Scene13:『翼の奥にいる、もうひとりのわたし』
——光の中へ滑り込んだ瞬間、水は静かに色を変えた。
魂フルスライダー。
その名の通り、滑りながら彼女たちは、“過去の記憶”に次々と触れていく。
すべては、異界に満ちる“裁きの水”が見せる幻。
けれど、それはただの幻ではなかった。
“本当に見た”もの。
“本当は見ないようにしてきた”もの。
その狭間に沈んだ記憶が、いま、次々と浮かび上がる。
————
——水が揺れた。風のように。
飛鳥のまわりに、やさしい光が揺れる。
その中に、ひとりの少女がいた。
飛鳥は、この顔を知っている。
——かつて"人間"だったころの、自分の顔。
戦火の中で命を失い、魂は精霊となりかけ……
カワセミの体に閉じ込められた少女の姿だ。
それが、自分の“始まり”だった。
鏡のような水の上で、小さく膝を抱えて座っている。
顔も髪も、どこかあどけない。
けれど、その目だけは——深い悲しみを湛えていた。
「……やっぱり……あなたなんだね」
問いかけた飛鳥に、少女は何も言わずにうなずいた。
その瞬間、飛鳥の脳裏に、小さな光景がいくつも弾けた。
手のひらに感じた父の大きな掌の温もり。
母が髪を梳くときに鼻先をくすぐった花の香り。
夕暮れの丘で裸足にまとわりつく草の感触。
それらは確かに自分のものでありながら、同時に“誰かの記憶”のようでもあった。
「あなたの体は、“鳥の精霊”の贈り物でできてる。
でも、あなたの命は……ほんとは、わたしのだった」
「……うん。知ってる……」
飛鳥は、自分の翼を見下ろす。
小鳥の脚。
人間の心。
翡翠の羽ばたき。
それらは時に、噛み合わない歯車のように軋んだ。
空を見上げれば本能が風に乗れと告げ、けれど心は歌を歌いたがる。
羽を動かせば風は掴めるのに、胸の奥の重さだけは置いていけなかった。
すべてが、どこかちぐはぐで、
それでも“自分”だと信じてきた。
でも、どこかでずっと——
「……返さなきゃって、思ってた。
こんな体も、この命も。わたしじゃなくて、あなたのものだから」
少女は、静かに首を横に振った。
「違うよ。もう、それは“あなたのもの”だよ」
「……え?」
「わたしは、あなたの中にいる。
だから、あなたが生きてくれるだけで、わたしも生きてるの」
飛鳥の目から、ぽろりと涙が落ちる。
「でも……わたし、ずっと“代わり”みたいな気がしてた。
“借り物”みたいで……自分を、大切にできなかった……」
「それでも——あなたが生きてくれて、うれしかったよ」
少女の声は、ひどく優しかった。
「……たとえ他の誰かからもらった命でも、あなたが生きてきた分だけ、それはもう“あなたのもの”になるんだよ」
その声と共に、彼女の手がすっと伸びてくる。
指先は羽根をすり抜け、胸の奥の鼓動へと届いた。
ふたつの鼓動が重なり、同じリズムで脈を打つ。
翼が、二人分同時に羽ばたいたような気がした。
飛鳥は、そっと胸に手をあてる。
命の鼓動が、ふわっと熱くなった。
翼が、胸の奥でひときわ強く羽ばたいた。
少女は、ふっと笑って、
水の光のなかに、やさしく溶けていった。
————
淡い光が漂い続ける。
それはやがて、小さな渦を巻きながら形を変え——
ギターの影と、紫色の髪の揺れを映し始める。
次の記憶の扉が、静かに開こうとしていた。
——to be the next scene.




