Scene5:『オブザーブ・オブ・ジエンド』
次の仕事は、観測機材のメンテナンスだ。
依頼主は、辺境の神殿で、日夜観測を続ける
“星の巫女”の少女。
依頼は、世界の未来を映し出す超古代文明の遺産、
“星詠乃鏡 ≪アストライアグラス≫"の再起動だ。
私は半日ていど機材を調整し、
回路を数本繋ぎ直した。
「…これでようやく、世界は滅びを免れましょう。
……この奇跡をもたらす御業。
その使い手を、どのようにお讃えすれば?」
「では、"DIYが得意なパパ"とお呼び頂けますか?」
————
なお、その再起動を境に、
世界滅亡の可能性が次々と顕在化する。
人々はそれを、
"被観測破滅群 "と呼び、
世界各地で巻き起こる奇異な現象は
"予兆"として恐れられることになる。
その回避のために奔走することになるのは、
他ならぬ私であるのだが……。
その件は娘と関係ないので、特に語らない。
そんなこんなで、
私は今日も、働くパパとしてがんばっている。
だがそのすべては、ひとえに……。
——娘たちとの時間を守るためである。
私は、働いている。
働かねば、娘に会えぬ。
娘に会えねばパパにはなれぬ。
まったく、お父さんというものは
こうも大変なものなのか……。
——to be the next act.
『オブザーブ・オブ・ジエンド』
Prologue:星を視る者
蒼天を裂くように、彗星が尾を曳いて流れた。
その瞬間、“星詠乃鏡”が震えた。
神殿の天蓋は静かに揺れ、鈍く低い音を鳴らす。
それは、世界の運命が軋み始めた証。
けれど、まだこの時、少女はそれに気づいていなかった。
少女の名は、ルセリア・ルーンヴァイス。
「……よくぞ、星の声なき声を携え、遥々まいられました」
神殿を訪れた王国の使者に、彼女は静かに微笑みながら言った。
「 星の巡りは定まらず、言の葉は、ときに霧のごとく……
されど願わくば、いかなる翳りも宿さぬまま——
この祈りの響き、ひと筋の光として、王の御許へ届かんことを」
使者は深く頭を垂れた。
「星の巫女様……今後とも、どうか、我らをお導きくだされ……」
星の巫女ルセリア。
美しき姿と、凛とした佇まい。
青と金の外套。胸元には聖具杖が収まり、まるで神話の再演のようだ。
まさに、古代の秘宝を守る、神秘の巫女に相応しい雰囲気。
……が、使者が帰ったあと。
「……はぁ〜、まじで疲れるんですけどぉ〜……」
外套のフードを脱ぎ捨て、彼女は奥の作業机へと向かう。
「なんの変化もない、どデカい天球儀と毎日睨めっことか、ホント、やになんわ。
ま、でも、おかげで食うに困らないし、趣味の模型作りに没頭できるから、良いんだけどさ」
彼女の手には、作りかけの星舟の模型。
竜骨からしっかり作り、操舵室の舵まである。
「しっかし、この古代遺産とやら、ちょいちょい止まるし、ちっとも変化無いけど、ちゃんと機能してんのかね」
「こないだ修理はしたけど、修理に来た奴、テンション変だったし、マジ胡散臭かったし…」
今日も世界は平和そのもの……とまでは言わずとも、
世界を滅ぼすような予兆の現れる気配など、微塵もなかった……その時までは。
天球儀が鳴いた。
低く、割れるような警告音。
煌めくガラス球の奥に、血のように赤い光が広がっていく。
「……なっ……!? なにこれ、なんなのこれ……」
怯えを含んだ瞳のまま、ルセリアは観測室を飛び出した。
「じーちゃん! 大変なんだって!! アストライアグラスが、すごい反応してんのっ!!」
「じーちゃーん!! じーちゃーん!!」
奥の書庫から、年老いた男が顔を覗かせた。
星読みの衣の上に、白く長いヒゲ。片目にはモノクル。手には小さな星舟の模型(完成品)。
「こら!、ルル! またこんなくだらん玩具をこさえて……観測はどうした観測は!」
「ちがうちがう! いや、じーちゃん!! それどころじゃないんだってば!!」
「なにが“それどころ”じゃないんだ! まさかまた、夜中にひとりで“星間戦艦ごっこ”でも……」
「違うってば!! アストライアグラスが、真っ赤に光ってんの!! しかもあの警報音!!」
ルセリアの声に、老人の表情が一瞬で引き締まった。
「……赤、だと? 本当にか……?」
「嘘ついてる場合じゃないってば! ほんとにヤバいやつだって! ガラスの奥、ぜんぶ血の色みたいに……!」
老人は模型を机に放り、杖を掴んで歩き出した。
その動きに迷いはなく、杖が床を打つたび、静寂だった神殿の空気がぴりりと緊張に満ちていく。
「ルル! 観測記録を全転送! リレー制御を直結回路に切り替え! セントラムにも即時送信じゃ!」
「う、うん!! 了解!!」
ルルが駆け出すと、神殿内に設置された水晶板が一斉に淡く発光しはじめた。
《緊急観測モードへ移行》
神官服を纏った職員たちが、部屋の奥から次々に駆けつけてくる。
「星の巫女様、どうかなさいましたか!?」
「主観測装置が変調信号を受信……これは、まさか……!」
「落ち着け、状況を逐次報告せよ! エネルギー値、惑星軌道図、すべて再計算だ!」
「はっ! 解析班、即応モードに切り替えます!」
神殿の静謐はすでに崩れ去り、星読みの聖地は、蜂の巣をつついたような騒然となった。
しかし、誰よりも冷や汗をかいていたのはルセリアだった。
(ちょっと待って……本当に、なにこれ……)
動悸が止まらない。
なにか、とてつもなく取り返しのつかないことが始まっている。
……そんな気がして、胸の奥が冷たく締めつけられていた。
世界の命運を見届ける“星の巫女”の物語は、ここから幕を開ける。
(つづかない)




