Scene2:『旅ごっこと、しっぽ語実況』
「1 つの言語は、あなたを人生の回廊へと導きます。2 つの言語は、その道のあらゆる扉を開きます。」from 言語学者フランクスミス
私はありとあらゆる言語を覚えた。古代語から異世界の言葉までだ。
その結果?
いくつ言語を覚えようが、娘に話が通じた試しはない。
閉じた心に言語の数など関係ないのだ。
「……よし」
私は、手帳を取り出した。
その表紙には、飛鳥の手書きでこう記されている。
【アクウェリーナのしっぽ語ノート】
その下には、可愛らしいイラストと共に、
以下のような記述があった。
・ぐるぐる→ごきげん
・ぴょんぴょん→うれしい/あそびたい
・ぴたっ→戸惑い/ストップ
・ふるふる→共感/やさしい気持ち
・ビタンビタン→爆笑
・ぴとっ→愛情表現
私は、ふむふむ とうなずく。
「なるほど……つまり、アクウェリーナとの
意思疎通はこのしっぽ語で可能だと。
……ふふ、さすが我が娘……!」
——だが、飛鳥にノートを渡された時に言われた。
「……これ、アクウェリーナのしっぽの記録です。
気持ちが、少しでもわかるように……って、思って」
少し視線をそらして。
「……その……でも、アナタが、ちゃんとわかって、
ちゃんと伝わるかどうかは……
あたしには、ちょっと……わかりません」
《そのときの彼女の目は、完全に訝しんでいた。
信頼の欠片すらない、冷えた視線だった》
アクウェリーナは、少し離れた岩の上に座っている。
夕陽に濡れた髪は、月のように輝いている。
「さて……我々の旅の、再現をしようではないか!」
私は宣言した。
「よし、まずは焚き火だ。
魔導ランタンに薪をくべれば、簡単に火が起こせる。
……うむ、旅感あり!」
《火起こしが“ボタン一つ”なのは、
旅情としては、どうだろうか。
便利すぎるキャンプギアの是非は、
少々議論の余地がある》
「そして! 封印保存食(湯煎済)!
レトルト化した、あの旅路の味。
野菜シチュー(牛風味)だ!」
《彼女の旅に、そんなのは出なかった。
再現性ゼロである》
私はパウチを開き、シェラカップに注ぎ入れた。
ふわりと立ち上がる香りに、
ちょっとだけ満足感をおぼえる。
ピン!
尾鰭が軽く反応した。
これは、【警戒】の動きである。
ノートによれば「ピン」「ぴくぴく」などが該当。
今のは……その中間、
つまり“警戒しながらも距離はたもつ”である。
「……おや、食べるのがイヤか?」
尾鰭、ぴたりと止まる。
——【動揺または拒絶気味】
「……いや、あの、食べなくていい。
あくまでも、これは演出だからな」
私は、あわててカップを引っ込めた。
「ふむ。では、代わりに……
“草の上でよりそって、静かにする”時間だ」
《ちなみに、この湖畔には砂利しかない》
そっと距離をつめる。
すると、尾鰭がふわりと浮いた。
先端が、私の肩に“ぴとっ”とふれた。
「おおお!? これは……【愛情表現】……!!
まさか、許されている……!?
こんなにも早く……!」
私は完全に、まい上がった。
テンション上がり、鼻からフンフンと息がもれる。
そのとき、尾鰭がビタン! と水面を叩いた。
——【爆笑、または強い情緒】
「……え、えぇと。これは……なに?
笑ってくれているのか?
それとも、怒っているのか? どっちだ!?」
尾鰭がふるふると揺れた。
——【共感】
「……わからん!!!!」
私は手帳を開いたまま、叫んだ。
「君は、どれだけ表現が豊かなんだ……!?
一体、どれが正解なんだ……!?」
尾鰭がぐるりと回る。
ぐるぐる、ぴょん、ぴとっ、ビタン、ぴたっ。
応答速度が速すぎる!
ノートでは対応しきれない連コンボ!
私は頭を抱えた。
「これはもはや……会話ではない……“戦い”だ!!」
アクウェリーナは、無言のまま、
尾鰭だけを静かに揺らし続けている。
ぴとっ(肩)→ ぴとっ(頬)→ くいっ(巻きつき)
——【距離ゼロ甘えモード】
「ぐはっ……これは……ダメージだ……っ……
心肺に……きている……これは……」
ぴとぴと、ぴとぴと。
尾鰭が、心音のようなリズムで背中を叩いてくる。
「パパはっ…まだ…始まってすらいないの…にっ」
私は、静かにうなだれた。
霧の中、無言の尾鰭だけが語っている。
それは、確かに彼女なりの言葉だった。
——でも……。
私には、やっぱり、よくわからなかった。
——to be the next scene.




