第十九話 喪失
地球に場面転換。
少し蒸し暑い初夏の夜、とある建物にて、通常では考えられない程の行列が出来ていた。
その行列に並んでいる者達の中で、大人達は全員黒と白を基調とした服を、それ以外の高校生だと思われる者達は全員学校指定の制服を、小学生やそれ以下の子供達はよそ行きの服や黒い服等様々だが、明るい色の服を着ている者は誰も居ない。
そこは哀しみ一色の雰囲気に満たされており、明るい雰囲気は微塵も存在しない。
並ぶ者達の顔には皆、哀しみの表情を浮かべており、中には泣いている者多くも居る。そんな表情の者達が順番で建物へ出入りしている建物の中には大きな祭壇があり、その前には二つの大きく上等な木の箱が並べられていた。
更にその前には腰位の高さの台が置かれ、その上には煙が出ている器が数個並べられており、その横には二人の男女が立っていた。
女性の名は塚原麻衣子、その顔は涙をぼろぼろと流しながらも真っ直ぐ前を向いていた。
その横に立つ男性の名は塚原刀真、涙は流していないが、その目は赤く腫れ上がっており、顔には悲痛の表情が浮かんでいた。
沢山の花で飾られた大きな祭壇には、二枚の写真が額に入った状態で飾られている。
その写真に写るのは、苦笑いを浮かべた一刀と、満面の笑みを浮かべた椿姫の姿だった。そんな二人の写真が飾られているのは、一刀達が住んでいた街で一番大きな斎場……そして、そこで行われているのは、亡くなった一刀と椿姫のお通夜である。
塚原家親族、刀真夫婦の勤める会社の者達、一刀の高校の学生達、椿姫のクラスメイトやそれぞれの学校の教師達、果ては一刀達の両親の関係者や他にも幼稚園児等、様々な者達が一刀と椿姫、両名のお通夜に参列していた。
嗚咽を洩らしながら焼香を行う者も居たが、特に問題も起こらず参列者は次々と焼香を行っていく。そんな中、学生の一人が刀真夫婦に話し掛ける。
「刀真さん、麻衣子さんお久しぶりです……」
「剣児君……久し振りだな」
「剣児君、ありがとう二人の為に来てくれて……」
刀真夫婦に声を掛けたのは、塚原家道場の門下生であり、一刀の親友の佐々木剣児だ。その頭には、事件の時に付いた傷を覆う包帯が巻かれていた。
「すみません……あの場に居ながら僕には何も出来ませんでした……」
「剣児君、自分を責めないでくれ。俺がもしあの場に居てもどうする事も出来なかった」
「そうよ、剣児君、気に病まないで……ところで矢美ちゃんの方はどう?」
「それが、まだ部屋に引き込もっていて……」
一刀達より先に下に降りていた矢美と剣児は、事件発生時に起きた混乱で怪我を負ったが、命に関わるほどの怪我では無かった。
だが一刀を慕っていた矢美は一刀の死にショックを受け、部屋に引き込もった。食事も摂らずにずっと泣き続けており、未だ一刀の死を信じられず、お通夜にも参列していない。
「そう、矢美ちゃんは一刀の事を慕っていたからね……」
「ええ、兄である僕よりも慕ってましたね……」
「そうね……剣児君、大変だと思うけど矢美ちゃんを支えてあげてね……」
「はい……っと、列が詰まってきてるのでここで失礼します」
「うん、剣児君、頑張ってね……」
自分達も大変だというのに、掛けてくれる優しい言葉に涙腺が緩みそうになるが、グッと堪え、剣児はその場を後にした。
◆◆◆◆◆
焼香を終え、家へと戻った剣児は、早速矢美の部屋に様子を見に行く事にする。
二階にある自分の部屋を通り過ぎ、妹である矢美の部屋の前に立つ。
部屋の中から扉越しに、矢美の啜り泣く声が聞こえてくる。
未だに泣き続けている妹に対し、何も出来ない自分に胸が締め付けられる。
もう、一刀は居ない──矢美が今一番居て欲しい人間はもうこの世に居ない。そんな妹を支えられるのは両親を除けば自分だけだ──
本当にそうか? と思いながらも、意を決して部屋の扉をノックする。
ノックした音が響いた途端、中から聞こえていた鳴き声が止まる。
「矢美……今、一刀達のお通夜に行って来たよ」
「………………」
だが、中からは返事はなく静寂がその場を支配する。
剣児は諦めず、声を掛け続ける。
「今ならまだ間に合う。一刀達にお別れの言葉を言わなくて良いの?」
「………………」
残酷な事実を矢美に突き付けている事に、自分で言っていて吐き気がしてくる。
だが、何時かは受け入れなければいけないのだ。哀しむのは良い、だが何時までも蹲り立ち止まっていては駄目なのだ。そんな事は一刀達も望まないだろう。
「矢美……このまま、ずっと閉じ籠っているつもりなの? 今の矢美の姿を見たら……一刀が哀しむよ……」
「……っ!」
矢美が扉に何かを投げつけたのか、大きな音と振動が扉を揺らす。
「そんな、事……言われなくても、分かってるよぉぉっっ!! でも、でも……受け入れられないのっ! おにーさんが、死んだなんてっ! 受け入れたくないよぉぉっっ!! うわあああああぁぁっっ!!」
「──っ!!」
何時も天真爛漫な明るい矢美と掛け離れた慟哭に思わず息を飲む。
だが、ここで退いては矢美はもう立ち直れないかもしれない。
「矢美……一刀の事を忘れろとは言わないよ。僕も忘れる事は出来ないしね……今の矢美には酷かも知れないけど、一刀の死を受け入れ無いと矢美はこの先、幸せにはなれない……。そんな事、一刀は望まない……」
「うううっっ! おにーさんが、居ない、のにっ! おにーさんが居ない、世界で幸せになんてっ、なれないよぉっ! なりたくなんてないよぉっっ!!」
「矢美……」
「ごめん、なさい、お兄ちゃん……今は、どうしても無理……おにーさんが居ない事に、今のわたしは、耐えられないのっ! 時間をちょうだい、今は一人にっ……してっ……ううぅぅっっ!」
「……そうか、分かったよ、今日は諦める……でも、お葬式には来て欲しい。本当は身内だけで行うらしいけど、頼んでみるよ。……二人も矢美に来てくれないと寂しいと思うから、ね……」
そう言い残し、返事も聞かずに、剣児は矢美の部屋の前から自分の部屋へと戻る。
着替えるのも億劫で制服のまま、ベッドに身体を投げ出す。
隣の矢美の部屋からは未だに泣き声が聞こえてくる。
その声を聞きながら、今日も眠れそうに無いな、と思いながら剣児は目を瞑った。
◆◆◆◆◆
お葬式当日、剣児は刀真に許可を貰い、式に参加している。
一応、矢美の事も式の途中に来るかもしれないとも伝えている。
本当なら途中からの参加はマナー違反だが、お願いして許可を貰っている。
刀真達も一刀達と仲の良かった矢美には、お別れの挨拶をして欲しいとの事だった。
しかし矢美が姿を現す事もなく、お葬式は進行していく。
僧侶の読経や焼香も終わり、遂には最後のお別れにまで進行するが、矢美は未だに現れない。
次々と二人の遺体が納められている棺桶の中に、花が添えられていく。
剣児も二人に最後のお別れを行い、花を添える。
今、最後のお別れの挨拶をしている人が終われば、棺桶が閉められ出棺されてしまう。
葬儀社のスタッフの宜しいでしょうか、という言葉を聞きながら、矢美が遂に来なかった事に項垂れる。
スタッフが棺桶を閉めようとしたその時──
「待ってください!」
その場に居た全員が声がした方向に顔を向けると、そこには一人の少女がいた。
何時もはポニーテールにしている髪も纏めておらず、ボサボサの状態のまま、顔はどれだけ泣けばそこまでになるのだろうという位腫れ上がっており、着ている制服も乱れ、かなり酷い状態だった。
だが、それでも少女の可愛いというよりは綺麗と表現した方が良い顔の美しさは差ほど損なわれていない。
その少女がゆっくりと棺桶に向かって歩いてくる。
剣児は待ち望んでいた人物の登場に、頬を緩め声を掛ける。
「矢美……来たんだね」
「矢美ちゃん、来てくれたのね……」
「矢美ちゃん……良かった……」
「ごめん、なさい……お別れの挨拶をさせて貰っても、良いですか……」
涙を流しながらも、矢美は刀真夫婦に許可を求める。
矢美の言葉に刀真夫婦は泣きながら、勿論と答えた。
了解を貰った矢美は二人が眠る棺桶に向かって歩みを進める。
周りに居る者達はなにも言わず、静かに見守っている。
二つの棺桶の内、まず矢美は椿姫の棺桶に近づく。
「椿姫ちゃん、痛かったよね……」
矢美はそっと、静かに眠る椿姫の額を触る。
椿姫の額は銃弾で穿たれたとは思えない状態だった。
もし、事件現場で見た姿そのままであったなら、平静でいられなかったかも知れない。額から手をゆっくりと這わせ、頬に手のひらを当てる。
その肌には生きていれば普通は感じるであろう暖かみは無く、冷たい感触が手に伝わってくる。
「……椿姫ちゃんとのおにーさんを巡ってのやり取り、凄く楽しかった……もう出来ないんだね……一緒に買い物や遊びに行く事も、一緒にお風呂に入ったり寝たりする事も……おにーさんの事を……いっぱい語り合う、事もっ……!」
矢美の瞳から涙が流れ、椿姫の頬を濡らしていく。
「もっと、いっぱいいっぱい話したかったのにっ……! どうしてっ! どうしてっ! うううっ!」
矢美の問い掛けに椿姫は何も答える事は無く、静かに眠り続ける。
「……椿姫ちゃん、今までありがとう……わたしの永遠の恋敵……」
そう呟き、近寄った時の様にそっと椿姫の眠る棺桶から離れる。
そして、次にもう一つの……一刀の眠る棺桶へと身体を向ける。
椿姫と同じように穿たれた銃弾の後は無く、傷一つ無い綺麗な状態だった。
椿姫にしたように、一刀の頬を触るが、その冷たさに思わず手を引っ込めてしまう。
だが、気を取り直し、一刀の冷えきった頬を暖めるように手で包み込む。
「おにーさん……わたし、やっぱり、受け入れられない、です……もっともっと、おにーさんのいろんな表情を見たいです……。楽しそうな顔も、嬉しそうな顔も、少し困った顔も、時折見せる哀しそうな顔も、椿姫ちゃんに見せる眩しい笑顔もっ……! ううぅぅっっ!!」
静まりかえった式場内に、一人の少女の嗚咽が響き渡る。
「……本当ならおにーさんと一緒に逝きたい……でも、それは、昔わたしの命を救ってくれたおにーさんを、否定する事になるから……だからっ、わたしはっ! 生きていきますっ! 未来のわたしの、姿を見て、おにーさんが笑ってくれる様にっ! ……一所懸命に、生きて、いきますっ! だから、見ていて下さいね、おにーさんっっ!!」
そう宣言した矢美はそっと目を瞑り、もう言葉を紡ぐ事の無い唇に、最初で最後になるであろう口付けを交わす。
十秒程経ったところで、矢美は顔をゆっくりと離す。
「さよならは、言わないです、言いたくないです……だから、また、です……わたしの愛しい人──」
最後にゆっくりと顔を眺めた矢美は、一刀の眠る棺桶から二歩後ろへ下がる。
そして、刀真夫婦の方へ向き直り、頭を下げる。
「すみません……いきなり現れた上に、お待たせしてしまって……それと、ありがとうございました……」
「いや、間に合って良かったよ」
「矢美ちゃん、二人に会いに来てくれて、ありがとう、椿姫を好きでいてくれてありがとう……一刀を……愛して、くれて……うぅ……あり、がとう……ううぅぅ!」
そして、中断されていた火葬場への出棺が再開される。
親戚の男性達の手により霊柩車へと運ばれる一刀達の眠っている棺桶を、矢美はじっと見ていた。
それを見ていた剣児は矢美に声を掛ける。
「矢美……火葬場迄付いていくかい?」
その言葉に矢美はゆっくりと左右に首を振る。
「ううん、おにーさんの綺麗な姿を記憶に残して置きたいから……」
「そっか……」
矢美はきっと、焼かれて骨だけになった一刀の姿を見たくなかったのだろう。
そこまでの覚悟は出来ていないのだろう。
それを矢美の言葉に感じた剣児は軽く返し、それ以上聞く事はしなかった。
そして、棺桶を納めた霊柩車二台がクラクションを鳴らし、葬儀場から火葬場に向けて出発する。
矢美は流れる涙を拭いもせずに、霊柩車が見なくなってもその場で二人を見送っていた。
「……わたし、頑張りますから見てて下さいね、おにーさん──」
次話も地球でのお話です。




