Scene4:『灰冠戦記/エグザイルドエア』
——さて。
転移装置が唸りをあげ、
私の身体は光に包まれる。
次のビジネスの場は、すこし遠くの侵略国家だ。
隣国を次々と併合し、
帝国として肥大化を続ける軍事国家。
一見すれば、街には光があり、
経済も潤い、人々は穏やかに暮らしている。
だが、そのウラには亜人の奴隷。異民族への差別。
言葉を奪われ、名を失い、尊厳を亡くす者がいる。
——それでも、この国の民は言うのだ。
「いまがいちばん、平和で幸せだ」と。
仮初の幸せ。
強者の論理.で塗り固められた、“整った国”。
だが、そんな国の片隅で、
密かに立ち上がろうとする者たちがいた。
——彼らは反乱軍。
虐げられた者たちの、最後の灯火だった。
私は、国家転覆をねらう、
彼ら相手にもビジネスをする。
あくまで合法的にだ。
————
反乱軍のアジトは、遺跡となった
古代文明の操車場跡に作られている。
そこにいたのは、軍服を着崩した背の高い青年。
反乱軍のリーダーだ。
「……まさか、あの“禁忌の科学者”とやらが……
本当に、オレたち小勢力に協力するとはな」
「うむ。故あって営業拡大中でね。さて……」
私は、小さなポータルを床に投げる。
シュワァンッ。
空間が歪み、15体のゴーレムがあらわれる。
斥型単腕重火機兵 《バンダースナッチ》である。
細身の多脚シャーシ。右腕に迫撃砲。
頭部には光学式カウンターラム。
ご家庭用防犯ゴーレムだ。
《どうみても拠点強襲用だ》
『頼れる防犯メカ、おるすバンちゃん』
のキャッチコピーで、販売・リースしている。
《誰が使う想定なのか一度聞きたい》
「"おるすバンちゃん"15体をお貸しする。
お代は……、まあ、足元は見まい。
我が娘たちの笑顔のために……安くしておこう。」
リーダーは言葉をつまらせ、目を潤ませた。
拳をにぎり、静かに震える声で言う。
「…これで、絶望の淵にあった俺たちにも希望が…
感謝する……。
あなたの事はなんと呼べば良い?
"希望の魔術師"とでも………?」
私は、ふっ と笑って首をふった。
「いや。“パパ”だ」
————
なお、この反乱軍はのちに、
王家の血を引く、ある少女を旗印に掲げ、
国家転覆を成功させる。
その少女は、この国の国王と妖精国の姫との
許されぬ悲恋の末に生まれた、ハーフエルフ。
その出自ゆえ、裏に葬られた落胤であった。
仲間とともに、自らの父である国王を討ち、
やがて王座に就いた彼女は、
独裁体制を廃し、議会制度を導入。
さらに周辺諸国をまとめ、国家連合を樹立。
この地域一帯に、長きにわたる
平和をもたらすこととなる。
数奇なる運命から、
私もその争いの中心人物のひとりと
なってしまうのだが……。
その件は娘と関係ないので、特に語らない。
──to be next scene.
『灰冠戦記/エグザイルドエア』
第1話『灰の王冠、まだ幼く』
冷たい雨が降っていた。
夜の帳が降り、石畳を打つ雨音だけが、世界のすべてを塗り潰していく。
その影は、濡れた外套のフードを深くかぶり、両腕に包む小さな命を、胸元にぎゅっと抱きしめていた。
フードの下からは、丁寧に編まれた長い銀髪が雨に濡れ、胸元へと静かに垂れている。
その子は、まだほんの赤子。泣きもせず、眠るように女の胸に寄り添っている。
「……ごめんなさい……ほんとうに、ごめんなさい……」
小さく、小さく呟いた声は、雨音にかき消された。
彼女の瞳は、こらえきれぬ涙で濡れていた。
「……あなたに、名前をつけてあげたかった。……小さな指を、もっと触れていたかった……」
その声は、幼子に語りかけるように、ひとつひとつを噛みしめるようだった。
それは別れの言葉ではなく、愛の名残だった。
「……本当は、抱きしめて、あなたの成長を見届けて……そう願ってた……」
震える唇が、額にそっとキスを落とした。
雨が女の頬を伝うのか、涙が雨に流されているのか、もう分からなかった。
「あたしが弱いせいで、この子に…こんな……」
女はそっと膝をつき、古びた木扉の前に小さな包みを置いた。
毛布にくるまれた赤子の胸元に、翠緑を白銀で彩ったペンダントがひとつ滑り落ちる。
その中心には、霧のように揺れる不思議な光が灯っていた……。
「……神様…そんなのが本当にいるなら…。お願い……この子を……この子だけは、どうか……」
祈るように手を組むその指は、強く、強く食い込み、手の甲から血が滲んでいた。
そして、震えながらも一度だけ振り返り——そっと微笑んだ。
「——あなたに逢えた。それだけで、わたしの人生は光に溢れてた…」
それが、彼女が娘に残した、最後の言葉だった。
彼女は立ち上がり、闇の中へと駆け出す。
その直後——
ぎらり、と。
黒い影が、濡れた路地に忍び寄る。
仮面をつけた刺客が、月光を刃に映しながら姿を現す。
女は振り返らなかった。ただ、剣の気配に気づいて立ち止まり、ゆっくりと短剣を引き抜いた。
雨風にあおられフードがはためく。その横顔から、長く尖った耳が露わになる。
それは、彼女が“この国の者ではない”ことの証……。
「やっぱり……来た」
その声に、もう恐れはなかった。
あるのはただ、ひとつの決意。赤子を遠ざけるための、命の時間稼ぎ。
足音が遠ざかる。剣が振るわれる。闇が、血を吸う。
——それでも、彼女は微笑んでいた。彼女がこの世に産まれた意味、生きた証を、守れた気がして……。
その命が消えたとき、扉が軋む音がした。
老いたシスターが、赤子の泣き声に気づき、扉を開ける。
——こうして、“その子”は、ひとつの名もなく捨てられた。
***
「まぁ……また、わたくしのケリが欲しいだなんて。ほんとうに、変わったご趣味をお持ちですこと」
乾いた音とともに、男の子が地面に転がる。
その頭には、見事な踵落としの跡。
「いったぁああっ!?な、なにすんだよエルザ!耳が長いとか緑の髪とか、ほんとのこと言っただけだろーが!」
「ふふっ、そういうの……一番キライなんですもの」
「もう一発、欲しくてたまらないのかしら?……差し上げましょうか?」
少女の踵が、またもや宙を舞う。
重たい修道衣もなんのその。
その長く細い脚が、高々と挙げられる。
「や、やめろォォッ! この暴力エルフ!!」
それを見ていた子どもたちが、どっと笑い声を上げた。
「またエルザに、ちょっかい出してる」「あれ絶対好きだよね〜」「子供っぽ〜い」
「ち、ちがっ!違うからな!?そんなんじゃねぇって!!」
頬を真っ赤にした少年が逃げていくのを見て、少女——エルザはため息をついた。
「ふう。幼稚な男子って本当に……扱いが面倒っ!」
だが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
かつては、忌まわしく思っていた、その髪も、その耳も、今ではもう彼女にとって“隠すもの”ではなかった。
「……エルザ」
シスター・ルフィナが、掃除道具を持ちながら声をかけてきた。
「また暴力沙汰は感心しませんよ。あなたたちは将来、神にお仕えする、敬虔なる修道女になるんですよ?」
「ええ、もちろん。わたくし、深く反省しておりますわ、シスター」
きちんと両手を重ね、背筋を正して、お手本のようなお辞儀。
……完璧な謝罪ポーズだ。
だがその足元では、つま先がパタパタと音を立てていた。
(……次、はもっと目立たないようにやろっと)
「口だけでなく、態度でも示してもらいましょう。……床掃除、増やしておきますね?」
シスターはエルザに、モップと桶を差し出す。
「うぇええ!?」
ブツブツと文句を言いながら、エルザはモップを手に取る。
その姿を、窓の外から見つめる影は、誰にも気づかれることはなかった……。
陽だまりのような、孤児院の午後。
笑い声、騒がしさ、温もり。
そして、何も知らぬ少女の横顔。
だが——この場所には、戦の火が近づいている。
この平和な日々が、永遠に続くことはない。
やがてこの少女は、自らの宿命と対峙する。
そして、歴史は彼女の名をいずれこう記す。
——『灰冠の妖精女王』と。
(つづかない)




