Scene3:『君の尾は、パパのために“ふるふる”してるんだよね?』
『リスクを恐れて行動しないのならば、それは生きながらに死んでいるのと同じだ』-「ログホライズン」より引用
では、リスクを一切考えず突き進む男はどうだろうか。
そう、それは彼自身が、他人にとっての"生けるリスク"そのものだ。
しん……。
夜の湖畔。
風が、水面をなでるように通りすぎる。
草のにおいと、虫の声。
音のない静けさに、ぽつんと私と彼女がいた。
私は、砂利の上に正座していた。
その横で、アクウェリーナが
ちょこんとヒザを抱えて座っている。
ふるり、ふるり
尾鰭やわらかく揺れていた。
「ふむ……」
私は、うなった。
「……わからん……!」
パラパラとノートをめくる。
飛鳥がまとめた“しっぽ語ノート”である。
ページのスミには折り目、字はかすれて、
紙は少し黒ずんでいる。
どれだけ、がんばって書いたかが見てとれる。
それだけの愛がこもっていながら、
私は1ミリも理解できていなかった。
「これ……“ふるふる”しか書いてないじゃないか!」
めくっても、めくっても、だ。
・そっとふるふる【控えめな喜び】
・囁くようにふるふる【感謝】
・風と共にふるふる【懐かしさ】
・夜空にふるふる【ロマンチックな好意】
・会いたくてふるふる【君想うほど遠く感じる】
「だから“ふるふる”の限界を
超えるなと言ってるんだ!!!」
・ふるふれず【想いを伝えられず】
・ふるふられ【拒絶された】
・ふるふれ【それでも、なお振れ】
「三段活用ぅっ!?」
私はノートを砂利の上に投げ出した。
風でペラペラとめくれ、
『ふるふる(応用編)』のページがパタパタゆれた。
——私は頭を抱えた。
人間なら『うれしい!』の一言で済むのに、
なぜこの子は、尾の揺れですべて語ろうとするのか。
ああ、なんて曖昧な言語!
なんて思わせぶりな肢体!
「ノイズだ!“ふるふる”に感情の区別がない!
今ふるふるしたのは“好き”なのか、
“バランス調整”なのか、
“水温がちょうどいい”なのか……」
私はグッと手をにぎる。
「……これでは父としての務めを果たせぬ……っ」
しん……。
そのときだった。
ウェーリーが、すっ……とこちらに近づいてきた。
手を、そっと伸ばす。
——その手のひらが、私のヒザに…ぴとっ。
そして、尾鰭がやわらかく私の腰に巻きついた。
「っ……!」
心臓が、跳ねた。
これは……。
これは、明らかに……!
「慰めてくれているのか……!?」
ひんやりとした手の感触。
ふるり、と巻きつく尾の感触。
言葉はなくとも、これは……これは……
「やはり私は、この子の“パパ”なのだ!」
がばっ!
歓喜のまま、私はウェーリーを強く抱きしめた。
びくんっ!
《ウェーリーの身体がびくりと跳ね、目を見開く。
尾鰭の先が、警戒するようにピンと張った》
その身体は、ひんやりとしていて……
そして、やわらかかった。
「そうか、そうか……わかってくれたのだな……!
いや、ずっと伝わっていたのだな!?
ありがとう……ありがとう……!」
アクウェリーナは、私の腕の中で、
プルプルと震えている。
「やはり私は……父として……!」
ばしゃっ!
水飛沫が、顔にかかる。
アクウェリーナは、目を見開いたまま、
一歩後ろに跳ねた。
そして、震えながら、
自分の両腕で、自分をぎゅっと抱きしめた。
胸元が押し潰され、やわらかな輪郭がヘコむ。
バシ!!バシッ!!
尾鰭で、地面を激しく叩きつける。
「っ、ちがうのか!?」
「いまの“ぴと”は慰めではなかったのか!?
先ほどの“ふるふる”は好意ではなかったのか!?
なぜ拒絶した!? 一瞬で気が変わったのか!?」
《そう、これが人の感情の厄介なところだ》
「感情というものは、たった一つの刺激で、
こんなに簡単に変化するものなのか!?」
《たとえ、いま慰めていた相手でも、
急に抱きつかれたら、怖いしビックリする。
誰でもそうだし、そんなのは当たり前だ》
《だが……》
「不安定すぎて、理解できるかぁぁぁッ!」
叫んでしまった。
ウェーリーの目が、ぴくっと見開かれる。
尾鰭が、ビクッと動いて、すうっと止まる。
しん……。
私は、その意味がわからず、ぺたりと座りこんだ。
「……もうわからん。おしっぽ語……
……永遠にわからん……」
星が滲んで見えた。
涙ではない。
脳の情報処理が限界を迎えて、クラクラしたのだ。
——そのとき。
アクウェリーナが、また一歩だけ近づいてきた。
その足(尾鰭)取りは、おぼつかない。
目は伏せられて、尾鰭がそっと揺れる。
その先が……私の足元に、ふるっとふれた。
私は、すっ……と立ち上がった。
「……やはり、心は通じている……!!」
私は顔を、パァっと明るくして、両手を広げる。
「アクウェリーナ……もう一度、
愛を確かめようではないか……ッ!」
がばっ!
私は、再び抱きついた。
尾鰭が“ピシィッ”と緊張し…。
ばしゃっ!!!
「ぐはっ……!」
水飛沫とともに転がった私は、
仰向で夜空を見上げた。
そして、すぐさま高らかに宣言する。
「……やっぱり……わからん!!」
《無限ループである》
——to be the next act.
しっぽで語るなど、あまりに高等すぎる。
喜びと警戒が同じ動きなのは、設計ミスではないのか?
……だが私は、まだあきらめていない。
かつては稀代の天才と言われ、二十余りの言語をマスターしたのだ。この程度、乗り越えてみせる!!
——次回。
第二幕『クオリアを持たぬ人魚』
Scene4:哲学の入口 〜“しっぽ”は心を持つか?AIは泣くか?〜。
なかなか面白い哲学っぽい話です。
——
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