術師は痛みをこらえ、残りのマナをつぎ込んだ。至近距離からの攻撃だ。
「ダンテ!」
エメラが叫ぶ。だが、ダンテは素早く離れ、火球をかわした。火球は地面に激突し、小さなクレーターを作る。
「ちっ、当たらねえ!」
魔術師が苛立った声を上げる。
そして——。
「時間切れだ」
エメラが低く呟いた。
その瞬間、ファスと魔術師の体に異変が起きた。
「な、なんだ!?」
ファスが驚きの声を上げる。体にめり込んでいた種弾が、2人の生命力を吸って急激に成長し始めたのだ。みるみるうちに芽を出し、蔓となり、2人の体に絡みつく。皮膚を突き破って伸びた蔓が、まるで生き物のように蠢いた。
種弾の詠唱に、答えがあった。
やがて花を咲かすは死の華——。
それは比喩ではなかった。種は肉の中で眠り、時を待ち、宿主の生命力を糧に芽吹く。
「ぐ、ぐああ! なんだこれは!」
ファスが腕を振り回すが、蔓はさらに伸び、腕全体を覆っていく。肩から胸へ、胸から腹へと這い上がる。
魔術師も同様だ。肩と脇腹から伸びた蔓が、腕と胴体を締め上げていく。緑色の蔓が服を突き破って体に食い込む。
「ぐっ、ぐおおお!」
魔術師が苦しそうに呻く。札を取り出そうとするが、腕が蔓に縛られて動かせない。
「生命の息吹よ、そのまま体を縛り上げよ!」
エメラが命じると、蔓はさらに勢いを増した。ファスの両腕、両足が完全に蔓に覆われ、動きが封じられる。蔓は首にも巻きつき、締め上げていく。
「くそっ、離せ、離せえ!」
ファスが暴れるが、蔓はびくともしない。それどころか、暴れれば暴れるほど、蔓は締め付けを強めていく。まるで意思を持っているかのように、確実に獲物を捕らえる。
ファスの体が地面に引き倒された。膝から崩れ落ち、そのまま横倒しになる。
「旦那、やべえですぜ! こ、これ……!」
魔術師も必死に抵抗するが、同じように蔓に全身を縛られていく。足が蔓に絡め取られ、バランスを崩して倒れる。
「エイル・ダーン・ヴァル・イグニス(中級火炎障壁)――」
魔術師が最後の抵抗として火炎障壁を展開しようとする。だが、蔓が腕を締め上げ、手に持っていた札が地面に落ちた。札へ流していたマナが途切れ、火炎障壁が消える。
「ぐ……ぐあああ!」
魔術師の悲鳴が森に響く。
2人は完全に拘束された。蔓は絶え間なく成長し続け、まるで繭のように2人を包み込んでいく。わずかに顔が見える程度で、体は完全に緑の蔓に覆われている。
静寂が、森に落ちた。
エメラは深く息をついた。
杖を下ろす。体中から力が抜けていく。膝がガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうだった。杖を地面につき、支えにして、かろうじて立っている。
「ハァ……ハァ……」
荒い息を吐きながら、額の汗を拭った。手の甲に、熱の痛みがある。いくつか、傷もある。しかし今はそれを気にしている余裕がない。
ダンテがエメラの足元に歩み寄ってきた。体のあちこちに焦げ跡があり、毛並みがボロボロだ。
「イマイチいいとこなかったな」
ダンテが少し落ち込んだ様子で呟く。小さな体で必死に戦ったが、決定打を与えることはできなかった。その悔しさが、声の底に滲んでいた。
「だってお前、手加減できないからな。本気出させるわけにはいかないよ」
エメラは苦笑しながら、ダンテの頭を撫でた。焦げて固くなった毛並みを、それでも優しく。
「この体じゃあ、どうしても限界がある」
ダンテは小さく唸った。悔しそうに地面を見つめる。自分の力を一番よく知っているのは、ダンテ自身だ。本来の姿なら、あの程度の2人、相手にもならなかっただろう。それが分かっているからこそ、悔しい。
「でも、お前のおかげで隙ができた。それで十分だ」
エメラはそう言って、ダンテの体を抱き上げた。焦げた毛の匂いがした。それでも、温かかった。
「ちょっと休んでろ。後は任せて」
「……ああ」
ダンテはエメラの腕の中で大人しくなった。体の力を抜いて、エメラに預ける。普段は絶対にしない、その体勢で。
エメラは拘束されたファスと魔術師に近づいた。2人は蔓に縛られたまま、地面でもがいている。
ファスの目がエメラを見上げた。怒りと、それから——恐怖の色が混じっていた。
「さて……お前たちには色々と聞きたいことがある」
エメラの目が鋭く光った。疲労で霞みかけた視界の中、しかし意思の強さは失われていない。杖を2人に向ける。
「2人とも、町の警備隊に突き出させてもらうよ」
風が吹いた。木々が揺れ、葉の擦れる音が森に満ちた。
「その前に……」
エメラは静かに続けた。
「この鉱山で何をしていたのか。誰の指示で動いていたのか。カールや他の鉱夫たちをどうやって操っていたのか……全て、話してもらおう」
蔓に縛られたまま、ファスは唇を噛みしめていた。しばらくの沈黙の後、視線を逸らす。
しかし、蔓はじわりとさらに締め付けを強めた。
「……っ」
ファスは息を呑んだ。
森の中で、鳥の声だけが響いていた。
「お前たちの目的はなんだ。鉱山を崩壊させて、何をしようとしていた」
エメラは杖を2人に向けたまま、低く問いかけた。
蔓に縛られたファスは、苦しそうに顔を歪めながらも、エメラを睨みつけた。憎悪の色が、その目にある。疲弊しきっているのに、それだけは消えていない。
沈黙が続いた。
「答える気はないようだな」
エメラは冷静に言った。
魔術師の男も、歯を食いしばって黙り込んでいる。肩で息をしながら、視線を地面に落としていた。
「まあ、いい。時間はたっぷりある」
エメラはそう言うと、杖を軽く振った。
その瞬間、2人の体に巻きついた蔓がぐっと締まった。
「ぐっ……!」ファスが苦痛に顔を歪める。
「が、ぐあああ!」
魔術師が悲鳴を上げた。蔓が胴体を締め上げ、肋骨に食い込んでいく。呼吸が浅くなり、顔が赤くなる。
「い、痛い……! 痛い痛い痛い!」
「黙れ……!」
ファスが低く言ったが、その声も苦しげだ。
「ぐ……ぐう……」
ファスは歯を食いしばり、痛みに耐えている。額に脂汗が浮かび、顔が青白くなっていく。それでも、口を割ろうとしない。
「旦那……! 俺は……俺はもう……!」
魔術師が泣きそうな声で言った。
「喋るな……! 絶対に……喋るな……!」
「ぐ、ぐあああああ!」
魔術師の悲鳴が一段と大きくなった。蔓が腕と胴を強く締めつけ、魔術師は苦痛に顔を歪めた。
「もう……もう無理ですぜ……! 話す……話しますから……!」
「貴様……!」
怒りに満ちた目で魔術師を睨む。
「ここまでされて黙っとく義理はねえですぜい……! 俺は……俺はただの雇われですぜ……! 金をもらって、この鉱山を潰す仕事を請け負っただけで……!」
「黙れ! 黙れと言っている!」
「ファスの旦那に雇われただけですぜい! ただ、金が良かったから引き受けただけですぜい……! この鉱山を山ごと無くせと……それだけ言われたんです……!」
「……」
エメラは黙って聞いていた。
「本当ですぜ! 俺はただの魔術師で、旦那に雇われて……!」
「うるさい! 黙れと言っている!」
ファスが怒鳴るが、その声も苦しげだ。蔓の締め付けで、呼吸がままならない。それでも彼は口を割ろうとしない。呼吸を乱しながらも、まだ口を閉ざしている。
「ファスとやら」
エメラが静かに言った。
「お前がどれほど忠誠心が強いのかは分からないが……このまま死ぬつもりか?」
「……くそ……」
ファスは歯を食いしばったまま、まだ抵抗している。蔓がさらに動きを封じ、ファスは歯を食いしばった。
その時だった。
「エメラ!」
森の奥から、ガレスの声が聞こえた。
現れたのはガレスと、警備隊長らしき男、それに4人の隊員だった。
「カールは無事に街へ送った。警備隊を連れてきたぞ!」
ガレスが息を切らしながら言う。
エメラは安堵した。隊長は拘束されたファスと魔術師を確認し、落ち着いた声で尋ねた。
「鉱山から地鳴りのようなものがしていたから向かっていたら2人に出会ってな。この2人が、一連の事件の犯人か」
「はい。ファスが首謀者です。こちらの魔術師は雇われて、鉱山内の術式を構築していました」
「分かった。後はこちらで引き受ける。拘束を我々の封術具へ替えられるか?」
エメラは蔓の締めつけを止めた。ただし完全には解かず、警備隊員が封術具と縄を取り付けるまで動きを封じておく。
隊員たちの手際はよかった。ファスと魔術師は立たされ、森の奥へ連れていかれる。
その間、ダンテは隊長たちを注意深く見ていた。
隊長がエメラへ向き直った。
「君はかなり消耗している。後は任せて休んでくれ」
「分かりました、お願いします」
隊長たちはファスと魔術師を連れ、森の奥へ姿を消した。
「俺たちも戻ろう」
ガレスが言う。エメラは頷こうとして、ふと違和感を覚えた。
何故、ここが分かったのか、確かに戦闘はあったが、警備隊がついた時の気配、なにかが可笑しい。
だが、問いかけるより早く視界が揺れた。
全身から力が抜け、膝が崩れる。
「エメラ!」
ダンテの声が遠ざかっていく。
倒れる直前、エメラが最後に見たのは、ガレスの顔だった。
心配そうにこちらを見下ろしている。そこで意識は途切れた。




