第二十話 寂寥
──矢美視点──
最上階の展望室から爆発音がし、吹き飛ばされたガラスが地上へと降り注がれる。
それが数人に当たり、動かなくなった。それを引き金にタワー下の広場にいる人達はパニックに陥る。
「………………え? あそこにはおにーさん達が……」
だが、わたしは周りの人がタワーから離れようとしているのにも関わらず、呆然と立ち尽くす。そんな逃げる人達にわたしは押され弾き飛ばされる。
「あ……」
「ぐっ!」
そんなわたしを支える人が1人、わたしのお兄ちゃんだった。
お兄ちゃんはわたしを支えた際に、背後にある木に頭を打ち付けたのだろう、頭を押さえていた。
「……お兄、ちゃん?」
「矢美、大丈夫?」
「わたしは大丈夫……でも、そんな事より、お、おにーさん達が……」
お兄ちゃんに支えられたまま、わたしはタワーの最上階を見上げる。
そして煙が上がっているのを見たわたしは、お兄ちゃんの元を離れタワーに向かう。
「矢美、駄目だ!」
「でも、でも! おにーさんが! 椿姫ちゃんが!」
普段は温和なお兄ちゃんが、強く叫びながらわたしを止める。
わたしが行っても何も出来ないのは分かっている。でも、それでも向かわずにはいられなかった。
「お兄ちゃん! お願い、おにーさんの所に行かせてよ!」
「駄目だ! もし矢美に何かあったら、僕は勿論、一刀達も悲しむ、だから、ね」
「でもっ! でもっ!」
「それにエレベーターは止まっているから、どっちにしても行けないよ」
「あ…………」
そうだった。わたし達が一階に降りた時に、エレベーターが原因不明の故障で止まった事を思い出す。その事を思い出したわたしはその場でくずおれる。
「おに、いさん……」
「矢美……」
そのままの状態で時間だけが過ぎていく。こうしている間にもおにーさん達が危険な目に会っているかも知れないのに、わたしは蹲り待つ事しか出来ない。
しばらくするとテロ対策の部隊が辿り着き、タワーへと入っていった。
それから更にしばらくすると、観光客だと思われる怪我を負った人が運ばれて来る。
その中には重傷の鬼瓦師範が居た。その鬼瓦師範には師範の一人が付いて救急車で病院へと向かった。
それから更に怪我人が運ばれたが、その中におにーさん達の姿は無かった。
その後に無傷の人達が降りてきたが、その中にもおにーさん達の姿は無い。
わたしの心臓が嫌な予感でドクドクと脈打つ。
そんな不安な心で待っていると、次に降りてきたのは、黒い布に覆われた人間の大きさ位の何かだった。それが全部で六つある。
それがロビーに並べられるのを遠目で見ながら更に待ったが、警察官や自衛隊等の人以外が降りてくる事は無かった。
わたし達はおにーさん達の安否が気になり、近くに居た警察官に問い掛ける事にした。では、念のため確かめて下さいと布が掛かっているそれを指して言われた。
それにわたしの心臓は更に激しく脈打つ。わたしの様子に待ってた方が良いと言われたが大丈夫と言い、代表としてわたし達兄妹と師範の一人が確認に行く事になった。
わたしは震える身体を押さえながら、六つの布の置いてある場所に向かう。
そして、警察官の手により一つ目の布が捲られ、中の正体が明らかになる。
それはもう動く事は無い、人の死体だった。一人目は知らない人だったが、初めて死体を見たわたしは少なからずショックを受けてしまった。
警察官が心配そうな顔でわたしを見てくるが、わたしはそれに大丈夫です、と答え、次をお願いする。二人目、知らない人、三人目、知らない人、四人目知らない人。
この段階でわたしは、おにーさん達がこの中には居ないんじゃ無いかと思い始めていた。実はわたし達が気付かない内に救急車で運ばれて、今頃病院で治療を受け、元気になっていると思った。思ってしまった。
だけど、そんな思いは次の瞬間打ち砕かれた。
五枚目の布が捲られたそこには──額が穿たれて赤く染まった、椿姫ちゃんの無惨な姿だった。
「あ…………あぁ……う、そ、だよね?」
「つ、椿姫ちゃん……そんな……」
その場でくずおれたわたしの目から涙が溢れ、口からは嗚咽が勝手に漏れだしてくる。
うそだ、うそだ、うそだ!! 信じない、信じない、信じない!!
少し前までおにーさんを挟んで一緒に景色を楽しんでいたのに!!
ただの似てる子だと思いたかった。けど、間違いようがない、この子は確かに──
と、そこで隣からわたしを更に地獄に突き落とすかのような事実が告げられる。
「か、一刀……お前、まで……」
その声の主は、六枚目の捲られた布の中を見たお兄ちゃんだった。
その顔は青くなり、愕然とした顔をしていた。
わたしは這いずって、六枚目の布の中を愕然として見ているお兄ちゃんの側に行く。
そうしてわたしがそこで見たのは──椿姫ちゃんと同じく額を穿たれ、瞳に意識を感じられないおにーさんの姿だった……。
「え………………あ、おにー、さん? う、そ……あ……あああぁぁ……」
◆◆◆◆◆
「ああああああぁぁぁぁっっっっ!!」
大きく叫び声を上げたわたしが居たのは自分の部屋だった。
今のは、夢……? いや、現実にあった事なんだ……本当に夢だったらどんなに良かったかっ……!
わたしは荒くなった息を整えながら、自分の姿を見下ろす。
昨日、お葬式が終わった後に直ぐ家に戻り、着替えもせずに倒れ込む様にベッドで眠ったのを思い出す。
鏡を見ると酷い顔をした自分の姿が写る。頑張ると決意した一日目でこれかと、わたしは自虐の笑みを浮かべる。
「……酷い、顔……」
そう呟いて、わたしは顔を洗うために洗面所へと向かった。
◆◇◆◇◆
「えっ!? それは、本当ですかっ!?」
『ああ、今朝がた電話があってね、亡くなったそうだ……』
「そんな……師範まで……」
電話口から伝えられた訃報に、剣児の受話器を握る手に力が入る。
その後、お通夜の日取り等を聞いた剣児は静かに受話器を置いた。
リビングに移動した剣児は、力無くソファーに座り込み頭を抱える。
そこで、二階から降りてきた矢美が、剣児の様子がおかしい事に気付き声を掛けてきた。
「……お兄ちゃん、どうかした?」
「ん、ああ、矢美……実は今、電話があってね……鬼瓦師範が今朝、亡くなったって……」
「えっ!? ……鬼瓦師範も、亡くなったの……」
「昨日の夜、少しだけ意識が戻ったらしいけど、今朝方容態が急変したらしい」
「そんな……何で、こんな事に、なっちゃたのかな……あの日までは凄く楽しかった……のに……」
「そう、だな……学校や道場の方もその影響で大変な事になってるしな……」
あの事件により少なく無い数の死傷者が出た。
展望室で銃で撃たれた者の内一刀達を合わせ6名が死亡、11名が重軽傷、爆発により割れて落下したガラスに当たったタワー下に居た2名が死亡、その時の混乱によって怪我を負った者が多数存在した。そして、その死亡者数にたった今、1名追加された。
道場の方は跡継ぎの一刀の死亡と代表の鬼瓦師範の重体により、道場を閉めていた。
そして、鬼瓦師範が死亡した事により道場の再開は難しいものになった。
一刀達の叔父を含めた親戚には、道場を継ぐ程の腕前を持った者はおらず、師範達も鬼瓦師範に比べて数段腕が落ちる為、代表になれる者は居ない。そして剣児も未だ修行中であり、学生でもある為不可能だ。道場を継ぐべき者が存在しない状態だった。
このままでは道場は閉鎖するしか無いだろう。
そして街に存在する各学校では、一刀のファンクラブの女子達がショックを受け、矢美の様に部屋に引き込もる等で登校しなくなってしまった。
高校生から幼稚園児まで含めたファンクラブ全員がである。
現在、欠席者と親しい者や教師が手分けして、一人一人家庭訪問を行っているが、余り結果は芳しくないらしい。
何故ここまでショックを受け、欠席した者が多いのには理由がある。
一刀のファンクラブの子達は全員が、一刀により救われた経験がある者達だったからだ。剣児のファンクラブの子達はアイドルの追っかけの様な感じだが、一刀のファンクラブの子達の多くは信奉者に近い物がある。
一刀本人は偶々見かけて放っておけず助けただけなのだが、助けられた方は窮地に陥って居たところを助けられたのと、一刀の人柄、容姿に引かれ恋慕の情や畏敬の念を抱いてしまっていた。
そんな子達が一刀の死を知れば、そう簡単には立ち直れない。
その余りの影響に遂には教育委員会も動き始めたらしい。
数人毎に担当のカウンセラーを就ける話が、矢美に対しても来ていた。
「……おにーさんの影響力凄すぎ……まあ、わたしもその内の一人なんだけど……」
「本人が一番それを理解してなかったけどね……さてと、ちょっと道場に行ってくるよ」
「道場? 閉鎖してるのに?」
「うん、再開の目処はたってないけど、掃除位はしとかないとね」
そう言って、剣児は苦笑いを浮かべる。
本当なら門下生全員の仕事なのだが、道場は閉鎖してしまったので無人の状態だ。
だが、剣児は今までずっとお世話になった道場を、荒れさせたくは無かった。
人が居なくなれば、建物は朽ち果てる。そうならない様にせめて掃除だけは行うようにしたのだ。
「ねえ、お兄ちゃん、わたしも一緒に行って良い? 剣道場に行きたいの……」
「それは構わないけど……矢美は大丈夫?」
「大丈夫……ではまだ無いけど……おにーさんが居た場所を記憶しておこう、って思って……もう……行く事も無いだろうから……」
「矢美……」
表面上は立ち直った様に見える矢美だが、まだ一刀の事を吹っ切れた訳では無い事を伺わせる表情を浮かべ、そう小さな声で呟く。
「分かったよ、それじゃ一緒に行こう」
「うん、それじゃ着替えて来るね」
着替え終わった二人は家を出る。
そして、直ぐ目の前にある家──何の変哲も無い一軒家だが、矢美にとっては愛しい人──一刀の住んでいた家が否応なしに目に入る。
始めは一刀達と一刀達の両親が住んでいたが、一刀達の両親が亡くなった際に、一刀達の叔父夫婦がこの家に引っ越して来た。
本来なら叔父夫婦の家に一刀達が引っ越すのが普通だし、叔父夫婦の家でも学区自体は変わらない。
だが一刀達がこの家に住み続けたいと言ったのに加え、親しい友人である剣児と矢美が目の前に住んでいるこの家のままが良いだろうと判断したのだ。
それだけでなく、一刀達の家が持ち家なのと道場の管理が必要なのに加え、叔父夫婦の家は借家だったのもあるが……。
だが、今の矢美にとっては辛いだけかもしれない……。
「おにーさん……」
その家を正面に見据えたまま、哀しげな声で小さく矢美が呟く。
その顔は今にも泣いてしまいそうな顔をしていたが、剣児は気付かない振りをして矢美を歩くよう促す。
二人は一刀の家の敷地内に入り、道場へと向かい、その入り口の前で立ち止まる。
ここに来て矢美の頭に様々な思い出が思い浮かぶ。
特に多かったのが休憩中に一刀に矢美が抱き付き、それに対抗するように椿姫が一刀の反対側から抱き付く。それに一刀は苦笑いをし、剣児は呆れた表情をする。
そんな風に幾年もしてきていたやり取りも、もうする事がない──もう出来ない。
今の矢美は誰が見ても分かるほど辛い表情をしていた。
「矢美……無理せずに、もう少し落ち着いてからにしたら?」
「ううん、大丈夫だから……それに今行かないと何故か後悔する気がするの」
矢美の辛そうな様子に、堪らず剣児は提案するが、矢美は顔を横に振る。
剣児は深く追及はせずに、そうか、と返し道場の鍵を開ける。
鍵を開け、中に入ると静まり返った板の間が二人を出迎える。
「静か……だね」
「だね……」
何時もなら門下生の皆の掛け声や竹刀を振るう音、師範達の怒鳴り声、それに矢美や椿姫の話し声が響いていた道場は、今は二人の声と歩く度に軋む床の音しかしない。
椿姫が道場に入り浸っていたのを知った矢美が、わたしも行きたい、と言っていたのを剣児は思い出す。
その時はまだ矢美が一刀に対し恋心を持っている事を知らず、不思議に思っていたが、稽古中、矢美の視線がずっと一刀の方に向いているのに気付き、ようやく矢美の気持ちを察したのだ。
剣児はそっと矢美の様子を見ると、矢美は哀しげな表情でじっと道場全体を見据えていた。剣児はそんな様子の矢美をそっとしておく事にして、目的を済ませる為に道場の一角にある掃除用具入れに向かう。
掃除用具入れから必要な掃除道具を取り出している、そこで矢美から声を掛けられる。
「お兄ちゃん、これって……」
「うん? ああ、それは一刀の剣道具だよ」
「え? これっておにーさんの剣道具なの?」
矢美が指差したのは、道場の神棚の下に飾るように置かれた剣道具だ。
見覚えのある傷があるので間違いない。
あの事件の後、剣道具は一刀の叔父さんに渡している。恐らく一刀の叔父さんがここに置いたのだろう。
「ああ、そうだよ」
「ねえ、お兄ちゃん……そのおにーさんの道具、わたしに貰えないかな……」
「それは……」
「お兄ちゃん、お願い……」
矢美はすがるような目で剣児にお願いをしてくる。
その矢美の視線に耐えられなくなった剣児は深く溜息を吐く。
妹に甘いのは一刀の事は言えないなぁ、と思いながら矢美に剣道具を差し出す。
「分かったよ、だけどちゃんと刀真さんに許可を貰ってからだよ。僕からもお願いするから」
「お兄ちゃん……ありがとう……」
矢美はお礼を言いながら、剣児に渡された一刀の剣道具をぎゅっと抱き締める。
嬉しそうな矢美の様子を見ながら掃除に取り掛かる。
「それじゃ、掃除するよ。余りゆっくりしてると終わらないからね」
「うん、分かった」
そして、二人が道場の中央へと振り向いた瞬間──
「「え?」」
◆◆◆◆◆
塚原流剣術師範の一人が道場へ向かい歩いていた。
剣児が今日、道場の掃除を行う事を聞き付け、手伝う為にやって来たのだ。
「剣児、俺も手伝いに……って、あれ?」
道場に居るであろう剣児に声を掛けた師範だったが、その声は途中で疑問に変わる。
それもその筈、そこには誰も居なかったからである。
更衣室内も覗いてみたが、姿が見えない。
掃除道具入れの前に掃除道具が散乱している以外は特に不自然な点は無い。
少し外に出ているのだろうと、判断した師範だったが暫くしても剣児が道場に現れる事は無かった……。
そして、次の日、剣児達を含めた多数の人間が行方不明になったと、街中を騒がせる事となった……。
第一章 異世界に兄妹転移 完
第一章完結です。
この後間章を挟んで第二章に入りますが、第二章がまだ書き上がってないので、少し間を開けて投稿予定です。申し訳ありませんが、ご了承下さいm(__)m




