Scene8:『神の声、水の試練へ』
——空間が、変わった。
光の粒がはらはらと落ちるように舞い、
風の音は凍てついた空へと吸い込まれていく。
足元には、澄んだ水が広がっていた。
空が、ひらいた。
空中に浮かぶ、大きな環。
そこから、女神——セドナが現れる。
神格としての威容と冷気をまとい、静かに宣言する。
「ここは、氷の神域。凍えるコキュートスの入り口——」
セドナの言葉が、まだ終わらないうちに、
飛鳥がそっと水面に足をつけ、小さく呟いた。
「……でも、凍えるっていうより……涼しくて気持ちいい?」
セドナが一瞬だけまばたきをし、事務的な口調で返す。
「地獄も、近年のCS向上を求められてな」
「しーえす?」と、ヴェルミアが首を傾げる。
その横で、ロメラが小声で補足する。
「Customer Satisfaction、要は“お客様満足度”だな」
セドナは真顔で頷いた。
「過去には“冷えすぎて感覚が麻痺する” “理不尽すぎて納得できない”と
複数の亡者から正式な苦情が入っており、対応を迫られた。
現在は、“誰にでも伝わる罰”の提供を目指し、“凍えないいい感じ”の水温を基準としている」
「……そのへん、割と気にしてるんですねぇ」
と金色姫がぽつり。
「……凍えない極寒地獄って、意味あるのかよ…」
ロメラがド正論でツッコむ。
「今は“共感される地獄”が求められる時代だ」
涼しく言い放つセドナに、マハが眉をあげて呟く。
「共感て……地獄で……?」
セドナは、咳払いをひとつして続ける。
「お前たちが探す者——ノーニャとやらが落ちたのは、
異界の深部、“凍らぬ罪の泉”の先」
「辿り着くには、数々の試練を超えてゆかねばならぬ。
お主らに、その覚悟はあるか?」
一拍、空気が止まる。
水面に浮かぶような静寂の中——
飛鳥が、すっと一歩前へ出た。
「……あります。友達を助けに来たんです。
……ノーニャちゃんは、大事な友達だから」
ロメラが肩をすくめながら笑う。
「言ってくれんじゃん、リンド。オレももちろん、やるぜ。
Kittyの尻拭いは……家族の役目だからな」
「……うん……ノーニャちゃん……さびしいの、やだよね……」
ヴェルミアの声は、いつもよりほんの少しだけ強く、真っすぐだった。
「わたくしも、もちろん、ご一緒しますね。
ノーニャちゃんの自由奔放は……お姉さんとして、ちょっぴり甘やかしたくなりますもの」
金色姫が、ふわりと微笑んで添える。
アクウェリーナは、言葉を使わず、
“ぴとっ”としっぽを飛鳥に巻きつけて応えた。
マハは一歩下がった位置で、ただ見ていた。
「……へえ。なら、ボクは記録する役目かな。
みんながどう“試練を越えてゆくか”ってのを」
セドナは、その全員の姿を見つめたまま、頷いた。
「よろしい。ならば行くが良い」
空が、鳴った。
音もない稲妻のように、空間がふるえた。
「超えねばならぬは、四つの試練。
その第一は、この場で執り行う」
ぱしゃ……ぱしゃ……
水面が揺れ、変化が始まった。
視界一面の水面が、腰ほどの深さにまで満ちる。
足元がすうっと冷たくなり、
空間は水のフィールドへと書き換わっていく。
「この領域にて、お前たちは、“水の守護者”と対峙し、魂の進行を賭けた“試練”を行うこととなる」
——このとき、誰もが感じた。
これは“遊び”ではない。
——けれど、後悔もない。
それぞれの水着が、淡く光を返しながら、
娘たちは、自然と戦いの構えへと身を預けていた。
空気が、しん……と沈む。
そして——。
水面に、巨大な影がうごめいた。
——to be the next scene.




