謝罪されました。
銀糸の繭の中には何もない。イスや机が消失しており、糸に変換されている可能性が高い。
人に被害が出てなければいいのだが、繭の外が不明だ。このまま知らないでいられるなら知りたくないが、いつまでも繭の中に閉じこもってもいられない。
抱っこできる大きさになったルーナを抱きしめて、その毛並みを堪能する。
「出ようか」
声をかけると、繭の天井あたりが凹んできて、ルーナの口に吸い込まれていく。あっという間に繭を形成していた糸を全部食べてしまった。
「おっ、出てきたか」
真っ先に声をかけてくれた公爵のそばに移動し、こっそりと問う。
「お騒がせしました。被害って、物損だけですんでますか?」
「ああ、気にしなくてはいけない被害はないよ」
それならいいとする。
男の姿を視界の隅にとらえるだけで、手に力が入る。ぎゅっと握り拳を作って、速くなりそうになる呼吸を意識してゆっくりおこなう。
ぜんぜん落ち着かないけど、落ち着け。たぶん、今を逃したら聞ける機会はなくなる。
「ねぇ、あなたが母に取り入るために父を殺したの?」
「オレが接触したのは未亡人になってからだ」
「なら、どうして未亡人だと知っているの? 母は父が出稼ぎに出たまま帰ってこない事しか知らない。妄言しても父の浮気を疑うくらいなのに」
あの頃の母は、父の死を知らない。男は口を閉ざした。
「母は愛情深い人で、父がいれば浮気なんてしない」
母は母のままで、女になる事もなかっただろう。
「あなたの同僚が殺したの?」
「オレは知らない」
この国はどこから関与したのだろう。駆け落ちをそそのかして糸操魔術一門から離れさせた可能性もあるし、糸操魔術一門から離れたから接触しようとした可能性もある。
どちらにしても母は望まれた者ではなかった。母は生得魔術を持っていない。けれど、持った子を産む可能性は高かった。
糸操魔術持ちの人より、少し持っている子を産む可能性が低いだけ。それでも、2人産めば1人は待っているぐらいの確率はあった。
その結果がシャーリーだ。けれど、シャーリーは母といた頃魔術を使う事はなかった。いくら白銀の髪をしていても、生得魔術を持っている子かどうかは、使わせてみないと確証は得られない。
この男はそれを確かめるために現れたのだろう。
体内で魔力がうごめく。
『ダメ。反射する』
ルーナから注意がはいるが、感情はおさまらない。
『専守神の、系譜。魔力を、反射させる。特性、持ち』
幼き日の記憶。
血を流し、倒れ伏した弟。
弟の持つ生得魔術は父から受け継いだものだった。
自らの魔力を反射され、入院になったのか。というか、反射してなかったら、弟は下手したら幼児期に人殺しだ。
怖っ。
とりあえず、この男を恨んでも仕方ないと、心を落ち着ける。魔力に合わせてゆらめいていた髪の毛も落ち着いた。
「汚点になる幼少期を演出して、暴き立てるのがこの国のやりようですか」
「記事は差し止めた。掲載される事はない」
「それでなかった事になるとでもお思いですか?」
ふざけるな。
そんな簡単に割り切れるなら、悪夢にうなされる夜なんてない。
「シャリーネルル。糸紬の女神アリーシャルルから名をつけられた子ども。その誕生を喜んでなければ、女神さまから名を取るなんてしない。だが、その一方で生得魔術を持たず、一門の技術習得に熱心ではなかった母親は自らでは育てられないとなげいてもいた。オレが接触したのはそんな頃だ」
シャーリーより先に公爵が口を開く。
「それで、伯父に保護されてよかったとでも言うつもりか? 糸操魔術一門の当主はその子この国に送り出すと決めた時、恨みに飲みこまれるようなら、輸出を停めると言っていたぞ」
「なっ、そのようなことは条約違反だ」
別の男が声を上げる。
「条約は輸出最大量を定めたものだ。最低量を定めたものではない。誰に売るかや値段を決めるのは商人の領分だ」
「銀髪の糸操魔術持ちっていうのは世界に数十人はいる。けどな、その中で先祖返りと呼ばれるのは嬢ちゃん含めてたったの3人しかいない」
「糸操魔術一門の先祖返りは信仰に近いんです。そんな相手に手を出して置いて、苛立っているのが国1つですむとでも?」
国についてなんて知らない。そんな余分な事、考えるのは今じゃなくていい。シャーリーが自分の心の為に相手にするべきなのは、母の男だった人だけ。
シャーリーの願いに応じるように、ルーナが糸を紡ぐ。白銀の繭の中に2人だけ隔離した。
「中はけっこう明るいんだな」
男は興味深そうに繭に触れる。
「反射するのは魔力だけでね。物質化している糸は反射できない。君なら、上手くやれば殺せるぞ」
この男はそれもありだと思っているようだ。
「死にたいの?」
「君の恨みが国ではなく、オレに対してならお好きにどうぞ。罪に問われる事がないように配慮もされる」
「金属糸と魔石糸と引き換えに?」
「工業用魔導具の魔力制御にどうしても必要だ。その為なら、人1人差し出すくらいやるさ」
この人にとって母を口説いたのも仕事なら、ここで殺されるのも仕事なのだろう。
「あなたじゃ足りない」
この人は道具だ。殺すための剣みたいな物で、剣の使い手じゃない。
「あなたに命令した人は誰?」
「オレに直接命令した人も、上の人にそう命じられただけだ。その上は知らない」
男は困ったように笑う。
「誰がを殺さないとおさまらないなら、オレにしとけ」
「ヤだ」
感情のまま声になった。
「あなたを殺して得るものなんて何もない」
それに殺したところで、嫌な気分になるだけだ。
「それは困ったな。オレは君の機嫌を取らなくてはならないが、他にあげられそうなものがない」
シャーリーは首を傾げる。
「あなたはとてもおもしろそうな素材だけど?」
男は取り繕った笑みを浮かべた。
「殺しはなしで、人体実験はありなのか?」
「魔力だけでいい。身体はいらない。髪とか爪なら試してみてもいいけど、気持ち悪いし」
「あー、とってもまっとうに、いい子に育ったな」
今までの発言はすべてなかった事にするかのように、男はキメ顔で笑う。これは完全に母のタイプだ。鳥肌が立つ。
シャーリーが腕をさすっていると、男はショックを受けた顔をする。
「女と子どもには受けがいい方なんだが」
「母好みの男の人には嫌悪感があるから」
「それは、大変申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げられる。
真面目な態度なら平気。鳥肌がおさまった。
「母の趣味から外れたら大丈夫」
微かな笑みを浮かべれば、男に一歩退かれた。
再び繭が消えると、頬をうっすらと染めて機嫌の良さそうなシャーリーと、青白い顔で座り込み立つことのできない男が出てくる。
「リヴァルさま」
娼館の女たちの呼び方をマネたら、公爵が顔を引きつらせた。ルーナを胸の前で抱いて、上目遣いで見る。
あの店の女主人に指導されたどおりにできていると信じて、おねだりした。
「アレ、欲しいです」
魔力が特徴的すぎて、糸にするのは大変だ。魔力消費も激しい。けれど、その特性を得た糸は鏡のようになった。
属性は付けられるのか、他の素材と混ぜられるのか、なんてことも実験してみたい。それには、先ほど搾り取って作った糸だけでは足りなかった。




