Scene2:『ヒスイの翼をたたんで、笑ってみる』
翼を広げて、風をつかむ。
空の青に、自分の翡翠の翼が溶けていくみたいで——
飛んでいるときだけは、あたしが“あたしだけの、あたし”になれる気がする。
下を見れば、小さな湖が陽を反射してきらきらしてた。ちょうど水浴びもできそう。
浅瀬のそばには、鳥や獣の足跡。
水草の影に、捕まえられそうな魚も見える。
「……うん。今日のお昼は、あそこにしよ」
風の流れに乗って、ゆっくりと高度を落とす。
足に引っかけてた包みを外してから、翼を畳んで、湖畔の草地にそっと着地。
包み布の代わりにしてるローブから、リンゴをひとつ取り出した。
それは、さっき寄った村で買ったもの。
「いただきます……」
小さな歯で、しゃり、とひとくち。
甘酸っぱい香りが、口いっぱいに広がる。
ひとりで旅をするようになって、もうどれくらい経つんだろう。
村や街を見つけたら、ローブで体を隠して入ってみる。
あんまりうまく隠せてないのか、よく見られちゃうけど……でも、気にしないって決めた。
この前は、ロメラの真似をして、街角で歌ってみた。
もちろん、すごく恥ずかしかったけど、あの村で、ロメラや村の子供たちと一緒に歌った日々を、思い出しながら……。
ロメラみたいには上手にできなかったけど、ちょっとだけ、コインを入れてくれた人もいた。
たまに、勇気を出して誰かに話しかける。
仲良くなれたら……もっと勇気を出して、自分の体をちゃんと見せてみることもあったりする。
もちろん、最初はすごく驚かれる。
すごく怖がられたら、そのまま逃げだして立ち去る。
——でも、旅してる間に、わかったことがある。
地面の上で、ずっと下を向いてたら気づけなかったことだ。
"ちょっとの勇気を出せば、この世界は優しくしてくれる"
羽根を広げて風に当てながら、そんなことを思い出す。
空も湖も、今日の風も、なんだかちょっと、やさしい気がした。
風が止まり、陽射しがやわらぐ。
草と花に包まれた、小さな丘。
空の奥で、鳥たちの声が呼びかけるように鳴いている。
あたしは、木の根に腰を下ろした。
細い足を投げ出して、翼をたたんで。
地面に咲いた小さな白い花を、指でそっとなでてみる。
「……ふう」
羽をなでるように、そよ風が吹いた。
ヒジから先の青い羽根が、光に透けて、きらきらと揺れる。
ほんの少し、まぶたを閉じる。
このまま風に融けて、どこまでも流れていけたら——そんなふうに思った、そのとき。
背後から、空気の重なりがすっと動いた。
「やあ、今日の目的地も“気分次第”かな?」
「……わっ!? マハ!」
びっくりして、肩をぎゅっとすくめる。
心臓が、ぱたぱた羽ばたいた気がした。
振り向けば、いつの間にかそこに立っていたのは、あの子。
軽く手を振りながら、ニコッと笑っている。
「ごめんごめん。あ、でも飛鳥ちゃんが落とした“びっくりした心”は……この辺かな?」
マハは空中を指でつまむ仕草をした。
その指先から、“ぴこん”と光がこぼれる。
……いつもながら、演出が細かい。
「……マハって、いつも突然来るよね」
呆れたように笑いながら、でも、どこか安心している自分に気づく。
「で、今日はなに? また……誰か、困ってるの?」
「うん。あの猫耳のイタズラっ子、異界のカギをいじって、どっか連れてかれた」
「……ノーニャちゃん?」
うん、と小さくうなずく。
あたしは、そっと地面に手をついて立ち上がる。
草花が、指先にふれた。
「そっか。助けにいかないと、ね。……友達だもんね」
翼を広げると、草がふわっと舞った。
「よし、じゃあいこっか」
「おっけー。じゃあ……転送、どーん!」
マハが指を鳴らす。
視界が光に包まれて、音も匂いも風も、すべてが一瞬だけ無音になった。
そして——あたしたちは、風になって消えた。
——to be the next scene.




