Epilogue:『地獄の帰還、そしてアジュールママ登場』
ラボの夜は、シンと静まり返っていた。
ぽうっ……。
天井からぶら下がる魔道ランプが、
明るくなったり、暗くなったりして、
本棚のあいだを白く照らしている。
その角の、
ちょっとした休憩スペース。
私は、そこで、うつぶせになって倒れていた。
顔にはくっきり靴のあと。
頬には、赤いヒモのあと。
シャツはビリビリ。背中はススまみれ。
それでも私は、晴れやかな気分だ。
「フフ……ふむ。やはり、娘との対話は尊い……。
私は父として、確かな手ごたえを得たのだ」
《得たのは対話ではなく、革ブーツのヒールからのケリのみである》
そのとき……。
ふわり、と風がふいた。
私は、目を開いた。
そこにいたのは、蒼い女性だった。
静かで美しい。
そして、まるで大気みたいな女だ。
長く紺色の髪に、赤い瞳。
肌は青みがかった白色で、頬や肩には朱の刺青。
——[正式分類外]LC-00 アジュール。
……あれは“竜”だ。
すべてが竜というわけではないが、半分ほど、
竜の姿が混ざっている。
頭には5本の角、背中におおきな竜の翼。
尾の鱗の上には、羽毛が生えフワフワしている。
しかし、筋肉質で力強く撓る。
彼女はしゃべらない。
なのに、彼女が伝えたいことは、
なぜか全部が伝わってくる。
——そして、"アジュール"という名は、
むかし、私が彼女に直接聞いたものだ。
しゃべれない彼女が、どうやって? なぜ私に?
正式分類外の意味とは?
彼女は他の娘と違い、私の"被造物"では無い。
なのに、なぜ管理番号LC-00がふられている?
——その辺りは、またいつか。
物語のなかで譚ることもあろう。
だが、今はまだその機会ではない。
彼女の纏う空気は、
まるで“静寂”そのものだった。
世界がすべて止まったよう。
でも、どこかやさしい。
たまに、彼女は私の方だけを、
じっと見つめることがある。
あれは……なんだ?
やさしさ? 私をかわいそうに思ってる?
それとも、母性……か?
……わからない。
でも、私だけに、時折りみせるその姿は、
なにか特別な想いを、
私に抱いていることは確かだ。
《いや、アジュールはむしろ娘たちとの方がよっぽど仲がいい。
彼のことは"まあ、いてもいいけど別に"くらいにしか思っていなかった》
《……彼に、ときどき向ける目線の意味は、"なんか、いまコイツ邪魔だな"である》
彼女は、ふわりと降りてきた。
青い髪が、光をあびて揺れている。
肌はすこし光って見えた。
なにも言わず、ただ私を見ながら、
そっと翼をひろげる。
——あたたかい。
風のようであり、光のようであり。
……フワフワの、綿花のようだ。
「……ふっ……キサマはこんなふうに、
不甲斐ない私を迎えてくれるのか……」
私は、思わずわらった。
「お前は……そうだったな……
すべてを受け入れてくれる母……」
《確かに、アジュールは他の娘たちにとっては母であるかのような存在》
《だが、別に男を息子のようには思ってないし、そう男に伝えたことは一回もない》
私は手をのばし、彼女の抱擁をうけ……。
スカッ。
そして、私の手は空を切り、
前のめりに転びかけた。
見ると、アジュールは翼をたたんで、
すっと、うしろに1歩さがっていた……。
「……そ、そうか。これは……そう……。
信じているからこその、母なりの距離感……」
顔が熱くなる。
「べつに、なぐさめてほしいとかじゃない。
そう、私はもう子どもではない……っ。
いや、私は父だ! お父さんなのだ!」
がばっと立ち上がる。
手ぶくろを直す。顔をふく。
髪をぐしゃっとかき上げる。
「これは子どもが母に甘えている構図ではない!」
「父として!……逆に一周まわっちゃったやつだ!
父性の過剰漏出現象、父性創生バブ味だ!!」
《もはや支離滅裂だ》
アジュールは、目をほそめた。
まるで『よしよし、がんばってるね』
とでも言いたげに。
そこに言葉はない。
しかし、それは確かに私に伝わった
プライドが、ボロボロになる。
「……ち、違う……ちがうんだってば……」
「これは……これは局地的転進に移行しただけの
父性供給過剰に対する戦略的バランシング……」
《末期の大本営発表だ》
だが、アジュールの目は、やさしく、しずかに、
包みこむように、私を見つめる。
そのやさしさが……ツライ……。
……つらいのである。
「……クッ……次こそは、ちゃんと……
父として……!」
「ロメラにだって……いや、ほかの娘にだって!!」
私は、ふらふらと歩きだした。
足もとはおぼつかない。
けれど、なんとか前へ進んでいく。
背中を向けたまま、そっとつぶやく。
「見ていろよ、アジュール……
私は、立派なお父さんになるんだ……
もうキサマに甘えたりなんか……
ぜったいしない……!」
だが、うしろから聞こえてきたのは、
はばたく翼の音だけだった。
——the episode’s end.
——次回予告。
次回、第三話
笑ってくれた。なついてくれた。信じてくれた。
……なのに私は、あの笑顔に“致死性”があることに気づいていなかった。
彼を待つのは、更なる地獄。ホラー感たっぷりの洋館へ。
——ご期待ください。
——エピローグあとがき——
この物語に登場する、魅力的な“娘たち”──
実は、作者がひとりひとり、立体作品として造形しています。
(※画像は、死を乗り越え、誰かの為に笑う少女「ロメラ・グレイブ」)
もしお時間がありましたら、彼女たちが登場する
〜もうひとつの物語〜
『君は、風に還る。』もぜひご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n3644kl/
異形の少女たちが、自分の翼で“生きる意味”を探し旅をする。
そんな、少しだけ優しくて痛みをはらんだ物語です。




