第2話 クワ振る武士
―― 翌朝 ――
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
虎一郎は早速家の周りの土地を耕し始めた。
「畑を耕すなど子供の頃ぶりか。しかし、戦のない国で畑仕事をするのも楽しいものよ」
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
「500年後に刀ではなくクワを振るとは……。世の中なにが起こるか分からないものだな……」
ザッ ザッ ザッ ドッ
虎一郎はブツブツと独り言を言いながら手を止めると、耕した畑を見てふと思った。
「種が無いな。忘れておった。いや、それよりも今は春なのか……、いや秋なのか……」
するとその時、遠くから虎一郎を呼ぶ女性の声が聞こえた。
「こいちろーさんですかー?」
虎一郎は声のするほうを見ると1人の若い女性立っていた。
「そうだ、虎一郎だ!!」
虎一郎はクワを置いて大声で返事をすると、若い女性は虎一郎のところへ駆け寄ってきた。
タッタッタッタッタ
「はじめまして、虎一郎さん! あたし、このゲームのメーカー、株式会社イグラァ庶務課の高橋愛芽。よろしくね」
「お、おお。わ、私は後藤虎一郎。将軍様よりこの土地を賜った者だ」
「将軍様!?」
「うむ。お付きの者がカイチョウと呼んでいた将軍様だ」
「あ、会長さんか! でもまぁ、将軍みたいなものか。ははは」
「お、お主、将軍様を笑い飛ばすとは……。しかも、その美しい着物と清潔な髪……。もしや、位の高い姫君であるか」
「姫? え、あたしが? ははは、そんなわけないって」
「違うのか? 愛芽という名も、位の高い姫君のようであるが……」
「あたしは会長……、えっと将軍さんから虎一郎さんのお世話をするように頼まれたんだ」
「なっ! 将軍様直々《しょうぐんさまじきじき》にか!」
「うん、そうだよ。あたしにしか出来ないって言ってくれて。へへへ」
それを聞いた虎一郎は愛芽にひれ伏して言った。
「将軍様に謁見できるほど位の高い世話役を賜るとは、なんたる名誉! 愛芽殿、宜しくお願いつかまつる」
「え、ちょ、ちょっと! 土下座?? 待って待って!」
愛芽は慌てて虎一郎の腕を引き上げると、笑顔で虎一郎に言った。
「あたし普通のOLだし、土下座はやめてよ、コイちゃん」
「コイちゃん?」
「あ、あだ名ね。コイチロウって長いじゃない?」
「そうか……。500年も経つと作法も変わるのだろうか。いや、世話になるのだから将軍様の国の作法に慣れなければ」
「え、なに?」
「いや、すまぬ。こちらの話だ。それでは宜しくお願いつかまつる、愛芽殿」
「おっけー、よろしくねコイちゃん。そういえば、何か困ってること無い?」
「……ふむ。困っていると言えば、今の季節が分からぬのだ。今は春であろうか」
「え、季節? この世界に季節ってあったっけ? ……えっと、いつも春……かな?」
「なんと!」
「天気は変わるけど、そんなに大雨降ったり嵐になったりもしないかな。エリアにもよるけどね」
「それは誠か!?」
「うん。それより、この畑ってコイちゃんが耕したの?」
「うむ。家の前に農具が置いてあってな。朝から耕しているのだ」
「え、すごい! 1人でやったんだよね?」
「そうであるが……」
「なんだ全然動けるじゃん。ちょっと待ってね」
愛芽はそう言うと手で何かを操作し始めた。
すると突然、虎一郎の視界に文字や図形が現れた。
「な、なんだこれは」
虎一郎は突然現れた文字や図形を掴もうとした。
ブン ブンブン
「ん? 手で掴めぬぞ」
愛芽は操作を終えると虎一郎に説明した。
「コイちゃん、今視界に表示されたのはインターフェイスって言うんだ」
「いんたー、ふぇいすぅ?」
「うん。右上にアイテム欄って書いてあるの読める?」
「……うむ、片仮名と漢字は読める。しかしそれ以外が分からぬ……」
「あ、そっか。矢口さんが現代日本語ファイルは入れたって言ってたけど、英語は読めないよね……。ちょっと待って」
愛芽はそう言うと、会社にいるエンジニアの矢口にボイスチャットを繋いだ。
『はい、矢口です』
「あ、高橋です。虎一郎さんアイテムとかは分かるみたいなんですけど、英語読めないみたいで。HPとかMPとかって日本語に変えられます?」
『あ、英語ファイル入れるの忘れてた! 言語ファイルを現代語に近づけるのに必死で……。ごめん、いま変えるね』
「おねがいしまーす」
すると虎一郎の視界にあった英字が日本語に変換された。
「おお! なるほどなるほど。……愛芽殿、この『命』というのは……」
「えっと、たぶんHPの事だよね。その棒がコイちゃんの命で、無くなったら死んじゃうんだ」
「なんと、寿命が見えるのか」
「えっと寿命っていうか、攻撃されたら減って、なくなると死んじゃうんだよね」
「ほう。怪我の具合いが見えるのだな」
「あ、それそれ! コイちゃん頭いい!」
「では、命の下にある妖力というのは……」
「たぶんMPだから、魔法を……、ってコイちゃん刀使うんだよね」
「私は武士であるからな」
「じゃあ関係ないか」
「愛芽殿。将軍様は戦のない世界だと仰せになった。刀は必要なのであろうか。野盗や山賊がおるのか?」
「え、ヤトウ屋さん族? ちょっとそれは分からないけど、モンスターとか悪い人もいるから……」
「そうか。悪人はいつの世にもおるのだな。己の身は己で守らねば」
「そうそう。じゃあ、とりあえずトレーニングルームに行ってみない? 戦闘のやり方を教えるように言われてるんだ。刀持ってきてもらっていい?」
「うむ、承知した」
タッタッタッタッタッタッ
虎一郎は家に刀を取りに行った。
愛芽は虎一郎の後ろ姿を見送ると、虎一郎が耕した畑を見渡して、その広さに思わず声を漏らした。
「やっぱ昔の人って力があるなぁ。今のゲーム設計は本人の腕力が反映するし、コイちゃん強かったりして。ははは」
タッタッタッタッタッタッ
「愛芽殿、刀を持って参った」
愛芽は虎一郎の刀を見ると驚いた表情で言った。
「わぁ、その刀かっこいいね」
「名匠の造ったものではないが幾多の戦を戦い抜いてきた相棒だ」
スッ……
虎一郎は刀を腰に差すと静かに刀身を引き抜いた。
そして刀を中段に構えると、それを見た愛芽は思わず口を開いた。
「え、うそ。コイちゃん、すっごいカッコイイ! 刀持つと変わるね!」
それを聞いた虎一郎は顔を赤くして恥ずかしがると、刀を鞘に納めて愛芽に言った。
「な、何をおっしゃるのだ愛芽殿。……あの、ええと、どこかに行くのではなかったか」
「あ、うん。そうそうトレーニングルームね。山を下って街に行くから付いてきて」
「うむ、承知した」
こうして虎一郎は愛芽と一緒にトレーニングルームへと向かった。