Scene12:『ぬれて、すべって、ふれてしまう』
水面が、静かに流れ出す。
ゆるやかな傾斜は、やがてうねりとなり、
霧を含んだ冷水が、大きなスライダーのように延びていく。
その長さは、もはや視界の端を越えていた。
まるで空と地をつなぐ滑走路。
天と記憶をつなぐ——魂の坂道。
「……これ、ほんとに滑るの?」
飛鳥が、スライダーの縁に翼をついてそっと覗き込む。
下のほうは、霞んでいて見えない。
水音は優しく、でもどこか誘うようだった。
「これ……アトラクションのノリだけど、ぜったい本気で試されるやつだよね……?」
「ええ。そうですねぇ。
これは、“記憶の滑走路”。楽しい記憶ばかりならいいけれど、誰しも辛かった思い出、思い出したくない過去はありますから」
金色姫が、柔らかな微笑みのままそう告げる。
しかしその声には、ほんのわずかに重さがあった。
「過去の記憶は、ときに宝物でも……ときに心を裂く刃にもなります」
「……でも、行くよ」
飛鳥は、迷いなく一歩を踏み出す。
「ノーニャちゃんを助けるって決めたし……
それに、たぶん……こういうのも、全部、必要なんだと思う」
「記憶の滑走路、ねぇ。こないだ生まれたばかりのボクには、過去らしい過去なんて無いけどね」
マハが、いつもの笑顔で笑ってみせる。
「へっ、なら楽勝じゃん。真っ白なキャンバスは、描き放題だぜ」
ロメラはそう言って笑った。
「よっし、んじゃ、いっちょ滑るか!水着回だしな!」
「ぎゅんって滑って、びゅんって飛んで、ズバーンって行こうぜ!」
「それ全部、音だけで説明してない……?」
ヴェルミアは少し不安そうに、でも前を向いてうなずいた。
「うん……行く、わたしも……」
アクウェリーナは何も言わない。
でも、“ぴとっ”と尾鰭で飛鳥の手に触れて、そっと滑走体勢に入る。
金色姫は最後に、ふわりと風のような笑みを浮かべて言った。
「……では、まいりましょうか。
みんなで行けば、冷たい水も……少しあたたかく感じるかもしれませんよぉ」
————
——滑った。
水が身体を包む。
ひんやりとして、柔らかい。
けれど温度ではない“何か”が、全身に絡みつき、
皮膚の奥までしみ込んでくる。
——音がした。
遠い、誰かの泣き声。
あるいは、風の中に消えていった声。
それは、飛鳥の中にある“記憶”だった。
スライダーの途中、水のカーテンのようなものが現れる。
そこに映るのは——
少女の顔に鳥の体。
怯えた罵倒。
翼をかすめる矢。
拒絶され、泣きながら逃げ出した過去。
飛鳥は、思わずその映像に翼を伸ばした。
「……これが…記憶の滑走路…」
スライダーは止まらない。
映像は流れ、水に溶けていく。
後ろを滑るロメラの視界にも、別の光景が現れる。
周りを囲む人々。
断頭の処刑台。
隣で恐怖に震えながら、なお微笑む妹の顔。
「うわ……わりぃ、ちょっと効くわコレ……」
苦笑しながらも、ロメラは目を逸らさなかった。
水しぶきが頬を打つ。その感触が、かえって記憶を鮮明にする。
滑っている間、彼女たちは、それぞれの過去と再会していく。
泣きたいこと。
忘れたいこと。
でも、忘れちゃいけないこと。
——スライダーは、そういう場所だった。
やがて、遠くに光が見えた。
水がそこへ吸い込まれていく。
その先には、セドナの声が待っている。
新たな試練が待っている。
でも今は、ただ——
過去を、すべっていくしかなかった。
——to be the next scene.




