Scene9:『第一の試練——はちまきを奪え!』
水面に浮かぶ霧が、すう……っと晴れていく。
空には氷の輪が浮かび、
水の底にはまだ見ぬ影が揺れていた。
セドナの声が、再び降る。
「では、第一の試練を始めるにあたり……その手順を説明する」
その言葉に、飛鳥たちは自然と背筋を正した。
水面に揺れる波。ひんやりとした空気。
けれど、その張り詰めた緊張が、逆に心を落ち着かせてくれる。
セドナが手を伸ばすと、空間にひとつの光の糸が現れる。
その糸は、するすると形をつくり、細い布となって姿を現した。
白く淡い布地。
端には神紋のような刺繍がほどこされている。
「これが、“生者の証の聖布”」
セドナが、まっすぐ飛鳥へと手渡す。
「この布を巻いた者は、この試練の“守り手”となる。
相手はそれを奪わんとする者。“生の証”を引き剥がされたとき、魂はこの領域より押し戻され、二度とは入れぬ」
飛鳥は、その布をしっかりと受け取った。
「……わかりました。ぜったい、守りきってみせます」
小さくうなずく飛鳥の額に、スルスルと勝手に、聖布が巻きついていく。
その瞬間——空気ががらりと変わった。
セドナの瞳に、さりげなく星がきらめく。
「それでは、魂の冒険者たちよ!」
声のテンションが、二段階は跳ね上がった。
「ドキッ!丸ごと水着 モン娘だらけの断罪裁判!」
——突然のタイトルコール。
「ここから始まるのは!友を救わんとする己が覚悟と、魂の潔白が試される!!
美しき乙女たちは、数々の難関をクリアし、無事ノーニャの元へ辿り着けるのか!?
エロとエモの祭典!! 夏の特別編!!
司会進行は、氷結と審判の女神、セドナが務めようぞ!」
——急にハイテンションMCモード。
「第一の試練はコレだ!
『はちまきを奪え!水中ひっぱり合い対決!ポロリもあるかも』!!」
——はい、言った。
飛鳥たちは思わず一歩後ずさる。
ヴェルミアが「ぽろ……?」と小声で反芻してる。
「試練の名前……今、なんか変でしたよね?」
金色姫が戸惑いながらセドナを見上げるが、
セドナは完全に司会者の目になっていた。
「詳細ルールはシンプル!
この広大な水面フィールドで、敵に奪われる前に逃げ切るか、逆に敵の“はちまき”を奪って逆転するか!」
——"はちまき"って言っちゃった。
“生者の証の聖布”じゃなかったのか。
「ってか、相手……誰だよ?」
ロメラが尋ねた、そのとき。
ごぼ……ぼぼっ……!
水面が音を立てて膨れ上がる。
泡。振動。巨大な影。
水の中心に、高さ3メートル近い“柱”のような胴体が、ずるりと現れる。
上半身は、可憐な少女のような顔立ち。
長い桃色の髪に、青い瞳。薄布のような装甲をまとい、
すべすべした肌には海の光が反射する。
だが、その下。
脚の代わりに広がるのは、無数のうねる触手。
ぐにょり。ぐにょり。
タコのようなそれが、ゆっくりと水面を撫でた。
「……なにあれ」
飛鳥が小声でつぶやく。
「紹介しよう!我が領域の監視者、
深海の捕縛者スキュラだ!」
セドナが高らかに宣言する。
「ちなみにスキュラはカメラマンも兼ねている!
触手のうち三本はGoPro HERO12を保持!ポロリチャンスの際はローアングルで寄るが、攻撃は禁止だ!」
「ポロリチャンスってなに!?」
飛鳥が思わず叫ぶ。
スキュラは無言で、にこりと笑った。
そしてその額に——もう一本の聖布が、するりと巻かれる。
「さて、参加者は——四人。選ぶがよい」
セドナが静かに告げた。
水面の空気が、ふっと張り詰める。
——選ばれた者だけが、フィールドに立てる。
選ばれなかった者は、ただ見守ることしかできない
飛鳥、ごくりと唾を飲む。
その空気を破ったのは、ロメラだった。
「OK、じゃあオレが仕切るぜ」
ギターのストラップをくいと引きながら、ロメラはみんなをぐるりと見渡した。
「まず、機動力で言ったら、あの触手フィールドじゃドリプシーとリンドは外せねーな」
アクウェリーナは、しっぽを“ぴょこん”と揺らす。
飛鳥は額のはちまきに翼を添え、そっと目を瞑る。
そして、確かな覚悟を込めた一言。
「うん、やる。やってみるっ……!」
「次。マハ、お前のあの“ヒュッ”って消えるやつで突っ込めねぇか?」
そう言われたマハは、すこしだけ申し訳なさそうに笑った。
「うーん、ごめんね。あれ、特殊な魔道具と転送陣が必要でね。
この領域には持ち込めなかったんだ」
「だよなー、ま、しゃーねえ」
ロメラは肩をすくめた。
「じゃあ、あとは遠距離で援護できそうなヴェルミア、
んでもって一番動けるオレ。これで決まりだな」
「……それが、最適解ですねぇ」
金色姫が、そっと頷いた。
「心苦しいですが、ここはお任せいたしますわ。
皆さま、どうかご無事で」
淡く光る彼女の瞳に、仲間たちへの信頼が宿っていた。
選ばれた四人が、一歩、前に出る。
その姿は、波間に映ってゆれる光のように、まっすぐだった。
セドナが静かに言った。
「意気込みを述べよ」
飛鳥は、翼をぎゅっと胸に寄せる。
「ノーニャは、あたしたちの友達です。
だから、絶対に助けにいきます!」
アクウェリーナは、しっぽを高く掲げて——
“ぴとっ”と胸に当てた。
その動きだけで、十分な覚悟が伝わってくる。
ヴェルミアは、小さく笑って口を開いた。
「えへへ……
こういうの、初めてだけど……がんばる、ね……」
無垢な笑顔、しかし友を救うという思いを込めて。
ロメラは、いつものようにギターを撫でて。
「リンドのはちまき、オレが死守するぜ。
Kitty(仔猫ちゃん)のいたずらは、オレらでケツふくって決まってんだろ?」
ギターの弦が“キン”と小さく鳴った。
その音が、出陣の合図のように空気を震わせる。
「……よろしい」
そして、セドナの目が、きらりと光った。
「安心しろ!!地獄のコンプラ基準は”昭和”だ!少々のことは許される!!
平成?令和?……そんな甘やかし時代は知らん!近年の軟弱番組制作共よ、これが本物のバラエティだ!!」
「そんなコンプラガバだから、昭和バラエティは日曜の夕飯中のお茶の間を一瞬で凍らせてたんですよ!」
金色姫が正論でツッコむが、オマエは歳なんぼだ。
「家族の箸が止まって、お父さんが咳払い、お母さんが無言でチャンネル変えるやつです!」
——剣と魔法の世界の令嬢が、昭和のちゃぶ台を囲んだ経験があってはいけない。
「ここは極寒地獄ぞ。凍らせてなんぼだ」
神格精霊の管理者の声が、神域全体に響き渡る。
「試練、始め!!」
水面がざばぁっと揺れた。
触手の女王・スキュラが、ぐにょりと身をくねらせる。
戦いの舞台が、今——動き出した。
これで役者はそろった。
——水着。GoPro。触手。はちまき。
なんかいろいろ間違っている気がしなくもないが、
神が言うのだから、これがまあ、正しき魂の試練なのだろう。
こうして——
魂と水着の、第一の戦いが幕を開ける。
——to be the next scene.




